音色を描いて
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「あれ?今日約束してるんじゃないんですか?事務所の入口で待ってるみたいでしたけど…」
そんな約束はしてない。
仕事があるのはわかっていたし、あいつからも何も言われなかったから。
自分の誕生日だから会いたい、なんてそんな図々しいことは言えなかった。
会いたいということは、必然的に祝ってくれと言っているようなものだから。
「すいません!すぐ帰ります!」
「わかりました。明日のスケジュールの詳細はまたメールで連絡します」
「お願いします!」
マネージャーの顔を直視することもせず、椅子にかけていたジャンパーをひったくるように取って、俺は勢いよく部屋をあとにした。
階段を駆け下りる足が、思い通りに早く動かないのがもどかしい。
心臓の音はどんどん早くなるのに、身体の動きはそれに比例しない。
それどころかもつれて転んでしまいそうにさえなる。
すんでのところで階段の手すりを掴んで転倒を免れながら、事務所の入口を駆け抜けた。
辺りを見回そうと首を右に向けたとき、反対側から声をかけられた。
「魁斗」
ぐるりと首を180度回転させれば、そのには探し求めていた人物の姿があった。
元々色白ではあったけれど、今はそれがもっと白く見える。
だから余計に寒さのせいで赤くなった鼻の頭と頬が痛々しく感じさせる。
本人はそんなことなど全く意に介していないようでふわりと微笑んだ。
本当に親しい人間にしか見せない、無防備な笑顔。
「お誕生日おめでとう」
その言葉が嬉しくなかったわけじゃない。
本当はすごく嬉しくて、今すぐにでも抱き締めてお礼を言いたかった。
でもそれ以上に、驚きと戸惑いと苛立ちと、色んな気持ちがない混ぜになって、感謝の言葉を喉の奥へと追いやってしまった。
「ことり、お前こんなところで何やってんだよ…!」
往来で大声を上げて目立つわけにもいかないから、極力声は抑える。
それでも俺の気持ちは十分に伝わ──らなかったようだ。
俺の剣幕に一瞬驚いて目を見開きはしたけれど、すぐにいつものぼんやりとした表情で首を傾げた。
「おめでとうって直接言いたかったから」
「でも会う約束なんてしてなかっただろ?もし俺が今日事務所に戻ってこなかったらどうするつもりだったんだよ」
「今日の魁斗の予定は慎くんに聞いて確認した。もし12時を回りそうだったら、そのときは電話でも仕方ないかなって思ってた」
「お前…まさか12時までここで待ってるつもりだったのか!?」
「?うん、そのつもりだった」
あっけらかんとした様子で言葉を紡ぐことりに、こちらの毒気はすっかり抜かれてしまった。
出会ったときからそうだった。
彼女は独自の概念と信念を持っている。
他の人から見れば滑稽に思えることも、彼女自信が正しいと思えば、どんなに労力がかかろうとも少しも厭わずにやり遂げる。
ことりはいつもあまり好意的な言葉を安直に口にしない。
でも今日、今こうして他のどんな物事よりも俺に会うことを優先し、ずっと待っていてくれたということは、少しは自惚れてもいいのだろうか。
彼女が自分をとても大切な存在だと認識してくれている、と。
なにも言わない俺を訝しく思っているのか、眉尻を下げて困った表情を浮かべていることりの腕を引いて華奢な体を抱き寄せる。
力を入れると折れてしまいそうだから、そっと、精一杯優しく。