二.渇きを満たすもの
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ひとまずシャワー室から出て、彼女に着替えを差し出した。
船に乗せているのは生憎男の団員と共通の制服のみで、正直そのサイズが合うとは思えなかったが、それを持って奥の部屋へと入っていった緋真がようやく着替えを済ませて戻ってくると、神威は思わずその目を見開けた。
「……変、かな。」
片手で髪をタオルで拭きながら、少しだけ頬を赤らめる緋真。
黒の上着は上から二つまでボタンを外し、その白い肌にくっきりと浮かんでいる鎖骨が顕になっている。
着る人が違うだけで、こうも別の服に見える物なのだろうかと、思わず小さく笑みを浮かべた。
「案外似合ってるじゃん。これで緋真も今日からウチの団員だ。」
「夜兎じゃないんだけどな…ま、いっか。」
緋真は雑に髪を拭きながら、ソファへふわりと腰を下ろす。
神威はその隣に腰を下ろし、彼女の腕を取った。
「…?どうしたの?」
「腕、見せてみろよ。俺がもう一度、巻き直してやるから。」
「ん、ありがとう。」
緋真は素直に両腕を神威に預けた。
この血の色をした髪を見て、好きだと言われたのは神威が初めてだった。
血を求め、闘い続ける夜兎族にとって、それだけこの色は惹かれる何かがあるのだろう。
今まで長い間この髪を嫌悪し続けてきたが、その何十年をひっくり返すかのように、今日初めてこの髪の色で生まれてきてよかった、とさえ思わされた。
「なに俺の顔じろじろ見てんの?」
「えっ?あ、いや、その……!」
手当を終えた神威が顔を上げると、じっと彼を見ていた緋真と目が合う。
緋真は慌てて目を逸らしたが、神威は彼女の頬に両手を添えてそれを無理やり自分の方へと持ってくる。
「いっ、いたたたたっ!首折れる!首っ!!」
「じゃあ、素直にこっち向いて。今何考えてたか言ってみてよ。」
「え、やだよ。」
「へぇ、団長に向かって口答えするんだ。どーしよっかなー。緋真は今腕もまともに使えないし、俺の好き放題ってわけだ。」
「まっ……!わかった、わかった言うよ!だから手ぇ離してッッ!」
「…」
自分の思いどうりになったはずなのに、何故だか少しつまらなさそうな表情を浮かべる神威。
緋真は小さく溜息を吐き、少しだけ頬を赤らめて今しがた考えていたことを口に出した。
「神威はすごいなって、思ったんだ。生まれてからずっとこの髪を嫌う人ばかりだったのに、この髪の色が好きだなんて言ってくれる人と出会えるなんて思ってなかった。そんな人、初めてだよ。ありがとう、神威。」
素直にそう言えば、神威は豆鉄砲を食らったような顔をしては、ぷっと噴き出した。
「ははっ!礼を言うのは俺の方だよ。緋真の血の色の髪を見続けてれば、俺の渇きも満たされる…そんな気がするんだよね。でも、その髪が別のところに行こうとするなら俺は容赦しないよ。横取りした奴も、緋真もぶっ殺すから。」
「…この髪と目を好んでくれるバカは、世界中で一人いれば充分だ。」
「それもそうだね。」
お互いが見つめあって、小さく声を出して笑う。
そんな穏やかな空間の中、入口の扉が開き、それと同時に不満を言いながら入ってくる男の姿を目にした。
「団長ぉ、酷いぜぇ全く!健気にあの後団長を江戸中探し回ったってぇのによォ、俺の存在忘れて一人先にのこのこ船へ帰ってくるなんてあるかよぉ、このすっとこどっこい!」
「あ、阿伏兎だ。」
「阿伏兎?」
「…………えっ」
頭をわしゃわしゃと掻きながら顔をあげれば、なぜか探し求めていた団長と、その前に女の姿がベッドの上あるのを見て、思わず情けない声を漏らす阿伏兎。
神威はいつものようにニコニコと笑っていて、女は自分を見てきょとんとした顔をしている。
「お、おい、なんだ、俺ァ幻覚でも見ちまってるのか……?」
「何言ってんの?阿伏兎。幻覚じゃないよ。これ、本物。」
「んぐっ!」
神威が実体だと阿伏兎に証明するせいか、目の前にあった緋真の顔を正面から鷲掴みにする。
「ちょっ、いたっ、いだだだだッッ!」
「あははっ!緋真、どうせならもうちょっと女らしいリアクションしてよ。」
「ーーッッ!何しやがんだこのバカヤロウッッ!」
痺れを切らした緋真が、思わず反射神経で神威の腕を掴み、くるりと反転させてベッドから落とす。
神威は頭から床に落ち、逆さまの体勢のまま阿伏兎の方を見ては、彼女を紹介した。
「実は阿伏兎と別れた後……拾ったんだ。」
「随分はしょった説明だな全く。……ん?じゃあ、道の途中で奇襲にあってはぐれたって言ってた部下って、この人…?」
「そうだよ。阿伏兎って言うんだ。」
阿伏兎は彼らをまじまじと見つめながらも、頭の中は錯乱していた。
必要以外の時には女に一切興味もなく、女を目前にすると妹以外血も涙もないほどの冷血な態度をとる程の男が、部屋に女を連れ込んで仲良く話している。
更にはその連れてきた女は、第七師団で培った仲間たちを未だに率いる程の最強の名を持つ男をいとも簡単に投げ飛ばす女は、血のような赤い髪と左右色の違う瞳を持っているではないか。
妹の神楽と戦った後から団長の性格が柔らかくなったのは理解していたが、まさかここまで変わってしまったと言うのか。
「あ、あの、阿伏兎さん。」
頭の中でぐるぐるといろいろな思考を凝らしている中、凛としたよく通る声に名を呼ばれ、はっと我に返った。
「……あ?」
「あ、あの。緋真と言います。よろしくお願いします。」
ぺこりとその小さな頭を下げる緋真を見て、阿伏兎は不覚にも礼儀正しい子だと感心した。
いや、そうじゃなくて。
「おい団長ぉッッ!こりゃ一体どういう事でぃ!だいたい俺が探してる間に部屋に女連れ込むたァいい度胸じゃねぇか、すっとこどっこい!」
「うーん、これにはいろいろと事情があるんだけど……まぁいいじゃん。仲良くやってよ。あ、緋真を最終的に殺すのは俺だから、阿伏兎が手ぇ出すなら殺しちゃうぞ。」
「……出さねぇ、ていうか出すかよ!そもそもこの姉ちゃんどう見たって人間じゃねぇかッッ!ウチの団員が黙ってねぇぞ、どうすんだ団長。」
「文句がある奴は、俺が殺すから安心してよ。」
恐ろしい言葉を言っても、神威の表情は変わらない。
そして尚、こうなった神威が止められないということは長年彼に付き合ってきた阿伏兎が一番よく知っている。
阿伏兎は頭を抱えて大きくため息を零し、仕方が無いと腹を括る。
「……あぁ、もういいや。取り乱して悪かったな、姉ちゃん。なんか困ったことがあったら言ってくれ。団長はてんで俺の言うこと聞かねぇが、これでも一応副団長なんだ。」
「……驚いたァ。神威の部下ってどんな人かと思ってたら、阿伏兎さん常識ある人だった。」
「そう思ってもらえんなら、光栄だな。にしても、珍しい髪の色と目ぇしてんな。今まで苦労してきたみてぇなツラしてやがらァ。ま、ここで何かあったら俺かこのバカ団長に言うこった。」
「……ありがとう、阿伏兎さん。」
「緋真。阿伏兎にさん付けなんかしなくていいよ。つけるなら俺に〝様〟付けて呼んで。」
「うるさいよ〝神威様〟。」
じとりと白い目で彼を見ながらそう彼女が言うと、神威は満足そうに声を上げて笑ったのだった。
船に乗せているのは生憎男の団員と共通の制服のみで、正直そのサイズが合うとは思えなかったが、それを持って奥の部屋へと入っていった緋真がようやく着替えを済ませて戻ってくると、神威は思わずその目を見開けた。
「……変、かな。」
片手で髪をタオルで拭きながら、少しだけ頬を赤らめる緋真。
黒の上着は上から二つまでボタンを外し、その白い肌にくっきりと浮かんでいる鎖骨が顕になっている。
着る人が違うだけで、こうも別の服に見える物なのだろうかと、思わず小さく笑みを浮かべた。
「案外似合ってるじゃん。これで緋真も今日からウチの団員だ。」
「夜兎じゃないんだけどな…ま、いっか。」
緋真は雑に髪を拭きながら、ソファへふわりと腰を下ろす。
神威はその隣に腰を下ろし、彼女の腕を取った。
「…?どうしたの?」
「腕、見せてみろよ。俺がもう一度、巻き直してやるから。」
「ん、ありがとう。」
緋真は素直に両腕を神威に預けた。
この血の色をした髪を見て、好きだと言われたのは神威が初めてだった。
血を求め、闘い続ける夜兎族にとって、それだけこの色は惹かれる何かがあるのだろう。
今まで長い間この髪を嫌悪し続けてきたが、その何十年をひっくり返すかのように、今日初めてこの髪の色で生まれてきてよかった、とさえ思わされた。
「なに俺の顔じろじろ見てんの?」
「えっ?あ、いや、その……!」
手当を終えた神威が顔を上げると、じっと彼を見ていた緋真と目が合う。
緋真は慌てて目を逸らしたが、神威は彼女の頬に両手を添えてそれを無理やり自分の方へと持ってくる。
「いっ、いたたたたっ!首折れる!首っ!!」
「じゃあ、素直にこっち向いて。今何考えてたか言ってみてよ。」
「え、やだよ。」
「へぇ、団長に向かって口答えするんだ。どーしよっかなー。緋真は今腕もまともに使えないし、俺の好き放題ってわけだ。」
「まっ……!わかった、わかった言うよ!だから手ぇ離してッッ!」
「…」
自分の思いどうりになったはずなのに、何故だか少しつまらなさそうな表情を浮かべる神威。
緋真は小さく溜息を吐き、少しだけ頬を赤らめて今しがた考えていたことを口に出した。
「神威はすごいなって、思ったんだ。生まれてからずっとこの髪を嫌う人ばかりだったのに、この髪の色が好きだなんて言ってくれる人と出会えるなんて思ってなかった。そんな人、初めてだよ。ありがとう、神威。」
素直にそう言えば、神威は豆鉄砲を食らったような顔をしては、ぷっと噴き出した。
「ははっ!礼を言うのは俺の方だよ。緋真の血の色の髪を見続けてれば、俺の渇きも満たされる…そんな気がするんだよね。でも、その髪が別のところに行こうとするなら俺は容赦しないよ。横取りした奴も、緋真もぶっ殺すから。」
「…この髪と目を好んでくれるバカは、世界中で一人いれば充分だ。」
「それもそうだね。」
お互いが見つめあって、小さく声を出して笑う。
そんな穏やかな空間の中、入口の扉が開き、それと同時に不満を言いながら入ってくる男の姿を目にした。
「団長ぉ、酷いぜぇ全く!健気にあの後団長を江戸中探し回ったってぇのによォ、俺の存在忘れて一人先にのこのこ船へ帰ってくるなんてあるかよぉ、このすっとこどっこい!」
「あ、阿伏兎だ。」
「阿伏兎?」
「…………えっ」
頭をわしゃわしゃと掻きながら顔をあげれば、なぜか探し求めていた団長と、その前に女の姿がベッドの上あるのを見て、思わず情けない声を漏らす阿伏兎。
神威はいつものようにニコニコと笑っていて、女は自分を見てきょとんとした顔をしている。
「お、おい、なんだ、俺ァ幻覚でも見ちまってるのか……?」
「何言ってんの?阿伏兎。幻覚じゃないよ。これ、本物。」
「んぐっ!」
神威が実体だと阿伏兎に証明するせいか、目の前にあった緋真の顔を正面から鷲掴みにする。
「ちょっ、いたっ、いだだだだッッ!」
「あははっ!緋真、どうせならもうちょっと女らしいリアクションしてよ。」
「ーーッッ!何しやがんだこのバカヤロウッッ!」
痺れを切らした緋真が、思わず反射神経で神威の腕を掴み、くるりと反転させてベッドから落とす。
神威は頭から床に落ち、逆さまの体勢のまま阿伏兎の方を見ては、彼女を紹介した。
「実は阿伏兎と別れた後……拾ったんだ。」
「随分はしょった説明だな全く。……ん?じゃあ、道の途中で奇襲にあってはぐれたって言ってた部下って、この人…?」
「そうだよ。阿伏兎って言うんだ。」
阿伏兎は彼らをまじまじと見つめながらも、頭の中は錯乱していた。
必要以外の時には女に一切興味もなく、女を目前にすると妹以外血も涙もないほどの冷血な態度をとる程の男が、部屋に女を連れ込んで仲良く話している。
更にはその連れてきた女は、第七師団で培った仲間たちを未だに率いる程の最強の名を持つ男をいとも簡単に投げ飛ばす女は、血のような赤い髪と左右色の違う瞳を持っているではないか。
妹の神楽と戦った後から団長の性格が柔らかくなったのは理解していたが、まさかここまで変わってしまったと言うのか。
「あ、あの、阿伏兎さん。」
頭の中でぐるぐるといろいろな思考を凝らしている中、凛としたよく通る声に名を呼ばれ、はっと我に返った。
「……あ?」
「あ、あの。緋真と言います。よろしくお願いします。」
ぺこりとその小さな頭を下げる緋真を見て、阿伏兎は不覚にも礼儀正しい子だと感心した。
いや、そうじゃなくて。
「おい団長ぉッッ!こりゃ一体どういう事でぃ!だいたい俺が探してる間に部屋に女連れ込むたァいい度胸じゃねぇか、すっとこどっこい!」
「うーん、これにはいろいろと事情があるんだけど……まぁいいじゃん。仲良くやってよ。あ、緋真を最終的に殺すのは俺だから、阿伏兎が手ぇ出すなら殺しちゃうぞ。」
「……出さねぇ、ていうか出すかよ!そもそもこの姉ちゃんどう見たって人間じゃねぇかッッ!ウチの団員が黙ってねぇぞ、どうすんだ団長。」
「文句がある奴は、俺が殺すから安心してよ。」
恐ろしい言葉を言っても、神威の表情は変わらない。
そして尚、こうなった神威が止められないということは長年彼に付き合ってきた阿伏兎が一番よく知っている。
阿伏兎は頭を抱えて大きくため息を零し、仕方が無いと腹を括る。
「……あぁ、もういいや。取り乱して悪かったな、姉ちゃん。なんか困ったことがあったら言ってくれ。団長はてんで俺の言うこと聞かねぇが、これでも一応副団長なんだ。」
「……驚いたァ。神威の部下ってどんな人かと思ってたら、阿伏兎さん常識ある人だった。」
「そう思ってもらえんなら、光栄だな。にしても、珍しい髪の色と目ぇしてんな。今まで苦労してきたみてぇなツラしてやがらァ。ま、ここで何かあったら俺かこのバカ団長に言うこった。」
「……ありがとう、阿伏兎さん。」
「緋真。阿伏兎にさん付けなんかしなくていいよ。つけるなら俺に〝様〟付けて呼んで。」
「うるさいよ〝神威様〟。」
じとりと白い目で彼を見ながらそう彼女が言うと、神威は満足そうに声を上げて笑ったのだった。