一,陽向
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
退屈な見廻りの最中に、かぶき町の大通りを抜けていくつもの商店街を超えた先に、小さな喫茶店を見つけたのはつい先日のこと。
次の非番が来た時には一度訪れようと前々から心に決めていた総悟は、浮き足立ってその店へと入ってみた。
大人一人ぎりぎり通れるほどの小さな入口のドアの上には、〝陽向〟と書かれており、中へ一歩入ればコーヒー豆の香りが店内を充満していた。
外見から想像した通り店内はとても狭く、カウンター十席と四人がけのテーブルが二席。
そして木造の茶色いアンティークな雰囲気は、中も同様でシンプルかつ、どことなくオシャレ感が出ていた。
カウンターは厨房を囲むよな造りになっており、そこには長い髪をラフに束ねて豆を挽いている一人の女性の姿が目に入る。
「あ、いらっしゃいませ。」
こちらへどうぞ、とカウンターの席を案内するその女性スタッフに、思わず一時ほど見とれた。
コーヒーのような焦げ茶の髪の色と、整った顔立ち。おまけに彼女の声はよく通り、そこらの女のキンキン耳を痛めるような声ではなく、穏やかで優しい声色をしていた。
誘導された席に腰を下ろし、厨房の壁に目をつけると、ずらりとコーヒーカップが伏せて並べてある。
ざっと三十以上あるカップを見つめては、店員は小さく笑みを浮かべた。
「お客様、当店のご利用は初めてですね。ご来店ありがとうございます。」
縦長の細いメニュー表を開け、そっとこちらに差し出しては簡単に説明をし始める。
白いワイシャツに黒のベスト、そしてオレンジ色の無地のネクタイに、腰から下はパンツの上には長いサロンを巻いている。
一つ一つの動作が丁寧かつ、気品がある。
歳はさほど離れていないであろうが、相手の方が随分と大人びて見え、魅力的だ。
ただ女らしい、というよりは凛としていて勇ましさすら感じた。
ぼんやり彼女を見つめていると、説明を終えたのかパチリと目が合ってはっと我に返った。
「ふふっ、うわの空でしたよね、お客様。」
「あ、あぁいや、すいやせん。えーっと…」
「随分おつかれのご様子ですね。もしよろしければ、私の方で何かオススメのものをご用意致しましょうか?」
「じゃ、じゃあそれで…」
「甘いものは平気ですか?」
こくん、と小さく頷くと再び笑顔を浮かべては、お待ちください。と軽く頭を下げてキッチンの方へと向かった。
江戸の町で真選組として務め始めてもう何年も経つが、外でゆったりとした休日を取るのは今日が初めてだ。
最近また一つ歳を重ねたせいか、コーヒーにハマりだしたのがそもそものきっかけで、誰にも邪魔されない穴場の店を探そうと見廻りの時間を利用して、ようやく見つけた店がここだった。
まだ建ってからさほど年数は経っていないのは外観を見れば分かるが、厨房で作業をする彼女の手つきはお手のもんだった。
しばらくぼんやりとそれを眺めてみていると、壁に備え付けの棚からコーヒーカップを手に取り、出来上がった飲み物を注ぎ、そっと目の前に差し出した。
「どうぞ。お口に合わなければ煎れ直しますので遠慮なく仰ってください。」
彼女はそう言って、にっこりと微笑んだ。
どことなく湯気からくる香りが香ばしい。
注がれたコーヒーは艶があり、ライトが反射してキラキラと輝いている。
おまけにそれを引き立てるような真っ白でシンプルなコーヒーカップ。
手に取ってそれを一口飲んで見ると、口の中には微かな甘みと渋みが程よく広がり、気づけば素直な感想が口から漏れていた。
「…美味い。」
はっと我に返って彼女を見ると、満足そうに微笑んでは〝こちらもどうぞ。〟と小さな皿に盛ったケーキを差し出した。
「そのコーヒーと抜群に相性がいいんです。よろしければ、一緒にお召し上がりください。」
「ど、どうも。」
ただのカステラのようにも見えるその一品をフォークで一口サイズに切り、口に運ぶとこちらも驚く程美味しいと感じては、自然と笑みが零れた。
「…これも美味い。」
「お口にあったみたいで良かったです。随分お疲れのご様子でいらしたので、これくらいの甘みは摂取しておいた方がいいかと思いまして。コーヒーも適量を飲めば、疲労回復としてとても効果があるんですよ。」
「いやぁ、こりゃぁ助かりまさァ。なんか、この甘すぎない味付けがまた、丁度いい。癖になりそうです。」
そう返すと、彼女はふふっと静かに笑った。
「そんなこと言って頂けるなんて、店主としてはこの上ない幸せです。ありがとうございます。」
満面の笑みを浮かべるその女性に、つられて笑った。
彼女がこの店の店主であるということは、この店はいつも一人で回しているのだろうか。
店の雰囲気と言い、彼女の喋り方と言い妙に落ち着きと居心地の良さを感じたのをきっかけに、その日から非番になる度に、この店へと通うことを決意したのだった
次の非番が来た時には一度訪れようと前々から心に決めていた総悟は、浮き足立ってその店へと入ってみた。
大人一人ぎりぎり通れるほどの小さな入口のドアの上には、〝陽向〟と書かれており、中へ一歩入ればコーヒー豆の香りが店内を充満していた。
外見から想像した通り店内はとても狭く、カウンター十席と四人がけのテーブルが二席。
そして木造の茶色いアンティークな雰囲気は、中も同様でシンプルかつ、どことなくオシャレ感が出ていた。
カウンターは厨房を囲むよな造りになっており、そこには長い髪をラフに束ねて豆を挽いている一人の女性の姿が目に入る。
「あ、いらっしゃいませ。」
こちらへどうぞ、とカウンターの席を案内するその女性スタッフに、思わず一時ほど見とれた。
コーヒーのような焦げ茶の髪の色と、整った顔立ち。おまけに彼女の声はよく通り、そこらの女のキンキン耳を痛めるような声ではなく、穏やかで優しい声色をしていた。
誘導された席に腰を下ろし、厨房の壁に目をつけると、ずらりとコーヒーカップが伏せて並べてある。
ざっと三十以上あるカップを見つめては、店員は小さく笑みを浮かべた。
「お客様、当店のご利用は初めてですね。ご来店ありがとうございます。」
縦長の細いメニュー表を開け、そっとこちらに差し出しては簡単に説明をし始める。
白いワイシャツに黒のベスト、そしてオレンジ色の無地のネクタイに、腰から下はパンツの上には長いサロンを巻いている。
一つ一つの動作が丁寧かつ、気品がある。
歳はさほど離れていないであろうが、相手の方が随分と大人びて見え、魅力的だ。
ただ女らしい、というよりは凛としていて勇ましさすら感じた。
ぼんやり彼女を見つめていると、説明を終えたのかパチリと目が合ってはっと我に返った。
「ふふっ、うわの空でしたよね、お客様。」
「あ、あぁいや、すいやせん。えーっと…」
「随分おつかれのご様子ですね。もしよろしければ、私の方で何かオススメのものをご用意致しましょうか?」
「じゃ、じゃあそれで…」
「甘いものは平気ですか?」
こくん、と小さく頷くと再び笑顔を浮かべては、お待ちください。と軽く頭を下げてキッチンの方へと向かった。
江戸の町で真選組として務め始めてもう何年も経つが、外でゆったりとした休日を取るのは今日が初めてだ。
最近また一つ歳を重ねたせいか、コーヒーにハマりだしたのがそもそものきっかけで、誰にも邪魔されない穴場の店を探そうと見廻りの時間を利用して、ようやく見つけた店がここだった。
まだ建ってからさほど年数は経っていないのは外観を見れば分かるが、厨房で作業をする彼女の手つきはお手のもんだった。
しばらくぼんやりとそれを眺めてみていると、壁に備え付けの棚からコーヒーカップを手に取り、出来上がった飲み物を注ぎ、そっと目の前に差し出した。
「どうぞ。お口に合わなければ煎れ直しますので遠慮なく仰ってください。」
彼女はそう言って、にっこりと微笑んだ。
どことなく湯気からくる香りが香ばしい。
注がれたコーヒーは艶があり、ライトが反射してキラキラと輝いている。
おまけにそれを引き立てるような真っ白でシンプルなコーヒーカップ。
手に取ってそれを一口飲んで見ると、口の中には微かな甘みと渋みが程よく広がり、気づけば素直な感想が口から漏れていた。
「…美味い。」
はっと我に返って彼女を見ると、満足そうに微笑んでは〝こちらもどうぞ。〟と小さな皿に盛ったケーキを差し出した。
「そのコーヒーと抜群に相性がいいんです。よろしければ、一緒にお召し上がりください。」
「ど、どうも。」
ただのカステラのようにも見えるその一品をフォークで一口サイズに切り、口に運ぶとこちらも驚く程美味しいと感じては、自然と笑みが零れた。
「…これも美味い。」
「お口にあったみたいで良かったです。随分お疲れのご様子でいらしたので、これくらいの甘みは摂取しておいた方がいいかと思いまして。コーヒーも適量を飲めば、疲労回復としてとても効果があるんですよ。」
「いやぁ、こりゃぁ助かりまさァ。なんか、この甘すぎない味付けがまた、丁度いい。癖になりそうです。」
そう返すと、彼女はふふっと静かに笑った。
「そんなこと言って頂けるなんて、店主としてはこの上ない幸せです。ありがとうございます。」
満面の笑みを浮かべるその女性に、つられて笑った。
彼女がこの店の店主であるということは、この店はいつも一人で回しているのだろうか。
店の雰囲気と言い、彼女の喋り方と言い妙に落ち着きと居心地の良さを感じたのをきっかけに、その日から非番になる度に、この店へと通うことを決意したのだった
1/14ページ