一,陽向
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
それから一週間後。
喫茶〝陽向〟はいつになく賑わっていて、満席状態となっていた。
久しぶりに訪れた銀時は、店内を見渡しても見慣れた黒服を纏った野郎しか見えないその光景に、何度か瞬きをしては、目をこすってもう一度その死んだ魚のような目を最大限まで見開いた。
「おいおい、どーなってんだこりゃ。俺の憩いの場はどこいっちまったんだ」
「あれ、銀さん!」
「万事屋っ?!」
「旦那じゃねーですかぃ。」
カウンターの大きな図体の隙間から、入口を覗くようにみているのは、紛れもなく向葵で、その前には真選組の代表三人がどっしりと腰を下ろしていた。
「ごめんなさい、今日は真選組の方がほぼ貸し切っていて…相席でもいいですか?」
パタパタとかけてきては、申し訳なさそうな表情でそう言う向葵を見て、すかさずその肩を寄せて耳打ちした。
「どーなってんのこれ。ここ最近顔を出さねぇ間に何が起きたわけ?これじゃ銀さんが向葵とゆっくり寛ぐような空間ねぇんだけど。」
「え、えーと…実はいろいろありまして。真選組の方々が売上を貢献してくださることになって、時間がある時はこうしてお店に顔を出してくれるようになったんですよ。」
「えぇっ?!やだぜこんなムッさい奴ばっかとこれから毎回顔合わせすることになるわけ?!俺ァいつもみてぇに静かで向葵との会話を楽しみてぇっつうのに…」
「…おい旦那ァ。いつまでベタベタくっついてんでさァ。」
気づけば向葵の後ろに総悟が立ち、ひょいっとその小さな身体を引き離したかと思えば、自分の方へと寄せ付ける。
そして彼女はといえば、嫌がるどころか顔を真っ赤にして急に大人しくなっているではないか。
少し前までは客と店主の関係な二人だったはずが、今ではまるで初々しいカップルのように見えさえする状況に、その目を疑いながら銀時は恐る恐る口を開き、向葵に尋ねた。
「え、なに。どーいうこと?まさか向葵、俺の知らない間にこんなサディストの女になったってこと?」
「あ、あの、えっと……」
「その予定でぃ。つーわけで、これからはこいつを口説く時ぁ俺通してくだせえよ、旦那。」
「なっ、なっ、なんで?!どういう経緯でそうなるんだよ!だいたい向葵、こいつの事知ってんのか?!陽介の……」
銀時は思わず口に出し、ハッとして手で口を閉ざす。
それを聞き逃さなかった向葵は、小さく笑って穏やかな声色で返した。
「全部知ってますよ。でもあの人の寂しさを埋めてくれたのも、総くんなんです。だからもう、いいんです。」
「……そうかい。」
彼女の幸せそうな笑みを見て、銀時も少しばかり安堵した。
顔見知りの陽介が死んだという話を聞いた時、他に身寄りもいない彼女を支えようと、暇さえあればこの店に顔を出していた。
彼をずっと引きずっているような様子だった彼女が、新しい人生を一歩踏み出したとなれば、これ以上言うことは無いだろう。
自分の出番はもうないと思い、少しだけ寂しい気持ちとなりつつ今日は静かにその場を去ろうと踵を返すと、小さな手ががっしりと肩を掴んできた。
「それにしても銀さん。もしかして、最初から全部知ってたんじゃないですか?」
「え?あ、あの…いやぁほら、なんつーか、ねぇ?」
「なんで知ってたら教えてくれなかったんですか!だいたい総一郎くんだなんて紛らわしいあだ名つけてるから、ややこしかったんですよ!」
「ええぇっ!!俺のせい?!俺関係なくね?!」
「銀さんには、罰として新作いちごパフェ試食してって貰うんですからね!このまま帰しませんよ!」
「えぇっ?!……って、あれ?」
ズルズルと席の方へ引っ張られつつも、彼女の言った言葉に違和感を覚えて首を傾げる。
聞き間違いだっただろうか、とても怒っているような仕打ちを受けさせられていないような気がする。
ひとまず言われるがままに席に座り、厨房で作業している向葵の姿をぼんやり見つめていると、気づけば目の前に言葉の通りの美味しそうないちごパフェが視界をいっぱいにした。
「な、なにこれ。俺食っちゃっていいの?」
「はい。だって銀さん、陽介が亡くなったあと、ずっと私の事気にかけてくれてたでしょう?だから今までのお礼。」
「…まぁ、安心してくだせぇ。これからは俺が向葵を守りまさァ。あんたはもうただのお客さんってことで。」
「……はぁ。」
そう二人に言われて驚いたことは二つ。
彼女が自分と陽介との繋がりを知っていたこと。
そしてもうひとつは、あわよくばこの天使の微笑みを持つ彼女といい関係になりたかったという下心を持っていた自分を、本当に良心的に見守っていたという解釈をされていたということ。
大方向かいのカウンター席でニタニタ笑っている総悟は、その下心に気づいていたのだろう。
今にも吹き出しそうな笑いを必死にこらえているのがその証拠だ。
「…銀さん、私はもう大丈夫ですよ。真選組の皆さんや、総くんがいますし…あっ、でもこれでおしまいとかじゃなくて、普通にお店には来てくださいね?!見守らなくてももう大丈夫だよって意味ですから。」
「……あーあ。まさかそうくるとはねぇ。……ま、いっか。」
幸せそうに笑う彼女を見ると、何かと言う気もなくなり、自分の下心とコイツらはやめとけだのという言葉は全部パフェと一緒に飲み込んだ。
「あー、やっぱうめぇ。」
朝から身体にしみるようなほんのり甘い糖分と、いつも糖尿病になりかけの自分の身体を労わって作られる甘さ控えめなこの味付けが、いつも以上にじんと心に染みた。
「でもさぁ、本当にいいの?向葵さん。総悟大変だよ?どSだし変態だし子どもっぽいし…真選組の隊員だから、いつ命の危険に晒されるかもわかんねぇし…」
総悟を弟のように面倒を見てきた近藤が心配そうな顔つきでそう言うと、向葵はふふっと小さく笑った。
「皆さん話が早いですね…まぁどSだとか変態だとかはまだ知りませんが…大丈夫ですよ。だって約束したんですもん。」
「約束?」
「私の婚約者殺して独り身にしといて、今度また総くんが私を一人にするなんて許しませんって。だからいつどんな状況になっても、総くんは帰ってきます。」
「へぇ…言うじゃねぇか」
総悟がその言葉に顔をひきつらせているのを余所に、彼女は再び口を開いた。
「ちなみに真選組のみなさんも一緒ですよ?」
「…一緒?」
「ほら、土方さん言ってたじゃないですか。総くんだけじゃなくて、陽介を私から奪ったのは真選組だって。だからみなさんも、私より先に死んじゃダメですよ?」
「……そうだったな。それならしゃーねぇ。じゃあ何時どんな時も、任務を終えたら必ずここのコーヒーを飲みに来ること。そのためには誰も死んじゃいけねぇ。真選組の新しい法度に付け加えといてやるよ。」
土方のその言葉に、真選組は歓喜の声を上げ、向葵は満足気に微笑んだ。
もう向葵は、ひとりぼっちなんかじゃない。
こんなにも騒がしくて、こんなにも頼もしい奴らに見守られている。
ーーおめぇの大切な最愛の女は…いや、おめぇの最愛の妹は、もう大丈夫だ。
それにあんたの事だ。向葵がおめぇの命を絶たせた男と例え一緒にいようと、幸せならそれでいいとでもまた、お人好しの言葉ぬかしやがんだろ?なぁ、陽介。
銀時がそう心の中で語りかけ、窓の外に目を向けると、雲がかっていた空はいつの間にか爽やかな青色になっていて、今日も心地よい陽射しを放っていた。
〝陽向のように暖かく、誰もが心のほっこりできる空間になるような店にしたい。〟
そういつぞやか呟いた彼の言葉を思い出しては、銀時は太陽のような明るく微笑む彼女を見て、〝ようやく叶ったじゃねぇか〟と小さく笑ったのだった。
喫茶〝陽向〟はいつになく賑わっていて、満席状態となっていた。
久しぶりに訪れた銀時は、店内を見渡しても見慣れた黒服を纏った野郎しか見えないその光景に、何度か瞬きをしては、目をこすってもう一度その死んだ魚のような目を最大限まで見開いた。
「おいおい、どーなってんだこりゃ。俺の憩いの場はどこいっちまったんだ」
「あれ、銀さん!」
「万事屋っ?!」
「旦那じゃねーですかぃ。」
カウンターの大きな図体の隙間から、入口を覗くようにみているのは、紛れもなく向葵で、その前には真選組の代表三人がどっしりと腰を下ろしていた。
「ごめんなさい、今日は真選組の方がほぼ貸し切っていて…相席でもいいですか?」
パタパタとかけてきては、申し訳なさそうな表情でそう言う向葵を見て、すかさずその肩を寄せて耳打ちした。
「どーなってんのこれ。ここ最近顔を出さねぇ間に何が起きたわけ?これじゃ銀さんが向葵とゆっくり寛ぐような空間ねぇんだけど。」
「え、えーと…実はいろいろありまして。真選組の方々が売上を貢献してくださることになって、時間がある時はこうしてお店に顔を出してくれるようになったんですよ。」
「えぇっ?!やだぜこんなムッさい奴ばっかとこれから毎回顔合わせすることになるわけ?!俺ァいつもみてぇに静かで向葵との会話を楽しみてぇっつうのに…」
「…おい旦那ァ。いつまでベタベタくっついてんでさァ。」
気づけば向葵の後ろに総悟が立ち、ひょいっとその小さな身体を引き離したかと思えば、自分の方へと寄せ付ける。
そして彼女はといえば、嫌がるどころか顔を真っ赤にして急に大人しくなっているではないか。
少し前までは客と店主の関係な二人だったはずが、今ではまるで初々しいカップルのように見えさえする状況に、その目を疑いながら銀時は恐る恐る口を開き、向葵に尋ねた。
「え、なに。どーいうこと?まさか向葵、俺の知らない間にこんなサディストの女になったってこと?」
「あ、あの、えっと……」
「その予定でぃ。つーわけで、これからはこいつを口説く時ぁ俺通してくだせえよ、旦那。」
「なっ、なっ、なんで?!どういう経緯でそうなるんだよ!だいたい向葵、こいつの事知ってんのか?!陽介の……」
銀時は思わず口に出し、ハッとして手で口を閉ざす。
それを聞き逃さなかった向葵は、小さく笑って穏やかな声色で返した。
「全部知ってますよ。でもあの人の寂しさを埋めてくれたのも、総くんなんです。だからもう、いいんです。」
「……そうかい。」
彼女の幸せそうな笑みを見て、銀時も少しばかり安堵した。
顔見知りの陽介が死んだという話を聞いた時、他に身寄りもいない彼女を支えようと、暇さえあればこの店に顔を出していた。
彼をずっと引きずっているような様子だった彼女が、新しい人生を一歩踏み出したとなれば、これ以上言うことは無いだろう。
自分の出番はもうないと思い、少しだけ寂しい気持ちとなりつつ今日は静かにその場を去ろうと踵を返すと、小さな手ががっしりと肩を掴んできた。
「それにしても銀さん。もしかして、最初から全部知ってたんじゃないですか?」
「え?あ、あの…いやぁほら、なんつーか、ねぇ?」
「なんで知ってたら教えてくれなかったんですか!だいたい総一郎くんだなんて紛らわしいあだ名つけてるから、ややこしかったんですよ!」
「ええぇっ!!俺のせい?!俺関係なくね?!」
「銀さんには、罰として新作いちごパフェ試食してって貰うんですからね!このまま帰しませんよ!」
「えぇっ?!……って、あれ?」
ズルズルと席の方へ引っ張られつつも、彼女の言った言葉に違和感を覚えて首を傾げる。
聞き間違いだっただろうか、とても怒っているような仕打ちを受けさせられていないような気がする。
ひとまず言われるがままに席に座り、厨房で作業している向葵の姿をぼんやり見つめていると、気づけば目の前に言葉の通りの美味しそうないちごパフェが視界をいっぱいにした。
「な、なにこれ。俺食っちゃっていいの?」
「はい。だって銀さん、陽介が亡くなったあと、ずっと私の事気にかけてくれてたでしょう?だから今までのお礼。」
「…まぁ、安心してくだせぇ。これからは俺が向葵を守りまさァ。あんたはもうただのお客さんってことで。」
「……はぁ。」
そう二人に言われて驚いたことは二つ。
彼女が自分と陽介との繋がりを知っていたこと。
そしてもうひとつは、あわよくばこの天使の微笑みを持つ彼女といい関係になりたかったという下心を持っていた自分を、本当に良心的に見守っていたという解釈をされていたということ。
大方向かいのカウンター席でニタニタ笑っている総悟は、その下心に気づいていたのだろう。
今にも吹き出しそうな笑いを必死にこらえているのがその証拠だ。
「…銀さん、私はもう大丈夫ですよ。真選組の皆さんや、総くんがいますし…あっ、でもこれでおしまいとかじゃなくて、普通にお店には来てくださいね?!見守らなくてももう大丈夫だよって意味ですから。」
「……あーあ。まさかそうくるとはねぇ。……ま、いっか。」
幸せそうに笑う彼女を見ると、何かと言う気もなくなり、自分の下心とコイツらはやめとけだのという言葉は全部パフェと一緒に飲み込んだ。
「あー、やっぱうめぇ。」
朝から身体にしみるようなほんのり甘い糖分と、いつも糖尿病になりかけの自分の身体を労わって作られる甘さ控えめなこの味付けが、いつも以上にじんと心に染みた。
「でもさぁ、本当にいいの?向葵さん。総悟大変だよ?どSだし変態だし子どもっぽいし…真選組の隊員だから、いつ命の危険に晒されるかもわかんねぇし…」
総悟を弟のように面倒を見てきた近藤が心配そうな顔つきでそう言うと、向葵はふふっと小さく笑った。
「皆さん話が早いですね…まぁどSだとか変態だとかはまだ知りませんが…大丈夫ですよ。だって約束したんですもん。」
「約束?」
「私の婚約者殺して独り身にしといて、今度また総くんが私を一人にするなんて許しませんって。だからいつどんな状況になっても、総くんは帰ってきます。」
「へぇ…言うじゃねぇか」
総悟がその言葉に顔をひきつらせているのを余所に、彼女は再び口を開いた。
「ちなみに真選組のみなさんも一緒ですよ?」
「…一緒?」
「ほら、土方さん言ってたじゃないですか。総くんだけじゃなくて、陽介を私から奪ったのは真選組だって。だからみなさんも、私より先に死んじゃダメですよ?」
「……そうだったな。それならしゃーねぇ。じゃあ何時どんな時も、任務を終えたら必ずここのコーヒーを飲みに来ること。そのためには誰も死んじゃいけねぇ。真選組の新しい法度に付け加えといてやるよ。」
土方のその言葉に、真選組は歓喜の声を上げ、向葵は満足気に微笑んだ。
もう向葵は、ひとりぼっちなんかじゃない。
こんなにも騒がしくて、こんなにも頼もしい奴らに見守られている。
ーーおめぇの大切な最愛の女は…いや、おめぇの最愛の妹は、もう大丈夫だ。
それにあんたの事だ。向葵がおめぇの命を絶たせた男と例え一緒にいようと、幸せならそれでいいとでもまた、お人好しの言葉ぬかしやがんだろ?なぁ、陽介。
銀時がそう心の中で語りかけ、窓の外に目を向けると、雲がかっていた空はいつの間にか爽やかな青色になっていて、今日も心地よい陽射しを放っていた。
〝陽向のように暖かく、誰もが心のほっこりできる空間になるような店にしたい。〟
そういつぞやか呟いた彼の言葉を思い出しては、銀時は太陽のような明るく微笑む彼女を見て、〝ようやく叶ったじゃねぇか〟と小さく笑ったのだった。