一,陽向
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「本当に、逞しい方ですね。怪我がなくて良かったです。助けていただいたお礼と言ってはなんですが、どうぞ。」
そっと目の前に差し出されたコーヒーに口をつけて飲むと、やはり変わらぬ安定の優しい味がした。
普段見るのは人の血と刀と無残な死体がほとんどで、やはりどことなくそのローテーションの日常に自然と体が疲弊しているのだろう。
そしてここは、店の名前の通り暖かい空気で居心地がいいゆえに、今の自分にとっては安心できる場所なのだと、総悟は感じた。
「あんたがあのまま落ちちまってこれが飲めなくならなくて、良かったでさァ。…それより、なんでこんな時間まで灯りつけてたんだ?もしかして、本当に営業してたわけじゃねぇですよね?」
「…あ、それ聞いちゃいます?」
向葵が初めて恥ずかしそうに笑ったのを見て、総悟は首を傾げた。
「ほら、総一郎さん。この間来た時はすぐ帰っちゃったじゃないですか。銀さんと仲が悪いわけじゃなさそうでしたけど、ここにいる時は一人の空間が好きなのかなぁって。それから何日経っても来られなくて、もしかしたら朝の時間はもう避けてるのかなーって考えて。…逆に夜だったら、来やすいのかなと思ってみたりして開けてたんです。」
「…じゃあ、わざわざ、俺のためにですかい?」
そう返すと、少しばかりその色白の頬を赤らめて小さく頷いた。
「せっかくうちのコーヒーを気に入って下さったのに、もう着て頂けなくなっちゃうのは、寂しいですから。」
そう呟いた彼女の言葉を耳にして、総悟は悟られないよう顔を下へ向けて小さく笑った。
俺一人のためなんかに、とんだお人好しだ。
なぜだか心がポカポカして、今までに感じたことの無い感情に、居心地の悪さを抱いた。
「でも、女一人で営んでるあんたがこんな時間まで開けてちゃ、さすがに危ねぇでさァ。ここは何が起きてもおかしくねぇかぶき町だ。何かあってからじゃ、それこそもうこの一杯が飲めなくなっちまうでしょーが。」
「…そうですね。でも私にとって、この店で出会ったお客様も、この店も。どちらも大切な宝物のような物ですから。」
眩しいくらいに純粋で真っ直ぐな笑顔を見て、総悟はくしゃりと笑った。
人斬りの真選組の沖田総悟と知っている人物が、こんなふうに笑いかけてくれたことは一度だってない。
彼女は知らないから、こうして自分をただの客として受け止めてくれるのだ、と痛感した。
そしてこの静かな雰囲気の中、総悟が店内を見渡していてふと気になったことを口に出した。
「…この店は、あんたが建てたんですかい?」
「いいえ、違いますよ。私はこの店をやりたかった人の意志を受け継いだだけです。本当は、店主でも何でもなかったんです。」
「え?」
「あなたの言うとおり、かぶき町というのは幸せだった時間も、数分後にはくるりとひっくり返すような治安の悪い町です。この店を始めようとした人も、そんな突然訪れた不幸に巻き込まれて、帰らぬ人となってしまったんです。」
どこか遠くを見て話す彼女の瞳は潤みを帯びていて、その切なげな表情からは、とても大切に思っていた人のことを話しているのが手に取るように分かった。
総悟は向葵のその表情を見て、なぜだか胸が締め付けられるような思いをした。
そして同時に、もう一人の自分の声が頭の中で聞こえたような気がした。
踏み込むな。これ以上その話に深く関わることはダメだ。
「…でも、今となっては私自身にとって大切な居場所なんですよ。ここが。…だから、総一郎さん。またこの店にコーヒーを飲みに来てくださいますか?」
「…当たり前でさァ。こんな時間まで店開けられて待ってられちゃ、俺もさすがに気が引ける。ちゃんと朝来るようにしますから、なるべく夜は一人で店を開けとかねぇようにしてくだせぇ。」
「でも、夜も営んでる喫茶店って素敵じゃないですか?」
「そりゃそうだが…夜もし開ける時は、俺が来る時だけにしてくだせぇ。、そしたら別に、物騒な奴が来たとしてもあんたを守ってやれる。」
咄嗟に出た言葉に、はっと我に返って口を塞いだ。
自分は何を言っているのだと疑う間に、それを知る由もない向葵は嬉しそうに微笑んだ。
「とっても頼もしいですね、総一郎さん。ありがとうございます。」
そんな可愛らしい笑顔を見ては、まぁいいかなんて一言で自分の引っ掛かりなどすっと消えてしまった。
何も知らずに、自分のことを待ってくれる人がいる。
この汚れた自分の素性を知らずに、こんなにも暖かく迎えてくれる人がいる。
それだけで充分だ。
この人がこれ以上、何も不幸なことが起きないようにただ見守れればそれでいい。
総悟は密かにそう意思を固めて、これからもこの店に顔を出すことを決めたのだった。
そっと目の前に差し出されたコーヒーに口をつけて飲むと、やはり変わらぬ安定の優しい味がした。
普段見るのは人の血と刀と無残な死体がほとんどで、やはりどことなくそのローテーションの日常に自然と体が疲弊しているのだろう。
そしてここは、店の名前の通り暖かい空気で居心地がいいゆえに、今の自分にとっては安心できる場所なのだと、総悟は感じた。
「あんたがあのまま落ちちまってこれが飲めなくならなくて、良かったでさァ。…それより、なんでこんな時間まで灯りつけてたんだ?もしかして、本当に営業してたわけじゃねぇですよね?」
「…あ、それ聞いちゃいます?」
向葵が初めて恥ずかしそうに笑ったのを見て、総悟は首を傾げた。
「ほら、総一郎さん。この間来た時はすぐ帰っちゃったじゃないですか。銀さんと仲が悪いわけじゃなさそうでしたけど、ここにいる時は一人の空間が好きなのかなぁって。それから何日経っても来られなくて、もしかしたら朝の時間はもう避けてるのかなーって考えて。…逆に夜だったら、来やすいのかなと思ってみたりして開けてたんです。」
「…じゃあ、わざわざ、俺のためにですかい?」
そう返すと、少しばかりその色白の頬を赤らめて小さく頷いた。
「せっかくうちのコーヒーを気に入って下さったのに、もう着て頂けなくなっちゃうのは、寂しいですから。」
そう呟いた彼女の言葉を耳にして、総悟は悟られないよう顔を下へ向けて小さく笑った。
俺一人のためなんかに、とんだお人好しだ。
なぜだか心がポカポカして、今までに感じたことの無い感情に、居心地の悪さを抱いた。
「でも、女一人で営んでるあんたがこんな時間まで開けてちゃ、さすがに危ねぇでさァ。ここは何が起きてもおかしくねぇかぶき町だ。何かあってからじゃ、それこそもうこの一杯が飲めなくなっちまうでしょーが。」
「…そうですね。でも私にとって、この店で出会ったお客様も、この店も。どちらも大切な宝物のような物ですから。」
眩しいくらいに純粋で真っ直ぐな笑顔を見て、総悟はくしゃりと笑った。
人斬りの真選組の沖田総悟と知っている人物が、こんなふうに笑いかけてくれたことは一度だってない。
彼女は知らないから、こうして自分をただの客として受け止めてくれるのだ、と痛感した。
そしてこの静かな雰囲気の中、総悟が店内を見渡していてふと気になったことを口に出した。
「…この店は、あんたが建てたんですかい?」
「いいえ、違いますよ。私はこの店をやりたかった人の意志を受け継いだだけです。本当は、店主でも何でもなかったんです。」
「え?」
「あなたの言うとおり、かぶき町というのは幸せだった時間も、数分後にはくるりとひっくり返すような治安の悪い町です。この店を始めようとした人も、そんな突然訪れた不幸に巻き込まれて、帰らぬ人となってしまったんです。」
どこか遠くを見て話す彼女の瞳は潤みを帯びていて、その切なげな表情からは、とても大切に思っていた人のことを話しているのが手に取るように分かった。
総悟は向葵のその表情を見て、なぜだか胸が締め付けられるような思いをした。
そして同時に、もう一人の自分の声が頭の中で聞こえたような気がした。
踏み込むな。これ以上その話に深く関わることはダメだ。
「…でも、今となっては私自身にとって大切な居場所なんですよ。ここが。…だから、総一郎さん。またこの店にコーヒーを飲みに来てくださいますか?」
「…当たり前でさァ。こんな時間まで店開けられて待ってられちゃ、俺もさすがに気が引ける。ちゃんと朝来るようにしますから、なるべく夜は一人で店を開けとかねぇようにしてくだせぇ。」
「でも、夜も営んでる喫茶店って素敵じゃないですか?」
「そりゃそうだが…夜もし開ける時は、俺が来る時だけにしてくだせぇ。、そしたら別に、物騒な奴が来たとしてもあんたを守ってやれる。」
咄嗟に出た言葉に、はっと我に返って口を塞いだ。
自分は何を言っているのだと疑う間に、それを知る由もない向葵は嬉しそうに微笑んだ。
「とっても頼もしいですね、総一郎さん。ありがとうございます。」
そんな可愛らしい笑顔を見ては、まぁいいかなんて一言で自分の引っ掛かりなどすっと消えてしまった。
何も知らずに、自分のことを待ってくれる人がいる。
この汚れた自分の素性を知らずに、こんなにも暖かく迎えてくれる人がいる。
それだけで充分だ。
この人がこれ以上、何も不幸なことが起きないようにただ見守れればそれでいい。
総悟は密かにそう意思を固めて、これからもこの店に顔を出すことを決めたのだった。