一,陽向
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四日をあけて、二回目の来店。
カランと控えめな鈴が一度なると、彼女の視線は入口の自分の方へと向いた。
正直めっぽう女に興味のない自分でも、あの客を迎える優しい笑顔は胸を高鳴らせるくらいの効果がある。
ここにくる大半の客はあの女目当てが多いのではないかと思うほど、それは魅力的だった。
そう考えると、客の少ない間に利用したほうがいいのではないかと悟りつつも、未だ店内に誰もいないのを確認しカウンター席に着いた。
「あら?またいらしてくれたんですね。ありがとうございます。」
「あんたの煎れるコーヒーにハマっちまいやしてね。また、この前と同じもんお願いしていいですかぃ?」
そう言うと、彼女はクスりと微笑んでは〝喜んで。〟と返して作業をし始めた。
こんな短期間で二回目ということもあってか、今日は厨房のすぐ近くに腰を下ろしていた。
前回は角の席に座っていたが、こうして座る位置を変えるだけで、見える景色も違うしコーヒーの香りの濃度も違う。
微かに聞こえてくる店内BGMもピアノの大人しめの曲ばかりで、朝をゆっくり過ごすには居心地がいい。
目を閉じて、その環境をじっくりと堪能していると、向かいにいる彼女が口を開いた。
「今日も随分と疲れが溜まっていらっしゃるご様子ですね。まだお若いのに、お勤めご苦労様です。」
そう優しい声で言いながら、コーヒーと暖かいパンを差し出す彼女に、思わず驚いて目を見開いた。
「…あんた、俺が仕事してる歳に見えるんで?」
昔から童顔の自分は、真選組の制服を着ているならまだしも、私服の着物で刀をさしていない時はただの社会を知らない子供に見られることもしばしばある。
自分の素性を知らないはずの彼女は、ふふっと小さく笑ってそれに返した。
「そこらの方とは、少しオーラが違いますからね。何となく分かります。私には、随分大人びて見えますけどね。それに社会を知らない人は、こんな朝早くにコーヒーを堪能しになんて来ないですよ。」
「…なるほど、それもそうでさァ。」
そう返して、差し出されたコーヒーに手をつける。
前回同様、疲れた身体に染み込むような味だった。
パンを一口ちぎって食べてみれば、市販のものよりもしつこくない甘みと柔らかさがまた格別で、これも手作りなのかと感心を覚える。
「…あんた、この店を一人で営んでいるんですかぃ?」
「えぇ、そうですよ。こうしてお客様一人一人の方との出会いと時間を大切にして、居心地のいい喫茶店だと思っていただけるようにするのが、私の夢なんです。」
「そうかい。」
言葉と共に自然と柔らかい笑みが浮かぶ。
そんなゆったりとした時間を過ごしている二人の間に、新たに入口の鈴の音か入り込んだ。
「いらっしゃいま……あら?」
総悟が早くも貸切状態に邪魔が入ったのを小さく舌打ちしていると、カウンターへとズカズカ歩いてくるその姿にパッと顔を喜ばせている店主の姿を目にした。
「あらあら、珍しいですね銀さん!こんな朝早くに来られるなんて。今日はお仕事で早起きですか?」
そう彼女が言ったと共に、〝銀さん〟と呼ばれる男に酷く思い当たる人物を頭の中で浮かべて振り返ると、奴と目が合った。
「そっ、総一郎くん、なんでここに…!」
「そういうあんたこそ、普段昼過ぎくらいまで起きねぇくらいのぐーたらの癖に、何朝からコーヒー飲みに来てるんですかぃ。…しかも、今日は旦那一人ですかい?」
「…一言余計だろ。朝から俺のテンション下げんなよ。俺はコーヒー飲みに来たわけじゃねぇし!だいたい、こんなとこアイツらみてぇなガキ連れてこれっかよ。」
あからさまに目を細めてそう言うと、旦那は期限を損ねた様子でケッと吐き出して一つ席をあけて腰を下ろす。
「はい、銀さん。いつものです。」
「おー、ありがと向葵ちゃん!」
自分に発していた声とは180度違う彼の柔らかい声に、思わず呆れて息を吐く。
どう見ても彼女目当てでここを訪れている客のひとりに違いない。
まぁそんな彼のおかげで、彼女の名をようやく知れた訳だが。
そして目の前には、朝から重たそうなパフェが差し出されていた。
「銀さんはいつも朝から元気ですね。それにしても、おふたりはお知り合いなんですか?」
「知り合いっつーかただの腐れ縁だよ。仲良しじゃねぇから。」
彼の不貞腐れた顔を見て、向葵はクスクスと上品に笑う。
「向葵、こいつにゃ気をつけなァ。いつからここに通ってるか知らねぇけど、まじ腹黒王子だから。サディストだから。変態だから。」
「…旦那に言われたくありやせんねぇ。そうやって誰しもを恋敵になろう邪魔者扱いして印象を悪くさせようってオチでしょうが、あいにく俺ァ旦那と違って、単純にこの店を気に入って来てんでぃ。」
しれっとそう返せば、生クリームを口周りに付けたまま、信じられないと言いたげな旦那の顔がこちらを向く。
「何お前、向葵ちゃん見てもなんともないの?もしや病気?」
「あいにく女だの恋だのに興味がねぇだけです。」
「うわーっ…。年頃の男なのにどうよその発言は。少しはあのゴリラを見習えよ。万年発情期だぜ、おたくの頭。」
「…近藤さんと一緒にしねぇでくだせぇよ。」
「ふふっ。銀さん、口元にクリームいっぱいついてますよ。」
「え、どこどこ?取ってよ向葵ちゃん。」
「はいはい。じっとしてて下さいね。」
そっと触れるほどの優しい手つきで彼の顔を拭く姿に、銀時が鼻の下を伸ばす光景を目にして、総悟は何となく面白くない雰囲気に頬杖をついて溜息をこぼす。
「それで、銀さんはどうして今日こんな朝早くにいらしたんですか?もしかして、今日はお仕事?」
「いやぁ、朝早くに下のババアに起こされてこき使われてよ。その仕打ちを癒されにここに来たわけよ。向葵ちゃん、俺を癒してくれる?」
「下の…あぁっ!お登勢さんですね。相変わらず仲良しで。どうしていいかは分かりませんが、私で癒せるならいつでもどうぞ。銀さん、いつもお仕事でお疲れのようですし。」
「ほんと?!じゃあさ、じゃあさ」
「旦那がいつも仕事でおつかれ?向葵さん、もしかしてご存知ねぇんですかぃ?」
「お、おい総一郎くん…?」
たどたどしい腹黒いオーラをまとう彼に、銀時はごくりと息を飲む。
今までの接触で積み重ねてきた好印象が、まさか彼によって尽く潰されることになるとは、この時思いもしなかった。
「朝早く起きる時は、決まってだいたいパチンコ行くんでさァ。仕事なんてほんとにごくたまにで、普段は遊び回ってふらついて歩いてる男ですぜ。こんな男に引っかからねぇよう、気をつけてくだせぇ。」
「おいおい、てめぇ……!」
「俺ァその人と決して仲悪くはねぇですが、一人の男として見るならろくでもねぇ男だと思ってまさァ。美味しいコーヒーをいれてくれるあんたに一つ、忠告でさァ。お代、ここに置いてきやすぜぃ。」
総悟は青ざめた銀時の顔を横目で見ながら、すっと席をた 立ち店を出て行った。
ポカンとその姿を見送った彼女は、しばらく窓の外で小さくなっていく彼の背中をぼんやりと見つめながら、一滴ですら残っていないコーヒーカップと空の皿を片した。
銀時はその光景をぼんやりと見つめ、彼女に尋ねた。
「…なにあいつ、最近ここに来るようになったのか?」
「今日で二回目ですよ。いつもお疲れの様子だったので、北欧コーヒーを少しブレンドして出したら気に入って頂けたみたいで。まだお若いのに、何やらいろいろ背負っていらっしゃるみたいなので、せめてここに来た時だけでも息抜きができたらな、と思いまして。」
そう答えた向葵の顔は、銀時にとって眩しいくらい純粋で真っ直ぐだった。
カランと控えめな鈴が一度なると、彼女の視線は入口の自分の方へと向いた。
正直めっぽう女に興味のない自分でも、あの客を迎える優しい笑顔は胸を高鳴らせるくらいの効果がある。
ここにくる大半の客はあの女目当てが多いのではないかと思うほど、それは魅力的だった。
そう考えると、客の少ない間に利用したほうがいいのではないかと悟りつつも、未だ店内に誰もいないのを確認しカウンター席に着いた。
「あら?またいらしてくれたんですね。ありがとうございます。」
「あんたの煎れるコーヒーにハマっちまいやしてね。また、この前と同じもんお願いしていいですかぃ?」
そう言うと、彼女はクスりと微笑んでは〝喜んで。〟と返して作業をし始めた。
こんな短期間で二回目ということもあってか、今日は厨房のすぐ近くに腰を下ろしていた。
前回は角の席に座っていたが、こうして座る位置を変えるだけで、見える景色も違うしコーヒーの香りの濃度も違う。
微かに聞こえてくる店内BGMもピアノの大人しめの曲ばかりで、朝をゆっくり過ごすには居心地がいい。
目を閉じて、その環境をじっくりと堪能していると、向かいにいる彼女が口を開いた。
「今日も随分と疲れが溜まっていらっしゃるご様子ですね。まだお若いのに、お勤めご苦労様です。」
そう優しい声で言いながら、コーヒーと暖かいパンを差し出す彼女に、思わず驚いて目を見開いた。
「…あんた、俺が仕事してる歳に見えるんで?」
昔から童顔の自分は、真選組の制服を着ているならまだしも、私服の着物で刀をさしていない時はただの社会を知らない子供に見られることもしばしばある。
自分の素性を知らないはずの彼女は、ふふっと小さく笑ってそれに返した。
「そこらの方とは、少しオーラが違いますからね。何となく分かります。私には、随分大人びて見えますけどね。それに社会を知らない人は、こんな朝早くにコーヒーを堪能しになんて来ないですよ。」
「…なるほど、それもそうでさァ。」
そう返して、差し出されたコーヒーに手をつける。
前回同様、疲れた身体に染み込むような味だった。
パンを一口ちぎって食べてみれば、市販のものよりもしつこくない甘みと柔らかさがまた格別で、これも手作りなのかと感心を覚える。
「…あんた、この店を一人で営んでいるんですかぃ?」
「えぇ、そうですよ。こうしてお客様一人一人の方との出会いと時間を大切にして、居心地のいい喫茶店だと思っていただけるようにするのが、私の夢なんです。」
「そうかい。」
言葉と共に自然と柔らかい笑みが浮かぶ。
そんなゆったりとした時間を過ごしている二人の間に、新たに入口の鈴の音か入り込んだ。
「いらっしゃいま……あら?」
総悟が早くも貸切状態に邪魔が入ったのを小さく舌打ちしていると、カウンターへとズカズカ歩いてくるその姿にパッと顔を喜ばせている店主の姿を目にした。
「あらあら、珍しいですね銀さん!こんな朝早くに来られるなんて。今日はお仕事で早起きですか?」
そう彼女が言ったと共に、〝銀さん〟と呼ばれる男に酷く思い当たる人物を頭の中で浮かべて振り返ると、奴と目が合った。
「そっ、総一郎くん、なんでここに…!」
「そういうあんたこそ、普段昼過ぎくらいまで起きねぇくらいのぐーたらの癖に、何朝からコーヒー飲みに来てるんですかぃ。…しかも、今日は旦那一人ですかい?」
「…一言余計だろ。朝から俺のテンション下げんなよ。俺はコーヒー飲みに来たわけじゃねぇし!だいたい、こんなとこアイツらみてぇなガキ連れてこれっかよ。」
あからさまに目を細めてそう言うと、旦那は期限を損ねた様子でケッと吐き出して一つ席をあけて腰を下ろす。
「はい、銀さん。いつものです。」
「おー、ありがと向葵ちゃん!」
自分に発していた声とは180度違う彼の柔らかい声に、思わず呆れて息を吐く。
どう見ても彼女目当てでここを訪れている客のひとりに違いない。
まぁそんな彼のおかげで、彼女の名をようやく知れた訳だが。
そして目の前には、朝から重たそうなパフェが差し出されていた。
「銀さんはいつも朝から元気ですね。それにしても、おふたりはお知り合いなんですか?」
「知り合いっつーかただの腐れ縁だよ。仲良しじゃねぇから。」
彼の不貞腐れた顔を見て、向葵はクスクスと上品に笑う。
「向葵、こいつにゃ気をつけなァ。いつからここに通ってるか知らねぇけど、まじ腹黒王子だから。サディストだから。変態だから。」
「…旦那に言われたくありやせんねぇ。そうやって誰しもを恋敵になろう邪魔者扱いして印象を悪くさせようってオチでしょうが、あいにく俺ァ旦那と違って、単純にこの店を気に入って来てんでぃ。」
しれっとそう返せば、生クリームを口周りに付けたまま、信じられないと言いたげな旦那の顔がこちらを向く。
「何お前、向葵ちゃん見てもなんともないの?もしや病気?」
「あいにく女だの恋だのに興味がねぇだけです。」
「うわーっ…。年頃の男なのにどうよその発言は。少しはあのゴリラを見習えよ。万年発情期だぜ、おたくの頭。」
「…近藤さんと一緒にしねぇでくだせぇよ。」
「ふふっ。銀さん、口元にクリームいっぱいついてますよ。」
「え、どこどこ?取ってよ向葵ちゃん。」
「はいはい。じっとしてて下さいね。」
そっと触れるほどの優しい手つきで彼の顔を拭く姿に、銀時が鼻の下を伸ばす光景を目にして、総悟は何となく面白くない雰囲気に頬杖をついて溜息をこぼす。
「それで、銀さんはどうして今日こんな朝早くにいらしたんですか?もしかして、今日はお仕事?」
「いやぁ、朝早くに下のババアに起こされてこき使われてよ。その仕打ちを癒されにここに来たわけよ。向葵ちゃん、俺を癒してくれる?」
「下の…あぁっ!お登勢さんですね。相変わらず仲良しで。どうしていいかは分かりませんが、私で癒せるならいつでもどうぞ。銀さん、いつもお仕事でお疲れのようですし。」
「ほんと?!じゃあさ、じゃあさ」
「旦那がいつも仕事でおつかれ?向葵さん、もしかしてご存知ねぇんですかぃ?」
「お、おい総一郎くん…?」
たどたどしい腹黒いオーラをまとう彼に、銀時はごくりと息を飲む。
今までの接触で積み重ねてきた好印象が、まさか彼によって尽く潰されることになるとは、この時思いもしなかった。
「朝早く起きる時は、決まってだいたいパチンコ行くんでさァ。仕事なんてほんとにごくたまにで、普段は遊び回ってふらついて歩いてる男ですぜ。こんな男に引っかからねぇよう、気をつけてくだせぇ。」
「おいおい、てめぇ……!」
「俺ァその人と決して仲悪くはねぇですが、一人の男として見るならろくでもねぇ男だと思ってまさァ。美味しいコーヒーをいれてくれるあんたに一つ、忠告でさァ。お代、ここに置いてきやすぜぃ。」
総悟は青ざめた銀時の顔を横目で見ながら、すっと席をた 立ち店を出て行った。
ポカンとその姿を見送った彼女は、しばらく窓の外で小さくなっていく彼の背中をぼんやりと見つめながら、一滴ですら残っていないコーヒーカップと空の皿を片した。
銀時はその光景をぼんやりと見つめ、彼女に尋ねた。
「…なにあいつ、最近ここに来るようになったのか?」
「今日で二回目ですよ。いつもお疲れの様子だったので、北欧コーヒーを少しブレンドして出したら気に入って頂けたみたいで。まだお若いのに、何やらいろいろ背負っていらっしゃるみたいなので、せめてここに来た時だけでも息抜きができたらな、と思いまして。」
そう答えた向葵の顔は、銀時にとって眩しいくらい純粋で真っ直ぐだった。