あなたの笑顔を見るまでは
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低く艶めいた声。
底冷えするような、凍える声色に肩を震わせれば、彼の人は薄く笑う。
怯えたような仕草を見せた私を嘲笑するように。
鴉の濡羽色をした髪と瞳は部屋にある唯一の小さな窓から差し込む月の光を反射して妖艶に煌めく。
彼の姿から目が離せなくなってしまう。
いつの間に泰衡さんがこの部屋に近付いていたのか全く気付かなかった。
気配を絶ち、息を潜めて。
この人はいつも私が此処にいる事を確認する。
逃れられる筈が無いと分かっていながら。
「そんな事しませんよ。だって私はずっと此処にいるって、自分で決めたんですから」
精一杯の強がりで泰衡さんを睨みつけるように見上げれば、彼はゆったりとした足取りで私に近付いてくる。
彼の発するプレッシャーに気圧されそうになるのを何とか堪えて、真っ直ぐに彼を見据える。
「ほう…まだそのような眼差しを俺に向けるか」
「………」
「閉じ込めておけば少しは丸くなるかとも思ったが……」
「私を変えようとしても無駄ですよ。私は貴方のものだけど、でも貴方の思い通りにはならない」
女としての私は心も全部貴方にあげる。
でも、応龍の神子としての私は絶対にあげない。
ほんの一欠片さえ。
だって貴方の望みは景時さん──荼吉尼天の率いる鎌倉軍を壊滅させる事。
そんな事、許す訳にはいかない。
争いはまた、きっと争いを生むから。
それは私が一番よく知ってる。
此処に居る誰よりも。
「流石は神子殿…勇ましい事だな」
「……っ」
泰衡さんは唇を釣り上げながら私の顎を掴み、ゆっくりと持ち上げる。
吐息がかかる程近くに、泰衡さんの端正な顔が近付けられる。
恥ずかしいのに。
それでも彼の漆黒の瞳から目を逸らせない。
「それでこそ、俺の愛しい女だ」
そしてそっと唇が重ねられる。
私を離れの一室に閉じ込めるという彼の狂気じみた行動とは全く正反対の、甘く優しい口付け。
彼は麻薬だ。
一度知ってしまったら離れられなくなる。
ほんの戯れのつもりなのだろう。
少し触れただけで、柔らかい感触はすぐに離れてしまった。
「貴女がゆっくりと闇の深淵へ堕ちていくのが楽しみだな」
うっとりと開いた瞳に映ったのは、小さな窓から見えた下弦の月。
あの月が完全に姿を消す時、私はまだ私で居られるだろうか。
籠の鳥は
もう二度と空へは羽ばたけない
冷たい籠の中で
ただゆるゆると死を待つだけ──
《終》