目に見えぬ絆を胸に
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貴方はゆっくりと私に近付いてくる。
私は今動けない。
平重衡にとって応龍の神子は格好の敵のはずだ。
神子を殺したとなればその手柄はとても大きいはずだ。
「…それ以上……近付かないで…」
やっとこの運命で巡り会えた大切な人に拒絶の言葉を溢さなければいけない私自身がとても情けなく感じられた。
ずっと逢いたかった。
ずっと探していたのに。
涙でにじんで貴方の姿が見えなくなる。
「こっちに…こないで……」
貴方に私の言葉はきっと届いている筈なのに貴方はまるで聞こえていないみたいにどんどん私の方に近付いてくる。
逃げたかった。
今の私、きっとひどい顔してると思うから。
貴方に見られたくなかった。
きたない、私を。
貴方は濡れるのもお構いなしで川の中に入ってくる。
見慣れない鎧姿に貴方は少し逞しく見えて、でも少し怖くて。
目が、離せなくなる。
貴方の冷たい手が私の頬に触れる。
貴方の紫水晶の瞳に怯えたような表情をしている私が映っている。
私を見つめていた貴方の瞳がゆったりと細められる。
優しげで慈しむような眼差しに私は懐かしさを覚えずにはいられなかった。
だって私はずっと貴方を探していたから。
あの十六夜の月の夜。
桜の美しく舞い散る六波羅の屋敷。
御簾越しの会話。
重ねた貴方の手の温かさ。
「…ずっと…貴女を、貴女だけをお探ししておりました。……十六夜の…君」
貴方の口から溢れた言葉に私の瞳から反射的に涙が後から後から溢れだした。
貴方の優しい笑顔がにじんで見えなくなる。
貴方に触れたいのにそれさえも許してもらえない。
「…銀?」
絞りだした声。
やっぱり震えてて。
すごく情けなかったけど。
「…ええ。私が貴女の…本当の銀です。」
銀の腕に私の躯は引き寄せられた。
貴方の心臓の音がとても心地いい。
少し自由を取り戻した腕を銀の躯に回す。
鎧はとても冷たかったけれど貴方が嘘ではないと分かるだけで今の私にとってはそれだけで十分だった。
震える指先にそっと力をこめる。
貴方の存在を確かめるように。
貴方という存在をもう二度と離したりしないように。
「あの夜の貴女は幻なのではないかと思わずにはいられませんでした…貴女との逢瀬は本当に一時の甘い夢のようでしたから。」
「夢なんかじゃないよ…私、ちゃんと此処にいるよ。」
銀の胸に顔を埋めたままで呟いた。
「ええ。貴女の宝玉のように輝くその薄紅の瞳を…偽りのものだとは思えませんから。そしてこの真珠色の美しい髪を、貴女のあの憂いを帯びた表情を忘れたりすることなど出来ません。」
優しく髪を撫でる感触に私はそろそろと視線をあげた。
貴方の紫の瞳と目が合うと、貴方はあの頃は決して見せてはくれなかった柔らかな笑顔を私にくれた。
私だけ、の為に。
未だ涙の止まらぬ瞳のまま私は貴方を見上げる。
私も一生懸命に笑顔を作る。どんな女房にだって負けない笑顔を。
でも。
私は自分からそっと貴方の躯を離した。