ブリッグズ要塞へ
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冬山に投げ出された身体がギシギシと嫌な音を立てている。そりゃそうだ。年がら年中25℃で、人が生きていく上で心地のいい温度をキープしているダブリスやラッシュバレーから来たんだから。
氷点下………ざっと10℃くらいか、そんな山奥に私はいる。
いるのだから、そりゃな、
「寒いー!くそー!」
私の嘆きはあっさりとブリザードの風の音色に消されて、ビュウウウと容赦ない冷たさが頬を突き刺す。
ああああ寒い、寒い、寒い、寒い!さっきからずっと寒いしか言ってない。きちんと厚着はしてきたのに、冬山を舐めていた、とても寒いです!あぁ、瞼の裏に焼き付いた遥か遠い南の町、帰りたい、もう帰りたいよ……寒いのはやだよ、暑いのも嫌だけど………あ、
なんて、歩いていたら雪に足をとられてこけた。ものの見事にズボッと、ハマった。
「……っ!」
ちょっと!冗談じゃない!やめて!
「つめたっ!ひぃ、うう、さむいのにいいい!」
足を抜こうともがけば、余計に雪にハマる。そしてブリザードに背中を押される、手をつくの繰り返し。……あ、これ、詰んだかしら?
だってもう、私はどこにいるのか分からない。
地図が読めない頭が憎い。あああああ!
「あー!だれかー!たすけてー!」
そんな声も冬の山は非情にかき消してくれた。
×
「……おい、おい!あんた!生きてるか!?」
「ちょっとこっち来てくれ、人が倒れてるぞ!」
「こんな薄い装備で冬山に来るなよ、命知らずかこいつ?」
「……息はしてるようだぞ!生きてる!」
「なら、とにかく運ぼう。馬を寄せてくれ!」
「行くぞ!いっせーのせっ!」
……?
あ、よかった、いきてる……わたし……。
目を開けられない私の身体を、誰かが運んでくれているようだ。手も動かない。足も勿論、動かない。感覚がなくて、自分の身体がちゃんと繋がっているのかも分からない。硬い棒のようにあちこち曲げられない位、固まってるに違いない。……温かいところで溶かさなきゃなぁ……。
「しかし登山するようではないようだし、まさかドラクマのスパイか?」
「……とりあえず持ち帰って、判断を煽ろう。」
「そうだな。持ち込む前なら、雪に還すことも出来るしな」
「……まぁ、その前に目を醒ますようなら尋問すればいいか」
……何やら不穏な会話も聞こえてきたし、黙って気絶したふりでもしておこう。太陽のぬくもりが瞼の雪を溶かしてくれて、薄くバレないように目を開けると、広がっていたのは澄んだ青。そして山の黒と白い雪。……あぁ、この景色が見たかったんだよな、私。太陽の光が雪に反射して、少しだけ眩しい。
「……よし、降ろすぞ。」
「うい、了解」
「これが報告のやつか?」
「はっ、バッカニア大尉!」
大尉っていうと、軍人か。……って、まさか、ここブリッグズの要塞!?なら、完全にミスってるじゃん、私……!何してるのほんと……!
「とりあえず中に入れておけ。怪しい行動を取れないように、牢へ」
「はっ!」
×
「見事に凍傷のなりかけってとこね。」
「先生の見立てもそうか。」
「まー、そりゃあね。こんな薄着で冬の雪山に来るなんて、自殺しに来てるようなもんよ。指が無くなってたわね、あと少し遅かったら」
「……」
引き続き寝ているふりをしている私の側で、怖い会話が聞こえてきている。え、指が無くなる?それは大いに困る!って咄嗟に起き上がりそうになったけど、寝たふりを決め込んでおかないと……
「ていうか、遭難者?」
「多分。ドラクマのスパイという噂もあるが、流石にあちらもこんなバカを送り込むこともなかろう」
「それもそうね。命知らずは無謀よねぇ」
「じゃ、目を醒ましたらよろしく頼むぜ、先生。」
「はいはいー」
がしゃんと鉄の音がして、大きな足音が消えると…ふわりと漂ういい香り。これはコーヒーの匂いだ。あぁ、温かいコーヒーが飲みたいと思っていたところになんたる偶然……!
「で。さっきから目を醒ましてる遭難者さん」
「!」
ずずずっとコーヒーをすする音と、温かい掌に溶かされた指先に人の温度が乗る。あ、身体が動く……。でも、今動けば……
「……」
「シカトするなら、コーヒーあげないわよ」
それは困る!
「いっ、いただきます……!」
「よろしい。」
目を開けて急いで身体を起こすと、白衣を着た女性にコーヒーを差し出された。コップの温度に心まで温かくなる。あぁ、温かいって素晴らしい…!
コーヒーを飲むまではそう思った。
「まっず!」
「100センズ」
「有料!?」
×
親指で弾いた100センズのコインを手に、彼女が私をじっと見つめた。
「……一応、聞くけど。ここに何しに来たの?」
「あ、えっと道に迷ったといいますか……はい」
「迷うって言っても、この辺は山ばっかりであるのはドラクマとの国境、ブリッグズ山だけよ?」
「そうなんですよね……それなんですよ。私、ノースウッドに向かってたんですけどねーははは」
私は懐に締まっていた地図を取り出して、ベッドに置いた。ここに来る前に購入した最新版だから間違いなく正しい筈なのに、目的地である「ノースウッド」には辿り着かなかった。ちなみにノースウッドは、ブリッグズ山から流れる清流の麓のとても小さい村だ。
「…ノースウッドなんて、ブリッグズとは正反対じゃない、なに?地図を逆さに見てたわけ?」
「……致命的な方向音痴でして」
「はぁ……あんたねぇ……バカ?」
「返す言葉もありません……」
そう思いたい、地図を逆さにしていたんだろう。私のことだからありそうで、否定が出来ない。
「でも、嘘だという可能性もなきにしもあらず。というわけで、バッカニア大尉に引き継ぐわね?」
あんまり関わりたくないなぁ、軍人には。
どうにかして逃げられないかな……
「ほ、本当です!ほら、荷物も見せますから!」
「もう確認してるわよそんなの。衣服と何かの書物だけだったし。……貴方、錬金術師なの?」
「……まぁ、一応。」
「じゃ、ちょっと待ってて。ホットタオル作ってくる」
「有難うございます……でも帰してもらえませんか?助けてもらっておこがましいですけど!」
「うちのボスから、バッカニア大尉に取り調べして、留めておくようになんて指示が出てるから無理ね」
「……うぅ……」
「もしもし、あたしよ。バッカニア大尉に伝言してくれる?彼女が目を醒ましたって。」
「……はぁ」
美味しくないコーヒーの残りを飲み干して、ベッドの毛布を引き寄せる。やっぱり寒いのは苦手だ。一人でいる事をさめざめと感じさせるから。
「……ねぇ、」
「はい?」
「そういえば、貴方の名前ってなに?」
「あぁ。すみません、助けていただいて名乗りもせず。私は……」
嘘をつくことも出来たのに、バカな私は正直に名前を名乗った。
お願いだから、知らないでいて。
忌々しい二つ名を捨てた情けない人間を。
「……##NAME1##・##NAME2##です。」
「……だって、バッカニア大尉。今これそう?そう、分かったわ」
電話が終わると、彼女がホットタオルを持ってきてくれた。とても温かい。
「……ボスが来るってさ、楽しみね、##NAME1##。」
「ううう……」
どこの誰かは知りませんが、どうか優しい人でありますように!
end.
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