右手に太刀を左手に君の手を
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廊下の角を曲がった所で私の足は急停止した。
心の準備も何も出来ていなかった私は、立ち止まったまま声を出すことも瞬きをすることも忘れてしまっていた。
「……っ千里殿!」
私の視線の先にいるのは幸村様。
私は息が止まりそうになるのを感じた。
「幸村様……あの──」
私はそれでも何とか幸村様に自分の口からも真実を伝え、謝罪をしようと思って口を開いたが、すぐにその言葉は遮られた。
他でもない幸村様によって。
「言うな。そなたの言いたいことは分かっているつもりだ……その……すまなかった」
突然幸村様に逆に謝られて、私は思考がますます混乱する。
何か言わなくては──
そう思うけれど、考えれば考える程言葉が出てこない。
「知らなかったとはいえ、女性の肌を人前に晒すなど……!」
「あ、あの幸村様……怒ってはおられないのですか?私は女であることを隠し、男と偽っていたのですよ」
「怒ってなどいる訳がないだろう。見抜くことが出来なかったのは私がまだまだ未熟だからだ。それを棚に上げてそなたを責めることは出来ぬ」
皆を偽っていたというのに、幸村様は対して気にした様子もなく振る舞ってくださる。
いつもよりも心なしか頬が赤いように思われたけれど、私が変わらずに接してくれている。
それが嬉しくて私は思わず泣いてしまった。
蔑まれても仕方がない、と覚悟していたから。
「千里殿っ!?やはり私は泣くほどにそなたを困らせてしまったのか!?」
私の涙を見て慌て蓋めく幸村様に、私もすぐに目許を拭う。
しかし涙は一向に止まる気配はない。
「違います!幸村様が私が女だと分かっても今のように普通に接して下さるから……嬉しくて……」
「と、とにかく泣くのは止めてくれ」
優しく髪を撫でられて、私は懸命に零れ落ちる涙を止めようと努力をした。
涙はすぐには止まらなかった。
それでも幸村様は私が泣き止むまで、ずっとそばにいてくださった。
幸村様は私の涙が完全に止まり、平静を取り戻したことを確認してからおずおずと遠慮がちに尋ねてくる。
その声はいつもよりも少しうわずっているようにも思える。
それでも努めて平静な態度で接しようとしてくれている幸村様に、私は知らず知らずの内に笑顔になる。
「その…私の方こそ、今までと変わらず接してもよいのだろうか?千里殿が望むのであれば、戦には──」
「今のままで、構いません。お館様に拾われたとき、刀を持ち、戦に出ることを望んだのは私です」
「そうか……」
幸村様が戸惑っていることがひしひしと伝わってくる。
それでも私は変わらないことを望んだ。
戦場に出れば、いつ命を落とすともわからない。
そうであったとしても、私はつかの間の時でも彼のそばにありたいのだ。
「みなさんにはまだ内緒にしておいてください。いつか必ず、本当のことをお話ししますので…それまでは、私たちだけの秘密、で」
いつもの“私”の口調で話をすれば、幸村様は小さく笑った。
これからは、少しずつ彼に見せていこう。
ありのままの、私を。
《終》