一.守護神ー羅刹女ー
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その日の深夜。
子供たちはすっかり深い眠りにつき、寺子屋は静かな夜を迎えていた。
今日は満月で、雲も少なく月の光がやけに明るい。
神威は身体中にまかれた包帯を全てほどき、少し体を動かしてはゆっくりと立ち上がった。
そろそろここも、離れなければならない。今まですっかり忘れてはいたが、別行動をとっていた阿伏兎の安否も少し気がかりだ。
思った以上にこの場に長く滞在してしまった事を少しながら後悔しつつ、山を下る道へと歩み始めた。
きっと朝起きたら、子供たちが俺を探して泣き出すかもしれない。
緋真は俺がいると思って、朝いつものようにたくさん米を炊いては、困った表情をするかもしれない。
そんな事を想像すると、自然に口元が緩んだ。
弱い奴には興味ないが、こういう環境で大人しくするのも、たまには悪くないとさえ思った時もあった。
だからこそ、彼らとずっと一緒にいてはいけない。
自分は闘いの場で生き続ける血筋が流れているのだから。
生い茂る木々たちを伝いながら少し降下すると、月の光にあてられてきらきらと輝く川を見つけた。
思わずその光景に目を奪われて足を止めると、そこには寺子屋で子供たちと寝ていると思い込んでいた、彼女の姿があったのだ。
腰まで水につけて、じっと川の中を見つめる。何かを見つけたかと思えば、瞬く間の速さで腕を水面の中へ入れ、勢いよく引き上げて捕った魚を岸へと投げる。
どこでどうその身のこなしを得たのかは知らないが、華奢で何一つ殺せぬようなその細身の体は、無駄もなく慣れた手つきだった。
木の枝の上からしばらく彼女の様子を伺っていると、ようやく作業を終えた緋真が岸にあがり、神威に背中を向けたまま小さな声で口を開いた。
「覗き見してないで、降りてこれば?それとも、何も言わずに去ろうとしてるつもりだった?」
「--ッ!」
気配を消したつもりはない。けれども、彼女の位置からでは探すのも一苦労するような場所にいる。
どうやって自分が隠れている事に気づいたかは分からないが、今の今までただの弱い人間だと思っていた印象が、少しだけ変わった。
「…驚いたなぁ。まさか気づかれてるとは思ってなかったよ。」
神威は月の光に照らされ、彼女の前にその姿を現わした。
緋真はと言えば、濡れた服をぎゅっと絞り、かごの中にいっぱいになった魚を見ては満足そうに頷いて、くるりと神威の方に体を向けた。
「今夜辺りじゃないかなーって思ってたんだよね。もう毒もだいぶ抜けて動けるようになったみたいだし。そろそろ出ていく頃かなって予想はしてたから。」
「ふぅん。あんた、てっきり寝室でガキどもと一緒に寝てるかと思ってたら、夜な夜なこんな事してたんだな。」
「村に降りて買いに行ける程、子供たちも大きくないし。こうして自給自足で生活していくしか手はないからね。それに、できるだけ多くの人との接触は避けたいんだ。」
「…どうして?」
「人付き合いが苦手だからだよ。」
そう言って笑う緋真の藍色の瞳が、まるで宝石のように輝いて見えた。
「…人付き合いが苦手なツラかよ。」
「あ、今疑ったよね?ほんとだよ?子供はいいけど、私大人と関わるのはあんまり得意じゃなくてね…。」
そう言って目を逸らす彼女は、どことなく何かを思い詰めている様子だ。
なにか事情があるのだろうが、聞いたところでもう彼女から離れると決めている自分にとっては、興味すら抱かなかった。
「…それって、俺が子供っぽいって遠回しに言ってる?」
「言ってないよ。神威は私と歳あんまり変わらないし、そもそも種族が違うし、だから何となく、平気だっただけ。」
今度はクスクスと小さく笑う。本当によく表情がころころと変わる女だ。
それでもなぜだろう。彼女が笑っている姿を見ると、少しばかりホッとするような感情になるのは。
「…気を付けてね。神威。あなたは天人だから、きっと地球でうろうろしてたらまた誰かに命を狙われるかもしれない。私が拾った命なんだ。大切にしてよ。」
「なんだよそれ。あんたが勝手に拾って、あんたが勝手に救っただけだろ。そんな事言われる義理はないね。だいたいどっちかって言うと、人間は天人を恨んでるんだろ。俺の心配なんてしてていいわけ?」
「ふふっ。それもそうだね。でも、私にとって天人も人間も。姿かたちはなんら変わらないからね。どっちだっていいんだ。確かに恨んでないって言ったらウソにはなるけど、結果として神威は子供たちとも遊んでくれたし、根から悪い奴には思えなかったんだよね。」
「俺は悪い奴だよ。闘う事だけを求めて、強い奴を探すために地球をうろうろしてる。元海賊船の悪党さ。」
「こんな可愛らしい悪党だったら、殺されても恨めないかもなぁ…。」
緋真はそう言ってやんわりと笑みを浮かべ、そっと神威の傍により白い頬に手を当てた。
彼女と目が合っていても、その藍色の瞳はどこか違うものを見ているようで。
自分の頬に触れる手は、川に入っていたせいか指先まで冷え切っていた。
「…何、もしかして俺に殺されたいの?」
「…そうだね。もし殺されるのなら、神威がいいかな…。殺してくれる?」
「…ッ」
何を考えいるのか、ちっともわからない。
実際の頬は涙など伝っていないのに、その声とその表情は泣いているようにしか見えなかった。
この時初めて、彼女が何を抱えて何を想っているのか、らしくもなく気になってしまった。
神威がその冷えた手を手に取り、ぎゅっと握りしめる。
緋真は彼のその行動に驚き、思わず目を見開けた。
そして彼が口を開こうとした時。
ドォンという大きな音と地響きが鳴り、二人の視線は寺子屋の方へと変わったのであった。
子供たちはすっかり深い眠りにつき、寺子屋は静かな夜を迎えていた。
今日は満月で、雲も少なく月の光がやけに明るい。
神威は身体中にまかれた包帯を全てほどき、少し体を動かしてはゆっくりと立ち上がった。
そろそろここも、離れなければならない。今まですっかり忘れてはいたが、別行動をとっていた阿伏兎の安否も少し気がかりだ。
思った以上にこの場に長く滞在してしまった事を少しながら後悔しつつ、山を下る道へと歩み始めた。
きっと朝起きたら、子供たちが俺を探して泣き出すかもしれない。
緋真は俺がいると思って、朝いつものようにたくさん米を炊いては、困った表情をするかもしれない。
そんな事を想像すると、自然に口元が緩んだ。
弱い奴には興味ないが、こういう環境で大人しくするのも、たまには悪くないとさえ思った時もあった。
だからこそ、彼らとずっと一緒にいてはいけない。
自分は闘いの場で生き続ける血筋が流れているのだから。
生い茂る木々たちを伝いながら少し降下すると、月の光にあてられてきらきらと輝く川を見つけた。
思わずその光景に目を奪われて足を止めると、そこには寺子屋で子供たちと寝ていると思い込んでいた、彼女の姿があったのだ。
腰まで水につけて、じっと川の中を見つめる。何かを見つけたかと思えば、瞬く間の速さで腕を水面の中へ入れ、勢いよく引き上げて捕った魚を岸へと投げる。
どこでどうその身のこなしを得たのかは知らないが、華奢で何一つ殺せぬようなその細身の体は、無駄もなく慣れた手つきだった。
木の枝の上からしばらく彼女の様子を伺っていると、ようやく作業を終えた緋真が岸にあがり、神威に背中を向けたまま小さな声で口を開いた。
「覗き見してないで、降りてこれば?それとも、何も言わずに去ろうとしてるつもりだった?」
「--ッ!」
気配を消したつもりはない。けれども、彼女の位置からでは探すのも一苦労するような場所にいる。
どうやって自分が隠れている事に気づいたかは分からないが、今の今までただの弱い人間だと思っていた印象が、少しだけ変わった。
「…驚いたなぁ。まさか気づかれてるとは思ってなかったよ。」
神威は月の光に照らされ、彼女の前にその姿を現わした。
緋真はと言えば、濡れた服をぎゅっと絞り、かごの中にいっぱいになった魚を見ては満足そうに頷いて、くるりと神威の方に体を向けた。
「今夜辺りじゃないかなーって思ってたんだよね。もう毒もだいぶ抜けて動けるようになったみたいだし。そろそろ出ていく頃かなって予想はしてたから。」
「ふぅん。あんた、てっきり寝室でガキどもと一緒に寝てるかと思ってたら、夜な夜なこんな事してたんだな。」
「村に降りて買いに行ける程、子供たちも大きくないし。こうして自給自足で生活していくしか手はないからね。それに、できるだけ多くの人との接触は避けたいんだ。」
「…どうして?」
「人付き合いが苦手だからだよ。」
そう言って笑う緋真の藍色の瞳が、まるで宝石のように輝いて見えた。
「…人付き合いが苦手なツラかよ。」
「あ、今疑ったよね?ほんとだよ?子供はいいけど、私大人と関わるのはあんまり得意じゃなくてね…。」
そう言って目を逸らす彼女は、どことなく何かを思い詰めている様子だ。
なにか事情があるのだろうが、聞いたところでもう彼女から離れると決めている自分にとっては、興味すら抱かなかった。
「…それって、俺が子供っぽいって遠回しに言ってる?」
「言ってないよ。神威は私と歳あんまり変わらないし、そもそも種族が違うし、だから何となく、平気だっただけ。」
今度はクスクスと小さく笑う。本当によく表情がころころと変わる女だ。
それでもなぜだろう。彼女が笑っている姿を見ると、少しばかりホッとするような感情になるのは。
「…気を付けてね。神威。あなたは天人だから、きっと地球でうろうろしてたらまた誰かに命を狙われるかもしれない。私が拾った命なんだ。大切にしてよ。」
「なんだよそれ。あんたが勝手に拾って、あんたが勝手に救っただけだろ。そんな事言われる義理はないね。だいたいどっちかって言うと、人間は天人を恨んでるんだろ。俺の心配なんてしてていいわけ?」
「ふふっ。それもそうだね。でも、私にとって天人も人間も。姿かたちはなんら変わらないからね。どっちだっていいんだ。確かに恨んでないって言ったらウソにはなるけど、結果として神威は子供たちとも遊んでくれたし、根から悪い奴には思えなかったんだよね。」
「俺は悪い奴だよ。闘う事だけを求めて、強い奴を探すために地球をうろうろしてる。元海賊船の悪党さ。」
「こんな可愛らしい悪党だったら、殺されても恨めないかもなぁ…。」
緋真はそう言ってやんわりと笑みを浮かべ、そっと神威の傍により白い頬に手を当てた。
彼女と目が合っていても、その藍色の瞳はどこか違うものを見ているようで。
自分の頬に触れる手は、川に入っていたせいか指先まで冷え切っていた。
「…何、もしかして俺に殺されたいの?」
「…そうだね。もし殺されるのなら、神威がいいかな…。殺してくれる?」
「…ッ」
何を考えいるのか、ちっともわからない。
実際の頬は涙など伝っていないのに、その声とその表情は泣いているようにしか見えなかった。
この時初めて、彼女が何を抱えて何を想っているのか、らしくもなく気になってしまった。
神威がその冷えた手を手に取り、ぎゅっと握りしめる。
緋真は彼のその行動に驚き、思わず目を見開けた。
そして彼が口を開こうとした時。
ドォンという大きな音と地響きが鳴り、二人の視線は寺子屋の方へと変わったのであった。