二.大切な人、大切な場所
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「あーっ面白かった。普段澄ましてるあんたでもあんなに狼狽えるとこあるんですねぇ。とんだギャップでさァ。いいもん見させてもらいやした。」
未だに朝の出来事を思い出しては笑う彼に、不貞腐れつつも背中を向けて身支度をする私。
彼はベッドの上で胡座をかきながら、窓から入り込む朝のひんやりとした風を浴びながら、目を細めた。
「…でも、いいなァ。あんたと一緒に朝を迎えるってのも悪くねぇ。」
そう呟いた独り言に、私は思わず驚いてドキリと肩を震わせた。
時折見せる彼の大人びた表情には、毎度ながら不覚にもドキドキしてしまう。
それを悟られないよう、私は再び悪態をついた。
「…もう、なんで今日に限ってこんなに朝早いの?まだ何も準備してないし、昨日夜送ってくれた後も仕事だったんだからもう少しゆっくり休んでから来てくれれば良かったのに。」
「…」
なかなか返事が返ってこないのを見て、ふと違和感を感じた私は、再び彼の方を見ようと振り向いた。
するといつの間にか彼は目の前まで近づいていて、その大きな手をそっと頭の上にのせて優しく笑った。
「こうして二人でゆっくり休日を過ごすってのが今日初めてだろ?そう考えたらいてもたっても居られなくなっちまって、そのままの足でここに来たんでさァ。」
「…!」
まただ。
自分よりも年下のはずの彼が、時折見せる大人の顔。
その包容力はとてつもなく大きくて、更にはその真っ直ぐで純粋な言葉が、こっちの心を掻き乱すほどの威力を持っている。
そんな顔を見せられた暁には決まって硬直してしまう私を見て、彼は再び小さく笑った。
「俺ァあんたと一緒にいる時間が、何よりも安心できるんでぃ。」
その笑顔は卑怯だ。これでは夜な夜なこの家に忍び込んだ事も、寝顔を見られていたことも、寝起きの悪い姿を見られていたことも、怒っていた事全てを水に流してしまいたくなる。
「…私もだよ。」
そう小さく返すと、彼はまたはにかんだ笑みを見せた。
※※
ようやく不動産の開店時間を迎える頃、朝一番に訪れた。
当然まだ客はおらず、店内は私たちで貸し借りだ。
壁に張り出された賃貸物件を見渡していると、一人の店員が声をかけていた。
「いらっしゃいませ。今日はお二人の新居をお探しですか?」
そう尋ねられて私は瞬時に顔を真っ赤にし、早くも否定しようと口を開けた。
「ちっ…ちがいま」
「そうなんでさァ。実は先日夫婦になったばかりでしてねぇ。何かいい物件はありやすかぃ?」
「……え?!」
「まぁまぁっ!そうなんですね!それはおめでたい限りです。宜しければご案内しますので、あちらのお席へどうぞ。」
否定しようとした私よりも先に、彼は面白がってそれを肯定した。
店員の目を盗んでこちらを見た彼の顔は、まるで何か悪巧みをしている子供のような表情になっていて、思わず小さく溜息を零す。
「ちょ、ちょっと総くん!」
「いいじゃねぇですかぃ別に。早かれ遅かれそうなるんでさァ。あんたみたいな初心は今のうちに予行でもしときなせぇ。」
「えっ…って、ちょっと!」
何か含みのある言い方に引っかかりながらも、先にスタスタと歩いていく彼の背中を追う。
すっかり彼のペースにハマっていってる自分を情けなく思い、重い足取りで隣の椅子へと腰を下ろした。
いかにも作り笑いの店員が資料をテーブルの上にずらりと並べ、いかかですか?と手をすり合わせる。
私は彼のその接待にどことなく違和感を覚えた。
本来総くんの歳くらいであれば、社会人であること自体が稀でこういう場所では軽くあしらわれることが多い。
確かに普段は真選組の制服を着ている事もあってか、随分大人びて見えるが今日は私服。
私の目から見ても、確かに成人の歳は迎えているようにも見えるけれど、それは内面を知っているからで。それとも彼を知らない人でも、彼の姿は自分と同じように同じように映っているのだろうか。
そんな考え事をしていると、いつの間にか頬杖をついて彼がじとりと視線を送っていることにようやく気づいた。
「…おい向葵。さっきから何考え事してんでぃ。」
「あっ、ごめんごめん!えっと、なんだっけ?」
「…これなんてどうですかぃ?部屋数も多いし戸数も少ねぇ。」
そう言って差し出された物件の紙を手に取る。
確かに彼の言うように条件はいい。ただ、部屋数はそこまで多くなくてもいいのではないかという気もするし、さすがにこれは屯所から近すぎるのではないだろうか。
「…これだけ部屋がありゃ、俺たちの子供が出来ても十分なスペースになりまさァ。」
「…………。えっ?!子供?!」
店員に気づかれないように、こちらを向いてニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。
私の反応を見てからかっていると分かっていても、どうしても頬を赤らめて動揺してしまう。
「ははっ、顔真っ赤。」
「~~ッッ、総くん!からかわないでください!」
「…へいへい。」
思わず声を上げると、彼は仕方なし返事でツンと顔を背いた。
ダメだ。このまま彼のペースに狂わされてしまっていては、自分が一方的にからかわれるだけで終わってしまう。
そもそも引っ越す気なんてさらさらなかったが、ここまで来てしまっては仕方がない。
ひとまず気を取り直して、出された資料を一通り見渡した。
そうしてたくさんの資料の中に、吸い込まれるようにある一つの用紙が目に留まった。
「…いいのあったんでぃ?」
「総くん、私ここがいい。」
どれどれ?と顔を寄せて手にしていた紙を覗き込む。
サラサラの彼の髪が手に触れ、少しばかりくすぐったさを感じながらも、私は口を開いた。
「これなら二人とも職場から近いし、誰がいつ遊びに来ても問題ない広さでしょ?」
「…おい向葵。これ…」
「あぁっ、お客様!すみません、私が誤って資料を出しておりました。それは賃貸の中でも戸建てで…。実はそこ物件的には好条件なんですが、場所が場所で…ほら、そこってあの例の暴力でなんでも解決する真選組の屯所の近くですからねぇ。」
額の汗を拭いながら、店員が苦笑いを浮かべる。
「…ふぅん。暴力でなんでも解決する真選組ねぇ…」
酷い言われように、隣の彼は眉をぴくりと動かす。
私は彼の期限を損ねる前に、もう一度店員にはっきりと言った。
「私はここでいいです。いつから住めるか、確認して貰えますか?」
「はっ、はい!承知しましたっ!少々お待ちを!」
ピット背筋を伸ばし、素早く奥の事務室へと足を運んでいく店員を見送り、私はほっと小さくため息をこぼしたのだった。
未だに朝の出来事を思い出しては笑う彼に、不貞腐れつつも背中を向けて身支度をする私。
彼はベッドの上で胡座をかきながら、窓から入り込む朝のひんやりとした風を浴びながら、目を細めた。
「…でも、いいなァ。あんたと一緒に朝を迎えるってのも悪くねぇ。」
そう呟いた独り言に、私は思わず驚いてドキリと肩を震わせた。
時折見せる彼の大人びた表情には、毎度ながら不覚にもドキドキしてしまう。
それを悟られないよう、私は再び悪態をついた。
「…もう、なんで今日に限ってこんなに朝早いの?まだ何も準備してないし、昨日夜送ってくれた後も仕事だったんだからもう少しゆっくり休んでから来てくれれば良かったのに。」
「…」
なかなか返事が返ってこないのを見て、ふと違和感を感じた私は、再び彼の方を見ようと振り向いた。
するといつの間にか彼は目の前まで近づいていて、その大きな手をそっと頭の上にのせて優しく笑った。
「こうして二人でゆっくり休日を過ごすってのが今日初めてだろ?そう考えたらいてもたっても居られなくなっちまって、そのままの足でここに来たんでさァ。」
「…!」
まただ。
自分よりも年下のはずの彼が、時折見せる大人の顔。
その包容力はとてつもなく大きくて、更にはその真っ直ぐで純粋な言葉が、こっちの心を掻き乱すほどの威力を持っている。
そんな顔を見せられた暁には決まって硬直してしまう私を見て、彼は再び小さく笑った。
「俺ァあんたと一緒にいる時間が、何よりも安心できるんでぃ。」
その笑顔は卑怯だ。これでは夜な夜なこの家に忍び込んだ事も、寝顔を見られていたことも、寝起きの悪い姿を見られていたことも、怒っていた事全てを水に流してしまいたくなる。
「…私もだよ。」
そう小さく返すと、彼はまたはにかんだ笑みを見せた。
※※
ようやく不動産の開店時間を迎える頃、朝一番に訪れた。
当然まだ客はおらず、店内は私たちで貸し借りだ。
壁に張り出された賃貸物件を見渡していると、一人の店員が声をかけていた。
「いらっしゃいませ。今日はお二人の新居をお探しですか?」
そう尋ねられて私は瞬時に顔を真っ赤にし、早くも否定しようと口を開けた。
「ちっ…ちがいま」
「そうなんでさァ。実は先日夫婦になったばかりでしてねぇ。何かいい物件はありやすかぃ?」
「……え?!」
「まぁまぁっ!そうなんですね!それはおめでたい限りです。宜しければご案内しますので、あちらのお席へどうぞ。」
否定しようとした私よりも先に、彼は面白がってそれを肯定した。
店員の目を盗んでこちらを見た彼の顔は、まるで何か悪巧みをしている子供のような表情になっていて、思わず小さく溜息を零す。
「ちょ、ちょっと総くん!」
「いいじゃねぇですかぃ別に。早かれ遅かれそうなるんでさァ。あんたみたいな初心は今のうちに予行でもしときなせぇ。」
「えっ…って、ちょっと!」
何か含みのある言い方に引っかかりながらも、先にスタスタと歩いていく彼の背中を追う。
すっかり彼のペースにハマっていってる自分を情けなく思い、重い足取りで隣の椅子へと腰を下ろした。
いかにも作り笑いの店員が資料をテーブルの上にずらりと並べ、いかかですか?と手をすり合わせる。
私は彼のその接待にどことなく違和感を覚えた。
本来総くんの歳くらいであれば、社会人であること自体が稀でこういう場所では軽くあしらわれることが多い。
確かに普段は真選組の制服を着ている事もあってか、随分大人びて見えるが今日は私服。
私の目から見ても、確かに成人の歳は迎えているようにも見えるけれど、それは内面を知っているからで。それとも彼を知らない人でも、彼の姿は自分と同じように同じように映っているのだろうか。
そんな考え事をしていると、いつの間にか頬杖をついて彼がじとりと視線を送っていることにようやく気づいた。
「…おい向葵。さっきから何考え事してんでぃ。」
「あっ、ごめんごめん!えっと、なんだっけ?」
「…これなんてどうですかぃ?部屋数も多いし戸数も少ねぇ。」
そう言って差し出された物件の紙を手に取る。
確かに彼の言うように条件はいい。ただ、部屋数はそこまで多くなくてもいいのではないかという気もするし、さすがにこれは屯所から近すぎるのではないだろうか。
「…これだけ部屋がありゃ、俺たちの子供が出来ても十分なスペースになりまさァ。」
「…………。えっ?!子供?!」
店員に気づかれないように、こちらを向いてニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。
私の反応を見てからかっていると分かっていても、どうしても頬を赤らめて動揺してしまう。
「ははっ、顔真っ赤。」
「~~ッッ、総くん!からかわないでください!」
「…へいへい。」
思わず声を上げると、彼は仕方なし返事でツンと顔を背いた。
ダメだ。このまま彼のペースに狂わされてしまっていては、自分が一方的にからかわれるだけで終わってしまう。
そもそも引っ越す気なんてさらさらなかったが、ここまで来てしまっては仕方がない。
ひとまず気を取り直して、出された資料を一通り見渡した。
そうしてたくさんの資料の中に、吸い込まれるようにある一つの用紙が目に留まった。
「…いいのあったんでぃ?」
「総くん、私ここがいい。」
どれどれ?と顔を寄せて手にしていた紙を覗き込む。
サラサラの彼の髪が手に触れ、少しばかりくすぐったさを感じながらも、私は口を開いた。
「これなら二人とも職場から近いし、誰がいつ遊びに来ても問題ない広さでしょ?」
「…おい向葵。これ…」
「あぁっ、お客様!すみません、私が誤って資料を出しておりました。それは賃貸の中でも戸建てで…。実はそこ物件的には好条件なんですが、場所が場所で…ほら、そこってあの例の暴力でなんでも解決する真選組の屯所の近くですからねぇ。」
額の汗を拭いながら、店員が苦笑いを浮かべる。
「…ふぅん。暴力でなんでも解決する真選組ねぇ…」
酷い言われように、隣の彼は眉をぴくりと動かす。
私は彼の期限を損ねる前に、もう一度店員にはっきりと言った。
「私はここでいいです。いつから住めるか、確認して貰えますか?」
「はっ、はい!承知しましたっ!少々お待ちを!」
ピット背筋を伸ばし、素早く奥の事務室へと足を運んでいく店員を見送り、私はほっと小さくため息をこぼしたのだった。