あなたの面影に恋をして
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目を閉じて。
耳を塞いで。
知らないふりをして。
そうやってずっと逃げていた。
そんな灰色の世界から、彼は私を連れ出した。
今の私は自由で。
望むものなんて、何一つない。
この大切な日常が、ずっとすっと続いていけばいい。
「もう少しだけ待ってくれよな。メンテ、もう終わるから。終わったら遠出しような」
愛車のバイクのボルトをしめながら、彼はそう言った。
その様子を見下ろしながら私は首を横に振る。
「別にどこにも行かなくていい。あの場所じゃなく、ザックスが傍にいてくれるなら、私はそれだけでいい」
暗い研究室じゃなく。
青空の下で。
ただ大切な君がいてくれれば十分だ。
十分すぎて、いつかこの幸せな時間が壊れてしまう日が怖くてたまらない。
私がそう言えば、ザックスは作業の手を止めていきなり立ち上がる。
そのまま私を見下ろしたかと思えば、いきなり私の頬をつねった。
「痛い」
「痛くしてるからな」
「ひどい」
「お前がつまらないこと言うからだろ」
ザックスの言葉の意味を、私は理解できなかった。
だってもしも私がザックスにさっき私が口にした内容の言葉を言われたなら、きっとすごく嬉しい。
それなのに、ザックスはそれを“つまらない”と言った。
否定されたことが悲しくて、私は頬をつねられたままで俯いた。
つまらなくなんて、ない。
そう口にしたいけれど、胸が苦しくてうまく息を吸い込めない。
「俺はすっとお前の傍にいる。そう約束しただろ。それは覚えてるか?」
ザックスは私の頬をつねっていた手を離して、その手をぼん、と頭の上に乗せた。
クラウドはそうされると子供扱いされているようで嫌だと言っていたけれど、私はそれがひどく心地よくて。
ザックスが良いと言ってくれるなら、ずっとしてもらってもいいくらいだ。
「覚えてる」
「よし。でも、俺はイフにもっとたくさんのことを知って欲しいんだ」
「たくさんのこと?」
「あぁ。空だけじゃなく、花だけじゃなく。この世界にはもっと綺麗で、すごくて、楽しいことがたくさんある」
「……」
「今いるこの場所が“すべて”じゃないってこと、ちゃんと知って欲しい」
ちらりとザックスを見上げれば、彼の瞳は今までになく真剣で、少し怖いくらいだった。
私は頷くことしか許されていないような気がして、一度だけ小さく首を縦に振った。
それを見たザックスは満足そうに笑って、私の大好きな大きな掌で私の頭を優しく撫でてくれた。
「今の俺が知ってることは、全部教えてやる。でも俺も知らないことが、この世界にはまだまだたくさんある。それを二人で見つけていこうな」
“二人で”
その言葉を聞いて、私はほんの少し安心する。
先ほどのあまりに真剣なザックスの瞳に一抹の不安を覚えたからだ。
ザックスはいつか、私を一人にしてどこかへ行ってしまうんじゃないかと。
約束はした。
でも私の心はまだ、あの約束を完全に信じきれない。
裏切りは、いつだって私の傍らにあったから。
「イフ、どこか行きたいところはあるか?」
「…海」
いつかザックスが話してくれた。
青くて、大きくて、綺麗なもの。
少しずつ、少しずつ知っていきたい。
私の今いる世界。
そして彼が生きてきたこの世界を。
《今いるこの場所が》
欲を出してしまったら
この大切な場所さえ
失ってしまう気がして
それだけは絶対に嫌だから──
《終》