一,陽向
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耳を疑いたくなった。
彼女が時折愛おしそうに遠くを眺めるのは、きっと旦那が話していた、帰らぬ人となってしまった婚約者を思っているのだろうというのは薄々気づいていた。
だがどうして死んでしまったのか、どうやって死んでいったかなど知ろうとも知らなかった。
なぜなら密かに向葵という存在を、自分の心の中で愛おしい存在として認めつつあったからだ。
「なに、言ってやがる……」
しかし今しがた衝撃的な真実を突きつけられ、頭の中は混乱していた。
とりあえず今は身体を支えている足の力が抜けそうになるのを、なんとか堪えていた。
「そうだなぁ、真選組はいちいち斬り殺した奴らの事なんざ覚えちゃいねぇよなァ。」
「…おい総悟、俺ぁアイツらの顔に見覚えがある。」
「……?!」
後ろにいた土方が静かにそう告げ、総悟はもう一度敵の顔に目を凝らした。
もう何年も前に、彼らの顔を一度だけ見た事があるのを思い出した。
確かあの日は…
真選組が名を届かせるために、派手に動き回っていた当初。
幕府に反逆を企てている輩がいるという情報を手にし、拠点である大きな屋敷に乗り込んだ。
敵が逃げないよう、出陣する前に屋敷に火を放ったが、連中はたった一人の男によって逃がされ、結局のところ何一つ得られなかったという記憶が鮮明に残っている。
その中でも印象的だったのは、その連中を逃がすために、たった一人で真選組に立ち向かい、儚くもその命を落とした男がいたこと。
そして男と最後に会話した一字一句も、その声もはっかりと覚えていた。
「おいおい真選組の若旦那、もうちっと落ち着いて話を聞いてくれねぇか。」
「国と市民を守るのが俺たちの仕事でぃ。この国で悪事を働く奴は容赦なく切り付ける。それが俺たちの仕事だ。死にたくねぇんならそこをどきなぁ。」
屋敷に内火の手が回る中、真選組は仲間をかばうその男に苦戦し、とうとう自分が相手になった
いざ剣を交えれば、その腕は大したもので、正直こんな形で出会わなければ真選組にでも引き入れたいとさえ思ったほどの男だった。
そしてなにより度胸があり、仲間を大切に思う心がある。
「悪いがどくわけにはいかねぇ。あいつらはまだ新しくなっちまったこの国でどう生きていこうか、分からねぇんだ。もう少し時間をくれてやっちゃくれねぇか。あんな奴らでも、一時期背中を預けてこの国を守ろうとして戦った仲間なんだ。あんたらに捕まっちゃ、この先未来もなんもなくなっちまうだろーよ。」
息を切らしながら、必死に仲間を逃がそうとする彼の姿は、勇ましく男らしかった。
それでもなお、当時の自分はそんな感情などに興味もなく、目の前に敵を逃がそうとする立ちはだかる手負いの男を、容赦なく斬り捨てた。
息の根が止まったか確認するべく近づけば、死に目に涙を流し、優しく微笑む様子を見た。
充満した煙で肺はやられ、声ももうでていない。
それでも何かをただひたすら呟いていた彼の口元に、ただの気分で耳を近付けた。
〝…ごめんな。一人にさせちまって。ごめんな〟
徐々に呼吸が浅くなっていく中、彼は何度も何度も必死にそう言っていた。
そして彼がその身一つで、どうしよもない仲間を守ろうとしていたその連中が、数年後の今こうして目の前に立っている事に驚き、動揺を露にした。
「ほぉ、どうやらあいつは真選組様の記憶に残ってたらしいぜ、向葵。よかったなぁ、誰にも目に留められずに死んだ訳じゃなくて。」
男のその言葉により、総悟は現実に引き戻された。
もし彼が自分が想いを寄せている向葵の想い人だったとしたならば、彼女にとっての仇は間違いなく自分だ。
反逆を測っている連中を庇い建てしたあの男を容赦なく斬った事を…この目ではっきりと見て、記憶にもはっきり残っている。
すぐに言葉が出てこない。
きっと彼女も、親しくなった自分がまさか婚約者を殺した張本人だという真実を突きつけられて、衝撃を受けているのだろう。
「おい向葵。仇打ちてぇか?俺達が今からあいつの首をとってやるからよ。死んじまったアイツの墓にでも添えてやれや。」
「…冗談じゃない。」
「……?」
彼女の震えた声を再び耳にし、顔を上げる。
いつも笑みを絶やさない彼女のほほには涙が伝い、酷く怒りを感じるような目をしていた。
「あなた達に彼が殺せるなら、あの人は勝ち残って今でも私の傍にいたはずです!あの人を置いてその場から逃げていった卑怯で弱いあなたたちに、仇討ちなんて言葉を使われたくない!あなた達だって、彼を殺したのと同じだもの!」
「こっ、この女…!」
髪を掴んだ男が彼女に殴りかかろうとした瞬間、気づけば総悟は腰にある刀を抜き、一瞬で間合いを詰めて容赦なくその腕を斬り落とした。
向葵は目の前で血が吹き出すのを見ては硬直し、ふわりと浮いた身体は総悟の腕の中にいる事に気がついた。
「うっ、うわぁぁぁぁぁッ!」
腕を失った男は大声で悲鳴をあげ、その場に跪く。
返り血を浴びた総悟を前にし、怯えた表情で見上げた。
「こっ、この男っ……」
「わりぃがてめぇらにくれてやる首はねぇよ。俺が大人しくこの首をくれてやれるとしたら、この人だけだ。」
彼女を抱きしめる腕に力が入る。
向葵は切なげな表情でそう言った総悟をただ見つめては、何も言葉が出なかった。
彼女が時折愛おしそうに遠くを眺めるのは、きっと旦那が話していた、帰らぬ人となってしまった婚約者を思っているのだろうというのは薄々気づいていた。
だがどうして死んでしまったのか、どうやって死んでいったかなど知ろうとも知らなかった。
なぜなら密かに向葵という存在を、自分の心の中で愛おしい存在として認めつつあったからだ。
「なに、言ってやがる……」
しかし今しがた衝撃的な真実を突きつけられ、頭の中は混乱していた。
とりあえず今は身体を支えている足の力が抜けそうになるのを、なんとか堪えていた。
「そうだなぁ、真選組はいちいち斬り殺した奴らの事なんざ覚えちゃいねぇよなァ。」
「…おい総悟、俺ぁアイツらの顔に見覚えがある。」
「……?!」
後ろにいた土方が静かにそう告げ、総悟はもう一度敵の顔に目を凝らした。
もう何年も前に、彼らの顔を一度だけ見た事があるのを思い出した。
確かあの日は…
真選組が名を届かせるために、派手に動き回っていた当初。
幕府に反逆を企てている輩がいるという情報を手にし、拠点である大きな屋敷に乗り込んだ。
敵が逃げないよう、出陣する前に屋敷に火を放ったが、連中はたった一人の男によって逃がされ、結局のところ何一つ得られなかったという記憶が鮮明に残っている。
その中でも印象的だったのは、その連中を逃がすために、たった一人で真選組に立ち向かい、儚くもその命を落とした男がいたこと。
そして男と最後に会話した一字一句も、その声もはっかりと覚えていた。
「おいおい真選組の若旦那、もうちっと落ち着いて話を聞いてくれねぇか。」
「国と市民を守るのが俺たちの仕事でぃ。この国で悪事を働く奴は容赦なく切り付ける。それが俺たちの仕事だ。死にたくねぇんならそこをどきなぁ。」
屋敷に内火の手が回る中、真選組は仲間をかばうその男に苦戦し、とうとう自分が相手になった
いざ剣を交えれば、その腕は大したもので、正直こんな形で出会わなければ真選組にでも引き入れたいとさえ思ったほどの男だった。
そしてなにより度胸があり、仲間を大切に思う心がある。
「悪いがどくわけにはいかねぇ。あいつらはまだ新しくなっちまったこの国でどう生きていこうか、分からねぇんだ。もう少し時間をくれてやっちゃくれねぇか。あんな奴らでも、一時期背中を預けてこの国を守ろうとして戦った仲間なんだ。あんたらに捕まっちゃ、この先未来もなんもなくなっちまうだろーよ。」
息を切らしながら、必死に仲間を逃がそうとする彼の姿は、勇ましく男らしかった。
それでもなお、当時の自分はそんな感情などに興味もなく、目の前に敵を逃がそうとする立ちはだかる手負いの男を、容赦なく斬り捨てた。
息の根が止まったか確認するべく近づけば、死に目に涙を流し、優しく微笑む様子を見た。
充満した煙で肺はやられ、声ももうでていない。
それでも何かをただひたすら呟いていた彼の口元に、ただの気分で耳を近付けた。
〝…ごめんな。一人にさせちまって。ごめんな〟
徐々に呼吸が浅くなっていく中、彼は何度も何度も必死にそう言っていた。
そして彼がその身一つで、どうしよもない仲間を守ろうとしていたその連中が、数年後の今こうして目の前に立っている事に驚き、動揺を露にした。
「ほぉ、どうやらあいつは真選組様の記憶に残ってたらしいぜ、向葵。よかったなぁ、誰にも目に留められずに死んだ訳じゃなくて。」
男のその言葉により、総悟は現実に引き戻された。
もし彼が自分が想いを寄せている向葵の想い人だったとしたならば、彼女にとっての仇は間違いなく自分だ。
反逆を測っている連中を庇い建てしたあの男を容赦なく斬った事を…この目ではっきりと見て、記憶にもはっきり残っている。
すぐに言葉が出てこない。
きっと彼女も、親しくなった自分がまさか婚約者を殺した張本人だという真実を突きつけられて、衝撃を受けているのだろう。
「おい向葵。仇打ちてぇか?俺達が今からあいつの首をとってやるからよ。死んじまったアイツの墓にでも添えてやれや。」
「…冗談じゃない。」
「……?」
彼女の震えた声を再び耳にし、顔を上げる。
いつも笑みを絶やさない彼女のほほには涙が伝い、酷く怒りを感じるような目をしていた。
「あなた達に彼が殺せるなら、あの人は勝ち残って今でも私の傍にいたはずです!あの人を置いてその場から逃げていった卑怯で弱いあなたたちに、仇討ちなんて言葉を使われたくない!あなた達だって、彼を殺したのと同じだもの!」
「こっ、この女…!」
髪を掴んだ男が彼女に殴りかかろうとした瞬間、気づけば総悟は腰にある刀を抜き、一瞬で間合いを詰めて容赦なくその腕を斬り落とした。
向葵は目の前で血が吹き出すのを見ては硬直し、ふわりと浮いた身体は総悟の腕の中にいる事に気がついた。
「うっ、うわぁぁぁぁぁッ!」
腕を失った男は大声で悲鳴をあげ、その場に跪く。
返り血を浴びた総悟を前にし、怯えた表情で見上げた。
「こっ、この男っ……」
「わりぃがてめぇらにくれてやる首はねぇよ。俺が大人しくこの首をくれてやれるとしたら、この人だけだ。」
彼女を抱きしめる腕に力が入る。
向葵は切なげな表情でそう言った総悟をただ見つめては、何も言葉が出なかった。