一,陽向
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店にたどり着いたのは、ちょうど昼前時だった。
昨日の今日でやっているはずもないと半ばダメ元で喫茶〝陽向〟へと訪れると、まるでごく当たり前かのように、店は営業して中へすんなり入れた。
「いらっしゃいまーー…あら、あなたは確か…」
顔や手に傷の手当をした後がある彼女を見ては、思わず目を逸らした。
直接彼女の婚約者と闘ったのは確かに総悟だけだが、もし同じ状況にたっていたら、迷わず自分もその男を斬り殺していたに違いない。
そう思うと、どうしても自分も彼女に詫びなければならないと、胸を締め付けられる思いになり、いざ来たはいいが何から話していいのか迷っていた。
そんな自分の心境を察したかのように、彼女は柔らかく笑みを浮かべ、自分の前の席に手を差し出し、優しい声でこう言った。
「…土方さん、でしたよね。よければ少し、座ってお話しませんか?」
「あ、ああ…」
彼女に言われるがまま、土方は向かいの席に腰を下ろした。
店内はコーヒーの香りに包まれていて、どことなく安心感を抱く。
向葵は目の前でコーヒーカップを用意し、そっとカウンター越しに差し出した。
「話をする前に、それを一口飲んでみてください。」
「…」
「たまにはマヨネーズなしで、一口飲んでみるのも悪くないですよ。」
「ーーッ、なっ、なんで知って……!」
驚きのあまり、思わず椅子から転げ落ちそうになりつつも、なんとかしがみついて体勢を立て直す。
彼女は微笑んだまま、以前沖田さんにそんな人が身近にいるって話を聞いたんですよ。とやんわり答えた。
まさか昨日の今日で自分の味覚を貫き通せる図太い心を持ち合わせていない土方は、言われるがままにそれを飲んだ。
マヨネーズがのっていないコーヒーなど、コーヒーとは言えないと言い張るほどの強情ではあるが、なぜだかこれだけは素直に美味しいと思え、気づけば口に出していた。
「……うめぇな」
「ふふ、そうでしょう?……総一郎さ…じゃなかった。沖田さんも、そのコーヒーをよく飲みにいらしてたんです。」
彼女の顔が、少しだけ寂しそうな面影を露にする。
土方はわしゃわしゃと頭をかいた後、腹を決めてじっと彼女を見つめた。
「昨日はすまねぇ事をしたな…」
「……いえ。私も少し取り乱してしまって、助けていただいたにも関わらず、沖田さんには酷いことをしてしまいました。」
「あんたは何一つ酷いことをしちゃいねぇさ。悪ぃのはあいつ一人でもない、ウチの方だ。ただ、あんたに一つだけ誤解しねぇで欲しいことがあってな。」
「…なんでしょう?」
きょとんと首を傾げる彼女に、土方は後ろめたさを感じながら頭を下げた。
「総悟は昨日、攘夷志士達がこの近辺で動きがあったと聞いた時、真っ先にこの店に来てあんたの安否を確認して、真っ先に敵陣へ乗り込んでいったんだ。あんな他人のために必死な姿、俺ァ付き合いが長いが、初めて見た。だからあんたを守りたいという思いだけは、本物だったはずだ。」
「……」
「あんたにとっちゃ、俺もあいつもさして変わらねぇ憎い相手かもしれねぇ。そりゃそうだよな、大切な婚約者を殺しちまった相手だ。許してくれ、なんておこがましい事は口が裂けても言えねぇ。ただ、あんたを守りたいって言った言葉だけは嘘じゃ…」
「土方さん。」
話の途中で名を呼ばれ、はっと顔を上げるとそこには優しく笑う向葵の姿があり、土方は思わずその表情に見とれ、言葉を失った。
「彼が私を守ってくれようとしていた事に、偽りがあったとは思っていません。それに彼はただ、たまたまこのコーヒーを飲みに来て、美味しいと言ってくれた。私にとってはその出会いが始まりで、陽介とのことは関係ないんです。」
「あんた……」
「陽介は、本当にバカが着くくらいのお人好しな人でした。身内もいない孤児の私に、寂しい思いをさせないようずっと一緒にいてくれたんです。婚約者というよりは、兄のような存在でもありました。そんなお人好しの部分に、私は甘えていたんでしょうね。」
穏やかな声色で話す彼女の話に、土方は耳を傾けた。
「あの日も、昔仲間だった彼らが何かを起こそうとしているという情報を耳に挟んで、何度も止めたのに行くってきかなくて。それがまさか、真選組に一人で立ち向かって、仲間には尽く裏切られて死んでいった最期の日になるだなんて、思いもよりませんでした。私にとっては、命をたった真選組よりも、その命をかけて守ろうとしたにも関わらず、彼を一人残して逃げていった仲間の方が、よっぽど恨むべき存在だったんです。」
「……そうか。」
「でもそれを昨日、沖田さんと土方さんが私の代わりに捌いてくれました。私にはもう、それだけで充分なんです。沖田さんの手は、国や市民…そしてたぶん、あなたたち真選組を本当の家族同然の存在だと思い、守ろうとしている。そんな人の首を、私はとりたいだなんて思えませんよ。」
総悟の事を思い出しているのか、彼女は遠くを見てそう言い、優しい表情を浮かべていた。
「…それにね、土方さん。沖田さんよりも、私の方が最低なんですよ。」
「…あ?」
土方は彼女がそのまま話す内容に、とてつもなく衝撃を受けることになったのだった。
昨日の今日でやっているはずもないと半ばダメ元で喫茶〝陽向〟へと訪れると、まるでごく当たり前かのように、店は営業して中へすんなり入れた。
「いらっしゃいまーー…あら、あなたは確か…」
顔や手に傷の手当をした後がある彼女を見ては、思わず目を逸らした。
直接彼女の婚約者と闘ったのは確かに総悟だけだが、もし同じ状況にたっていたら、迷わず自分もその男を斬り殺していたに違いない。
そう思うと、どうしても自分も彼女に詫びなければならないと、胸を締め付けられる思いになり、いざ来たはいいが何から話していいのか迷っていた。
そんな自分の心境を察したかのように、彼女は柔らかく笑みを浮かべ、自分の前の席に手を差し出し、優しい声でこう言った。
「…土方さん、でしたよね。よければ少し、座ってお話しませんか?」
「あ、ああ…」
彼女に言われるがまま、土方は向かいの席に腰を下ろした。
店内はコーヒーの香りに包まれていて、どことなく安心感を抱く。
向葵は目の前でコーヒーカップを用意し、そっとカウンター越しに差し出した。
「話をする前に、それを一口飲んでみてください。」
「…」
「たまにはマヨネーズなしで、一口飲んでみるのも悪くないですよ。」
「ーーッ、なっ、なんで知って……!」
驚きのあまり、思わず椅子から転げ落ちそうになりつつも、なんとかしがみついて体勢を立て直す。
彼女は微笑んだまま、以前沖田さんにそんな人が身近にいるって話を聞いたんですよ。とやんわり答えた。
まさか昨日の今日で自分の味覚を貫き通せる図太い心を持ち合わせていない土方は、言われるがままにそれを飲んだ。
マヨネーズがのっていないコーヒーなど、コーヒーとは言えないと言い張るほどの強情ではあるが、なぜだかこれだけは素直に美味しいと思え、気づけば口に出していた。
「……うめぇな」
「ふふ、そうでしょう?……総一郎さ…じゃなかった。沖田さんも、そのコーヒーをよく飲みにいらしてたんです。」
彼女の顔が、少しだけ寂しそうな面影を露にする。
土方はわしゃわしゃと頭をかいた後、腹を決めてじっと彼女を見つめた。
「昨日はすまねぇ事をしたな…」
「……いえ。私も少し取り乱してしまって、助けていただいたにも関わらず、沖田さんには酷いことをしてしまいました。」
「あんたは何一つ酷いことをしちゃいねぇさ。悪ぃのはあいつ一人でもない、ウチの方だ。ただ、あんたに一つだけ誤解しねぇで欲しいことがあってな。」
「…なんでしょう?」
きょとんと首を傾げる彼女に、土方は後ろめたさを感じながら頭を下げた。
「総悟は昨日、攘夷志士達がこの近辺で動きがあったと聞いた時、真っ先にこの店に来てあんたの安否を確認して、真っ先に敵陣へ乗り込んでいったんだ。あんな他人のために必死な姿、俺ァ付き合いが長いが、初めて見た。だからあんたを守りたいという思いだけは、本物だったはずだ。」
「……」
「あんたにとっちゃ、俺もあいつもさして変わらねぇ憎い相手かもしれねぇ。そりゃそうだよな、大切な婚約者を殺しちまった相手だ。許してくれ、なんておこがましい事は口が裂けても言えねぇ。ただ、あんたを守りたいって言った言葉だけは嘘じゃ…」
「土方さん。」
話の途中で名を呼ばれ、はっと顔を上げるとそこには優しく笑う向葵の姿があり、土方は思わずその表情に見とれ、言葉を失った。
「彼が私を守ってくれようとしていた事に、偽りがあったとは思っていません。それに彼はただ、たまたまこのコーヒーを飲みに来て、美味しいと言ってくれた。私にとってはその出会いが始まりで、陽介とのことは関係ないんです。」
「あんた……」
「陽介は、本当にバカが着くくらいのお人好しな人でした。身内もいない孤児の私に、寂しい思いをさせないようずっと一緒にいてくれたんです。婚約者というよりは、兄のような存在でもありました。そんなお人好しの部分に、私は甘えていたんでしょうね。」
穏やかな声色で話す彼女の話に、土方は耳を傾けた。
「あの日も、昔仲間だった彼らが何かを起こそうとしているという情報を耳に挟んで、何度も止めたのに行くってきかなくて。それがまさか、真選組に一人で立ち向かって、仲間には尽く裏切られて死んでいった最期の日になるだなんて、思いもよりませんでした。私にとっては、命をたった真選組よりも、その命をかけて守ろうとしたにも関わらず、彼を一人残して逃げていった仲間の方が、よっぽど恨むべき存在だったんです。」
「……そうか。」
「でもそれを昨日、沖田さんと土方さんが私の代わりに捌いてくれました。私にはもう、それだけで充分なんです。沖田さんの手は、国や市民…そしてたぶん、あなたたち真選組を本当の家族同然の存在だと思い、守ろうとしている。そんな人の首を、私はとりたいだなんて思えませんよ。」
総悟の事を思い出しているのか、彼女は遠くを見てそう言い、優しい表情を浮かべていた。
「…それにね、土方さん。沖田さんよりも、私の方が最低なんですよ。」
「…あ?」
土方は彼女がそのまま話す内容に、とてつもなく衝撃を受けることになったのだった。