二.大切な人、大切な場所
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それから三日間、彼女は未だに目を覚ますことなく眠り続けた。
時折覗いては、呼吸をしているのか不安になるほどそれは静かなもので、真選組の誰もが彼女が目覚めることを望んでいた。
そして総悟は、彼女が眠るその部屋に入ることを恐れ、襖を開けようと何度も手を伸ばしては、数時間その部屋の前で固まったまま、自室へ戻る動作を繰り返しているのを、土方は知っていた。
向葵が負った傷命には支障はないがはどれも深く、塞がったとしても傷跡はくっきり残ってしまうほどだと医者は話した。
今朝の診察では、体自体にはもう異常がないらしい。
目を覚まさない理由があるとしたら、それは心の問題が関与している可能性がある、と。
何よりも彼女が大切にし、その笑顔と人柄で守り続けていたあの温かい〝陽向〟を失い、絶望に立たされているのではないかと医者は話した。
総悟は時々それを引き起こしたのは全て自分だと何度も呟き、まるで今まで見てきたどSなアイツとは別人のように弱々しく、今にも泣き出しそうな表情ばかり浮かべている。
確かにその状況であれば、自分でも辛いだろう。
彼の話によれば、責められるであろう覚悟を決めていたにも関わらず、向葵は意識を手放す前に優しく笑って、〝ごめんね〟と呟いたのだから。
いっそ自分のせいだと責めてくれて方が、どれだけ心が晴れるだろう。
そう考えて同じく胸を痛める土方は、まるで向葵の優しくて温かい笑顔のような、雲ひとつない澄んだ青空を見上げた。
そんな中、慌ただしい足音がこちらに向かってくるのを耳にし、顔をそちらに向けると、血相を変えて全速力で向かってくる近藤の顔を目の当たりにした。
「トシィィィーーーッッ!!大変だァァァ!」
「なんだよ近藤さん!朝っぱらから騒がしいな……!」
「向葵さんが、向葵さんがァァァ!!」
「……?!」
叫び続ける近藤の言葉にぴくりと反応し、その身を起こしては、急いで彼女の部屋へと向かった。
「向葵ッッ!」
名を呼ぶとほぼ同時に襖を勢いよく開けると、既に医者が到着しており、ちょうど聴診器でその容態を確認しているところだった。
彼女は医者からこちらにゆっくり顔を向けると、みるみる早さで顔を真っ赤にし、慌てて身体を縮こまった。
「ひっ、ひっ、土方さんっ!!」
「わわわわわ、悪ぃっ!」
慌ててくるりと背中を向け、襖をピシャリと閉める。
今しがた見てしまった彼女の白い肌が脳内に過ぎり、再び心臓の鼓動を早める。
「おおおお落ち着け、俺!俺ァ見ちゃいねぇ、何も見ちゃいねぇんだッッ!」
そう自分に言いにかせていると、その騒動を聞きつけたのか、近くの部屋にいた総悟が姿を現し、やけに目を細めてこちらを見ていた。
「……なに一人で呟いてんですかァ、土方さん。しかも向葵の寝室の前でやめてくだせぇよ。いくら土方さんでも手負いの女に朝っぱらから夜這いかけようなんざ……」
「ばっ、ばっかお前!俺がそんなはしたねぇことするわけねぇじゃねだろ!」
「へぇ、どうだか」
そう言って目を逸らす彼を見て、土方の怒りは度を増す。
新撰組の前では強がっていつも通りの悪態をついているのが見え見えだ。
「おい総悟、てめぇこそいつもこの部屋の前で……」
「もー、うるさいですよ!全然問診進まないじゃないですかぁ、土方さん!」
二人の前に、勢いよく襖を開けて頬を膨れさせて彼女が突然姿を現し、思わず身体が硬直した。
「なっ……向葵……?」
「あり、総悟も一緒だったんだ。」
キョトンとした顔で彼を見つめる向葵は、まるで何事も無かったかのようにいつも通りの調子で。
その姿を見た総悟が再び胸を締め付けられ、目を逸らした。
「向葵さん、目が覚めて良かったですぅぅぅッッ!俺ァ心配してたんですよぉずっと!」
「あっ、近藤さん!ご心配おかけしてすいませんでした!」
パッと笑顔を浮かべて近藤にそう返す彼女の様子はあまりにも普通すぎて、土方さえもが胸を痛めた。
もしや意識を手放す前の記憶が少し欠けているとか?
いや、そんな都合のいいことなどそうそう起こるはずはない。
だが誰一人、明るく振る舞う彼女に傷を抉るような言葉を吐けないでいた。
「……んで、だよ。」
そんな中、総悟が震えた声で呟いた。
両手に拳を作り、その大きな体は僅かに震えている。
向葵は彼を一目見ると、笑顔が消える。
「なんで、そんな普通にしてられるんでさァ!」
「……おい総悟」
土方が止めようと口を挟むが、総悟の勢いは止まらず続いた。
「はっきり言えよ!二度もあんたの大切なものを奪ったのは…俺だって。俺のせいで自分の人生はめちゃくちゃだって、本当は思ってるんだろ、向葵!!」
今にも泣き出しそうな、苦しげな表情をした総悟を見て、近藤と土方は何も言えなくなった。
彼女が寝込んでから、きっと誰よりも傷ついていたのは、誰よりも彼女が目覚めることを願っていたのは、間違いなく総悟であることを知っていた。
向葵はそんな総悟をじっと見つめていると、その小さな足をゆっくりと彼の元へと動かし、すっとその頬に手を伸ばした。
優しくされればされるだけ、自分が惨めになる。
そう分かっている土方は、彼女の手を止めようと慌てて手を伸ばす。
が、彼女の手は相互の頬に優しく触れるどころか、全速力でその頬を平手で引っぱたいた。
あまりにもの予想外の行動に、誰もが目を見張る。
総悟は今何が起きたのか分からないと言いたげな表情のまま、無意識に手で頬を抑えて彼女の方を見た。
「…言ったよね、私。」
真っ直ぐな大きな瞳は、総悟を映し出す。
凛とした声は、曇りなく透き通っていてその強さを露わにする。
「あなたと生きていくのを選んだ時点で、自分の身に何か起こるのは予想してた、って。確かに店は燃えちゃったけど…陽介の大切なものを壊してしまったけど…それはあなたのせいじゃない。」
「…」
「私がその道が危険だとわかっていても、あなたを選んだからよ。それ以外の何物でもないの。」
「んなわけねぇ!あんたの大事な人も、大事な場所も失わせちまったのは…間違いなくこの俺でぃ!」
「…そう考えてもらった方が、楽?」
「ーーッッ!」
必死に嘆く総悟に、そう弱々しく尋ねた彼女の言葉は、酷く心に突き刺さる言葉だった。
「全部私の大切なものを奪ってしまった。私は総悟を恨むべきだって考えた方が、総悟にとっては楽なの?」
「楽、なんかじゃっーーー」
「悪いけど、あなたが考えているような考え方はできないよ。」
「……どういう、……」
「確かに私の以前の大切な人も、大切な場所も失ってしまった…心を痛めていないと言えば嘘になるけど…私から言わせみれば、今の大切な人も、今の大切な場所もこうして目の前にある。こんな何が起きるか分からない世の中で、それだけのものがあれば、十分幸せものだよ。」
「ーーッッ、」
「私の決意、聞いてたでしょう?忘れてないか、もっかいあなたの口で言ってみせてよ。」
そう言って優しく笑う彼女を目の当たりにして、総悟は握っていた拳をゆっくり解いていって、口を開いた。
「俺の足は引っ張らない。俺の重荷になるようなこともしない。俺が一人の男である前に、真選組の一番隊隊長である事を決して忘れない。それができてこそ、沖田総悟の女であれる……そして……」
「ただ守られるだけの弱い女だなんて、絶対に嫌。そう、ちゃんと覚えてたね。」
「向葵、俺ァ……」
「店なんてやろとう思えばいつだってできる。でもあの店も、陽介との店だったはずが、薄情なことにいつの間にか私にとっては、真選組のみんなとの居場所だと思うようになってた。だから、私は大切なものは何一つ失ってない。だから私は、何度でも立ち直れるし、笑ってられる。」
「……はっ。どこまで強い女なんでさァ……」
額に手を当てて、彼はくしゃりと笑う。
向葵はそんな彼を見て、ふふっと小さく笑って得意げな顔をした。
「あなたが口説いた女は、実はそういう女だったんだよ。今更後悔してももう遅いんだからね?」
「……」
「総悟……。私の大切なものを奪わせてしまったと重荷を背負わせてしまって、ごめんね。でも私はこうして生き延びて、今目の前に大切な人がいて、大切な場所の上に立っていて、あんなことがおきても心の底から良かったと思ってる。だからもう、そんなに自分を責めないで。」
「……ッッ!!」
総悟は何も言うことなく、その場で力強く向葵を抱きしめた。
そして同時に、総悟に加えて近藤土方も彼女の陽の光のような温かさには適わないと、改めて実感させられたのであった。
時折覗いては、呼吸をしているのか不安になるほどそれは静かなもので、真選組の誰もが彼女が目覚めることを望んでいた。
そして総悟は、彼女が眠るその部屋に入ることを恐れ、襖を開けようと何度も手を伸ばしては、数時間その部屋の前で固まったまま、自室へ戻る動作を繰り返しているのを、土方は知っていた。
向葵が負った傷命には支障はないがはどれも深く、塞がったとしても傷跡はくっきり残ってしまうほどだと医者は話した。
今朝の診察では、体自体にはもう異常がないらしい。
目を覚まさない理由があるとしたら、それは心の問題が関与している可能性がある、と。
何よりも彼女が大切にし、その笑顔と人柄で守り続けていたあの温かい〝陽向〟を失い、絶望に立たされているのではないかと医者は話した。
総悟は時々それを引き起こしたのは全て自分だと何度も呟き、まるで今まで見てきたどSなアイツとは別人のように弱々しく、今にも泣き出しそうな表情ばかり浮かべている。
確かにその状況であれば、自分でも辛いだろう。
彼の話によれば、責められるであろう覚悟を決めていたにも関わらず、向葵は意識を手放す前に優しく笑って、〝ごめんね〟と呟いたのだから。
いっそ自分のせいだと責めてくれて方が、どれだけ心が晴れるだろう。
そう考えて同じく胸を痛める土方は、まるで向葵の優しくて温かい笑顔のような、雲ひとつない澄んだ青空を見上げた。
そんな中、慌ただしい足音がこちらに向かってくるのを耳にし、顔をそちらに向けると、血相を変えて全速力で向かってくる近藤の顔を目の当たりにした。
「トシィィィーーーッッ!!大変だァァァ!」
「なんだよ近藤さん!朝っぱらから騒がしいな……!」
「向葵さんが、向葵さんがァァァ!!」
「……?!」
叫び続ける近藤の言葉にぴくりと反応し、その身を起こしては、急いで彼女の部屋へと向かった。
「向葵ッッ!」
名を呼ぶとほぼ同時に襖を勢いよく開けると、既に医者が到着しており、ちょうど聴診器でその容態を確認しているところだった。
彼女は医者からこちらにゆっくり顔を向けると、みるみる早さで顔を真っ赤にし、慌てて身体を縮こまった。
「ひっ、ひっ、土方さんっ!!」
「わわわわわ、悪ぃっ!」
慌ててくるりと背中を向け、襖をピシャリと閉める。
今しがた見てしまった彼女の白い肌が脳内に過ぎり、再び心臓の鼓動を早める。
「おおおお落ち着け、俺!俺ァ見ちゃいねぇ、何も見ちゃいねぇんだッッ!」
そう自分に言いにかせていると、その騒動を聞きつけたのか、近くの部屋にいた総悟が姿を現し、やけに目を細めてこちらを見ていた。
「……なに一人で呟いてんですかァ、土方さん。しかも向葵の寝室の前でやめてくだせぇよ。いくら土方さんでも手負いの女に朝っぱらから夜這いかけようなんざ……」
「ばっ、ばっかお前!俺がそんなはしたねぇことするわけねぇじゃねだろ!」
「へぇ、どうだか」
そう言って目を逸らす彼を見て、土方の怒りは度を増す。
新撰組の前では強がっていつも通りの悪態をついているのが見え見えだ。
「おい総悟、てめぇこそいつもこの部屋の前で……」
「もー、うるさいですよ!全然問診進まないじゃないですかぁ、土方さん!」
二人の前に、勢いよく襖を開けて頬を膨れさせて彼女が突然姿を現し、思わず身体が硬直した。
「なっ……向葵……?」
「あり、総悟も一緒だったんだ。」
キョトンとした顔で彼を見つめる向葵は、まるで何事も無かったかのようにいつも通りの調子で。
その姿を見た総悟が再び胸を締め付けられ、目を逸らした。
「向葵さん、目が覚めて良かったですぅぅぅッッ!俺ァ心配してたんですよぉずっと!」
「あっ、近藤さん!ご心配おかけしてすいませんでした!」
パッと笑顔を浮かべて近藤にそう返す彼女の様子はあまりにも普通すぎて、土方さえもが胸を痛めた。
もしや意識を手放す前の記憶が少し欠けているとか?
いや、そんな都合のいいことなどそうそう起こるはずはない。
だが誰一人、明るく振る舞う彼女に傷を抉るような言葉を吐けないでいた。
「……んで、だよ。」
そんな中、総悟が震えた声で呟いた。
両手に拳を作り、その大きな体は僅かに震えている。
向葵は彼を一目見ると、笑顔が消える。
「なんで、そんな普通にしてられるんでさァ!」
「……おい総悟」
土方が止めようと口を挟むが、総悟の勢いは止まらず続いた。
「はっきり言えよ!二度もあんたの大切なものを奪ったのは…俺だって。俺のせいで自分の人生はめちゃくちゃだって、本当は思ってるんだろ、向葵!!」
今にも泣き出しそうな、苦しげな表情をした総悟を見て、近藤と土方は何も言えなくなった。
彼女が寝込んでから、きっと誰よりも傷ついていたのは、誰よりも彼女が目覚めることを願っていたのは、間違いなく総悟であることを知っていた。
向葵はそんな総悟をじっと見つめていると、その小さな足をゆっくりと彼の元へと動かし、すっとその頬に手を伸ばした。
優しくされればされるだけ、自分が惨めになる。
そう分かっている土方は、彼女の手を止めようと慌てて手を伸ばす。
が、彼女の手は相互の頬に優しく触れるどころか、全速力でその頬を平手で引っぱたいた。
あまりにもの予想外の行動に、誰もが目を見張る。
総悟は今何が起きたのか分からないと言いたげな表情のまま、無意識に手で頬を抑えて彼女の方を見た。
「…言ったよね、私。」
真っ直ぐな大きな瞳は、総悟を映し出す。
凛とした声は、曇りなく透き通っていてその強さを露わにする。
「あなたと生きていくのを選んだ時点で、自分の身に何か起こるのは予想してた、って。確かに店は燃えちゃったけど…陽介の大切なものを壊してしまったけど…それはあなたのせいじゃない。」
「…」
「私がその道が危険だとわかっていても、あなたを選んだからよ。それ以外の何物でもないの。」
「んなわけねぇ!あんたの大事な人も、大事な場所も失わせちまったのは…間違いなくこの俺でぃ!」
「…そう考えてもらった方が、楽?」
「ーーッッ!」
必死に嘆く総悟に、そう弱々しく尋ねた彼女の言葉は、酷く心に突き刺さる言葉だった。
「全部私の大切なものを奪ってしまった。私は総悟を恨むべきだって考えた方が、総悟にとっては楽なの?」
「楽、なんかじゃっーーー」
「悪いけど、あなたが考えているような考え方はできないよ。」
「……どういう、……」
「確かに私の以前の大切な人も、大切な場所も失ってしまった…心を痛めていないと言えば嘘になるけど…私から言わせみれば、今の大切な人も、今の大切な場所もこうして目の前にある。こんな何が起きるか分からない世の中で、それだけのものがあれば、十分幸せものだよ。」
「ーーッッ、」
「私の決意、聞いてたでしょう?忘れてないか、もっかいあなたの口で言ってみせてよ。」
そう言って優しく笑う彼女を目の当たりにして、総悟は握っていた拳をゆっくり解いていって、口を開いた。
「俺の足は引っ張らない。俺の重荷になるようなこともしない。俺が一人の男である前に、真選組の一番隊隊長である事を決して忘れない。それができてこそ、沖田総悟の女であれる……そして……」
「ただ守られるだけの弱い女だなんて、絶対に嫌。そう、ちゃんと覚えてたね。」
「向葵、俺ァ……」
「店なんてやろとう思えばいつだってできる。でもあの店も、陽介との店だったはずが、薄情なことにいつの間にか私にとっては、真選組のみんなとの居場所だと思うようになってた。だから、私は大切なものは何一つ失ってない。だから私は、何度でも立ち直れるし、笑ってられる。」
「……はっ。どこまで強い女なんでさァ……」
額に手を当てて、彼はくしゃりと笑う。
向葵はそんな彼を見て、ふふっと小さく笑って得意げな顔をした。
「あなたが口説いた女は、実はそういう女だったんだよ。今更後悔してももう遅いんだからね?」
「……」
「総悟……。私の大切なものを奪わせてしまったと重荷を背負わせてしまって、ごめんね。でも私はこうして生き延びて、今目の前に大切な人がいて、大切な場所の上に立っていて、あんなことがおきても心の底から良かったと思ってる。だからもう、そんなに自分を責めないで。」
「……ッッ!!」
総悟は何も言うことなく、その場で力強く向葵を抱きしめた。
そして同時に、総悟に加えて近藤土方も彼女の陽の光のような温かさには適わないと、改めて実感させられたのであった。