ただ君の征く道を
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緑谷くんほどじゃないにしろ、私にだって恥ずかしい気持ちはある。
男子と相合傘で帰る、なんて人生初めての経験だ。
変に意識をしてはいけない。
意識をしてしまったら、思考回路がぐしゃぐしゃになって、おかしな行動に出てしまう可能性も出てくる。
相合傘に誘っている時点でおかしな行動をしているような気もしないでもないけれど、今は背に腹は代えられない。
私は緑谷くんから受け取ったばかりの傘を勢いよく開いた。
紳士ものの傘だ。
私がいつも持っているものよりも幾分か大きい。
これなら二人で入ってもどちらかが濡れてしまう、ということもないだろう。
……二人の距離が近ければ。
一歩屋根の下から足を踏み出せば、傘に雨が叩きつける音がした。
でもそれ以上に今は自分の心臓の音がうるさくて、いつもなら気になるはずのその音を、私の耳はうまく拾えなかった。
「ほら、緑谷くん、帰ろ!」
私は振り返って、もう一度緑谷くんを呼んだ。
ここで彼の腕を引くことができたら完璧なのかもしれないけれど、私にそんな度胸はない。
余裕ぶって、強引に彼と帰ろうとすることだけで精一杯だ。
「ちょ、ちょっと待って……!」
私の勢いと強引さに押し負けて、緑谷くんは慌てて私に駆け寄ってくる。
私の傍にやってきた緑谷くんの耳はすっかり真っ赤になっていて。
それは今この短い距離を走ったからでは決してない。
そんな彼につられて、心臓が跳ね上がるのを感じたけれど、努めて冷静を装った。
だってここで私まで動揺してしまったら、きっと気まずさで家までたどり着けなくなってしまう。
それに明日からどんな顔で緑谷くんと話せばいいのかわからなくなってしまうから。
「あの……か、傘、僕が持つよ」
「……ありがとう。お願いするね」
緑谷くんの提案に、私は一呼吸間をおいて返答した。
一瞬断ろうか、とも思った。
私は緑谷くんの傘に入れてもらっているわけだから、傘を持ってしかるべきだと思わずにはいられなかった。
しかし冷静になって考えてみれば、緑谷くんよりも背の低い私が傘を持てば、傘を彼の頭にぶつけてしまう可能性が高かった。
しっかりと腕を伸ばして持ち続ければいいだけの話ではあるけれど、ずっとその姿勢でいるのは正直辛いだろうし、そのまま歩き続ければきっと緑谷君に気を遣わせてしまうだろう。
それに、女子に傘を差させて、自分は普通に歩くというのははたから見るとろくでもない男だ、と緑谷くんの周りからの評価を下げてしまわないかが心配になった。
要らぬ世話かもしれないけれど。
私のせいで緑谷くんに不利益を被らせてしまうことだけは、なんとしても避けたかった。
どちらともなく歩き出すけれど、まだ緊張しているのか、緑谷くんは前を向いたまま私とは一切視線を交わさなかった。
話しかければ応えてはくれたけれど、それが限界のようだった。
今日のお礼を何か考えておかなければ。
してもらいっぱなし、というのはどうにも性に合わないから。
彼のことだから、もしかしたらお礼に、なんて言ってもそんなつもりじゃなかったから、なんて断ってきそうだ。
その時はまた、多少気は引けるし申し訳ない気持ちもあるけれど、今日のように少し強引に押し切ってしまおう。
そんなことを考えながら、緑谷くんの歩調に合わせていつもより少し早い速度で雨の中を歩いた。
《相合傘》
はじめての相合傘は
誰よりも優しい君と
どうかお願いです
高鳴り始めたこの鼓動が
君に聞こえてしまいませんように
了.