一.守護神ー羅刹女ー
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何の変哲もない究竟の地で、何日も雨が続いていた。
振り続ける雨は、地盤の上に水溜まりを作り、大地の乾きを潤していく。
けれども時にそれは残酷なもので、弱った人類の体力をじわじわと奪い、やがては死に至らしめる事だってある。
身体中から湧き出てくる血を二つの手で何とか塞ぎながらも、ありったけの力を振り絞って重たい足を動かした。
これほど山奥までこれば、人の目に着くことは無いだろうし、体を休めるにはうってつけの場所だと思った。
だが深手を負ったこの身体は雨に打たれ、思った以上に深刻で、徐々に視界にノイズが入り始めたかと思えばその場に崩れ落ちるように倒れた。
もう、ダメだ。身体が動かない。
そう諦めた時。
傘をさした一人の影が、倒れ込んだ自分を見下ろして何かを言っているのが聞こえる。
拳を振るう力はもうない。
ただその時一瞬だけ、雨が止んだような気がした。
ーーーー
遠くから聞こえる人の声。心地よい風が前髪を揺らす。
ぼんやりとした意識の中、重い瞼をゆっくりと開けた。
雨染みのできた小汚い木の天井が視界に映り、ここはどこだ、と最初に疑問を抱いた。
確か…地球を散策している時に謎の部族達にいきなり奇襲をかけられ、同行していた阿伏兎と一旦単独行動をとり、敵を分散させ闘った。
もちろん負けることは無かったが、それ相応に丈夫で強い、まるで自分と同じ夜兎族のような奴らを何人も一度に相手にしたせいで、自分の負傷も酷いものだった。
ひとまず身体を休めるために山を登り、どこかいい場所がないかと探していた時、大量の出血と空腹が原因で倒れたところまではなんとか思い出した。
記憶を遡っていると、遠くで聞こえる楽しそうなきゃっきゃと言う声が次第に近づいてくる事に、ようやく気がついた。
ハッと我に返って起き上がると、真っ白な布団の中には丁寧に包帯で手当を施されている自分の身体が露になっていた。
周囲の光景を見渡そうと首を降れば、そこには如何にもか弱そうな小さな子供が数人縁側から顔を出し、こちらをじっと見つめていた。
「あ、起きた。」
「起きた」
「起きた、起きた!」
「た!」
一人がそう呟き、それに皆がつられて同じ言葉を木霊させる。
その中でも少しばかり歳上そうな少年が、くるりと背を向けて、口元に手を添えて大きく息を吸っては、腹から声を出した。
「緋真ーーッッ!三つ編みのにーちゃん起きたよー!!」
すると少年が向いた方向から、今度は一人の大人の姿が現れた。
太陽に照らされたその藍色の艶のある綺麗な髪を揺らしながら、両手いっぱいに抱えた砂まみれの野菜を手に、こちらへ小走りでかけてきた。
「あ、起きた?身体、大丈夫?」
神威は思わずその曇りのない通る声に、そして徐々に露わになるその姿に、思わず目を奪われた。
髪とおそろいの大きな藍色の瞳に、くっきりとした顔立ち。夜兎族と同じような日焼けを知らない白い肌。
そしていつぞやか共に戦った侍と同じように、右目に包帯を覆っていた。
「ねぇ、こいつ喋らないよ?ほんとに生きてる?緋真」
「こらっ、見知らぬお兄さんを〝こいつ〟呼ばわりしちゃダメでしょ?」
目の前にいた少年の頭を軽くゲンコツでコツンとやる。
「あぁ、ごめんごめん。君、山の道で倒れてたからさ。勝手に連れてきて手当しちゃった。」
爽やかに微笑む彼女を見て、神威は我に返る。
そして彼女に声をかけようとすれば、周りにいる子供たちが彼女の羽織を引っ張り始めた。
「ねぇ緋真ー、お腹空いたー」
「おれもー」
「私もー」
「もー」
「はいはい。じゃあご飯の準備するから、みんなはお庭で遊んで待っててくれる?」
「おう!ちゃんと飯作ったら呼べよな!」
「お兄ちゃんも一緒に食べよーねー」
「今日のご飯何かなー」
各々はそんな言葉を残し、少し離れた位置にある平地で再び遊び始めた。
今までそんなのどかな光景を見た事のない神威にとって、それは新鮮なものだった。
「よいしょ、っと。」
そして昼食の支度をすべく、緋真と呼ばれた女は縁側から家へとあがり、部屋のすぐ隣にあるキッチンへと歩いて行く。
ようやく邪魔者はいなくなったところで、神威は彼女に視線をうつし、口を開いた。
「……なんで俺を助けたの?」
「え?」
「俺が何者かも知らないのに、よく助けたね。」
挑発じみた口調でそう言えば、キッチンに向かって立っていた彼女は顔だけ神威の方へ向け、無邪気に笑った。
「知らないと助けちゃダメなの?別に人を助けるのに、理屈なんていらないでしょ。」
「……」
この女、単純にバカなのだろうか。
神威がそう心の中で疑問を抱いていると、彼女はあぁ、と思い出したように言った。
「君、夜兎族だよね?ご飯たくさん炊くけど、良かったら一緒に食べない?」
「夜兎族って知ってて助けたの?俺がもしかしたら、目を覚ました瞬間に、あの子供やおまえに手をかけたかもしれないだろ。もしかして、バカ?」
「ははっ、直球に言うねぇ。まぁそうなったらそーなったで、私もやっぱり大バカだったなーって思うかな。いちいちそんなこと考えて人助けなんて、してないよ。ただなんとなく、気が向いたから助けただけ。それだけだよ。それにこのご時世、あと数時間後に死ぬかもしれないようなもんなんだから、やりたい事やって死ねりゃそれで本望だよ。」
穏やかな口調と優しい声色に、妙に居心地の悪さを感じる。
神威にとっては、彼女のそんな様子が不快でたまらなかった。
ただ、口ではああは言うものの、子供と女は極力殺さない主義を通しているから彼女たちに手を出す気は無い。
なぜなら子供はこれから強くなるかもしれないし、女は強い奴を産む可能性があるからだ。
それに今は負ったばかりの傷が痛むせいか上手く体が動きそうにない。
ここは一時彼女を利用させてもらい、大人しくしておこうと、密かに決意を固めた。
神威は調子を狂わされながらも、休むことなく手慣れた手つきで食事の準備をしている彼女をじっと見つめた。
歳は自分と大して変わらないくらいか、少し上だろう。長い髪のせいか、はたまた片目が隠れているせいなのかは分からないが、落ち着いた雰囲気が随分大人っぽく魅せる。
それに比べて後方できゃっきゃと遊んでいる子供たちは、まだ言葉もあまりよく知らない小さな子供たちばかり。
ざっと見たところで、五、六人はいるだろう。
「……あれ、あんたの子供?」
「んなまさか!私は未婚。実の子供なんてあそこに一人もいないよ。」
「……?」
「あの子たちはね、全員孤児なんだ。身よりもいない、頼る人もいない。そんな子達が集まってできたのが、この家なの。って言っても、この家も戦後で空き家だったから、勝手に使ってるだけだけどね。」
「ふぅん。何でそんなことしてんの?」
その質問に、彼女は手を止めた。
そうして神威の方に顔を向け、こう返した。
「…私は私のできることをしているだけだよ。」
その時見せた彼女の笑顔は、どこか悲しげで瞳をうるわせている様な気がした。
振り続ける雨は、地盤の上に水溜まりを作り、大地の乾きを潤していく。
けれども時にそれは残酷なもので、弱った人類の体力をじわじわと奪い、やがては死に至らしめる事だってある。
身体中から湧き出てくる血を二つの手で何とか塞ぎながらも、ありったけの力を振り絞って重たい足を動かした。
これほど山奥までこれば、人の目に着くことは無いだろうし、体を休めるにはうってつけの場所だと思った。
だが深手を負ったこの身体は雨に打たれ、思った以上に深刻で、徐々に視界にノイズが入り始めたかと思えばその場に崩れ落ちるように倒れた。
もう、ダメだ。身体が動かない。
そう諦めた時。
傘をさした一人の影が、倒れ込んだ自分を見下ろして何かを言っているのが聞こえる。
拳を振るう力はもうない。
ただその時一瞬だけ、雨が止んだような気がした。
ーーーー
遠くから聞こえる人の声。心地よい風が前髪を揺らす。
ぼんやりとした意識の中、重い瞼をゆっくりと開けた。
雨染みのできた小汚い木の天井が視界に映り、ここはどこだ、と最初に疑問を抱いた。
確か…地球を散策している時に謎の部族達にいきなり奇襲をかけられ、同行していた阿伏兎と一旦単独行動をとり、敵を分散させ闘った。
もちろん負けることは無かったが、それ相応に丈夫で強い、まるで自分と同じ夜兎族のような奴らを何人も一度に相手にしたせいで、自分の負傷も酷いものだった。
ひとまず身体を休めるために山を登り、どこかいい場所がないかと探していた時、大量の出血と空腹が原因で倒れたところまではなんとか思い出した。
記憶を遡っていると、遠くで聞こえる楽しそうなきゃっきゃと言う声が次第に近づいてくる事に、ようやく気がついた。
ハッと我に返って起き上がると、真っ白な布団の中には丁寧に包帯で手当を施されている自分の身体が露になっていた。
周囲の光景を見渡そうと首を降れば、そこには如何にもか弱そうな小さな子供が数人縁側から顔を出し、こちらをじっと見つめていた。
「あ、起きた。」
「起きた」
「起きた、起きた!」
「た!」
一人がそう呟き、それに皆がつられて同じ言葉を木霊させる。
その中でも少しばかり歳上そうな少年が、くるりと背を向けて、口元に手を添えて大きく息を吸っては、腹から声を出した。
「緋真ーーッッ!三つ編みのにーちゃん起きたよー!!」
すると少年が向いた方向から、今度は一人の大人の姿が現れた。
太陽に照らされたその藍色の艶のある綺麗な髪を揺らしながら、両手いっぱいに抱えた砂まみれの野菜を手に、こちらへ小走りでかけてきた。
「あ、起きた?身体、大丈夫?」
神威は思わずその曇りのない通る声に、そして徐々に露わになるその姿に、思わず目を奪われた。
髪とおそろいの大きな藍色の瞳に、くっきりとした顔立ち。夜兎族と同じような日焼けを知らない白い肌。
そしていつぞやか共に戦った侍と同じように、右目に包帯を覆っていた。
「ねぇ、こいつ喋らないよ?ほんとに生きてる?緋真」
「こらっ、見知らぬお兄さんを〝こいつ〟呼ばわりしちゃダメでしょ?」
目の前にいた少年の頭を軽くゲンコツでコツンとやる。
「あぁ、ごめんごめん。君、山の道で倒れてたからさ。勝手に連れてきて手当しちゃった。」
爽やかに微笑む彼女を見て、神威は我に返る。
そして彼女に声をかけようとすれば、周りにいる子供たちが彼女の羽織を引っ張り始めた。
「ねぇ緋真ー、お腹空いたー」
「おれもー」
「私もー」
「もー」
「はいはい。じゃあご飯の準備するから、みんなはお庭で遊んで待っててくれる?」
「おう!ちゃんと飯作ったら呼べよな!」
「お兄ちゃんも一緒に食べよーねー」
「今日のご飯何かなー」
各々はそんな言葉を残し、少し離れた位置にある平地で再び遊び始めた。
今までそんなのどかな光景を見た事のない神威にとって、それは新鮮なものだった。
「よいしょ、っと。」
そして昼食の支度をすべく、緋真と呼ばれた女は縁側から家へとあがり、部屋のすぐ隣にあるキッチンへと歩いて行く。
ようやく邪魔者はいなくなったところで、神威は彼女に視線をうつし、口を開いた。
「……なんで俺を助けたの?」
「え?」
「俺が何者かも知らないのに、よく助けたね。」
挑発じみた口調でそう言えば、キッチンに向かって立っていた彼女は顔だけ神威の方へ向け、無邪気に笑った。
「知らないと助けちゃダメなの?別に人を助けるのに、理屈なんていらないでしょ。」
「……」
この女、単純にバカなのだろうか。
神威がそう心の中で疑問を抱いていると、彼女はあぁ、と思い出したように言った。
「君、夜兎族だよね?ご飯たくさん炊くけど、良かったら一緒に食べない?」
「夜兎族って知ってて助けたの?俺がもしかしたら、目を覚ました瞬間に、あの子供やおまえに手をかけたかもしれないだろ。もしかして、バカ?」
「ははっ、直球に言うねぇ。まぁそうなったらそーなったで、私もやっぱり大バカだったなーって思うかな。いちいちそんなこと考えて人助けなんて、してないよ。ただなんとなく、気が向いたから助けただけ。それだけだよ。それにこのご時世、あと数時間後に死ぬかもしれないようなもんなんだから、やりたい事やって死ねりゃそれで本望だよ。」
穏やかな口調と優しい声色に、妙に居心地の悪さを感じる。
神威にとっては、彼女のそんな様子が不快でたまらなかった。
ただ、口ではああは言うものの、子供と女は極力殺さない主義を通しているから彼女たちに手を出す気は無い。
なぜなら子供はこれから強くなるかもしれないし、女は強い奴を産む可能性があるからだ。
それに今は負ったばかりの傷が痛むせいか上手く体が動きそうにない。
ここは一時彼女を利用させてもらい、大人しくしておこうと、密かに決意を固めた。
神威は調子を狂わされながらも、休むことなく手慣れた手つきで食事の準備をしている彼女をじっと見つめた。
歳は自分と大して変わらないくらいか、少し上だろう。長い髪のせいか、はたまた片目が隠れているせいなのかは分からないが、落ち着いた雰囲気が随分大人っぽく魅せる。
それに比べて後方できゃっきゃと遊んでいる子供たちは、まだ言葉もあまりよく知らない小さな子供たちばかり。
ざっと見たところで、五、六人はいるだろう。
「……あれ、あんたの子供?」
「んなまさか!私は未婚。実の子供なんてあそこに一人もいないよ。」
「……?」
「あの子たちはね、全員孤児なんだ。身よりもいない、頼る人もいない。そんな子達が集まってできたのが、この家なの。って言っても、この家も戦後で空き家だったから、勝手に使ってるだけだけどね。」
「ふぅん。何でそんなことしてんの?」
その質問に、彼女は手を止めた。
そうして神威の方に顔を向け、こう返した。
「…私は私のできることをしているだけだよ。」
その時見せた彼女の笑顔は、どこか悲しげで瞳をうるわせている様な気がした。
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