あなたは私を知らなくても
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私の自己中心的で、全く九郎さんのことを顧みない発言に対して。
九郎さんは間髪入れずに答えをくれた。
迷いのない、まっすぐな瞳で。
私の大好きな笑顔で。
「当たり前だ。いつでも帰ってこい!」
揺るぎない、力強い言葉に身体が熱くなる。
涙が零れ落ちそうになる。
どうして、あなたはこんなにも。
優しすぎるのだろう。
でも今は、その優しさが私の救いだ。
これからの糧だ。
「ありがとう、九郎さん…本当にありがとう…!」
震える声で言えば、腕を引かれ、九郎さんに抱き締められる。
何度も抱き締められた腕の中。
九郎さんの少し早い鼓動。
確かな温もり。
「お前のことだ。また何か人知れず悩み、戦っているのだろう?」
「……」
「俺にも話せぬようなことを為すんだ。覚悟も相当なもののはず、それを引き止めはしない」
九郎さんは小さな声で、それでも私にはちゃんと聞こえる声で言葉を紡ぐ。
私に言い聞かせるように。
心に、身体に浸透させていくようにゆっくりと。
「だが、忘れるな。奏多の帰る場所はちゃんとある。俺だけは何があってもお前の居場所を作っておく」
「はい…絶対に忘れません」
「必ず成し遂げろ、お前の願いを」
「はい!必ず!」
私は返事をして、暫く九郎さんの腕の中で余韻に浸っていた。
それでも自分から九郎さんの腕から抜け出た。
これ以上触れていたら、本当に離れ難くなってしまうから。
立ち上がって九郎さんを見下ろす。
九郎さんは真剣な表情で私を見上げる。
その表情はもう、恋人にだけ見せる甘さは微塵も感じられない。
決別したのだ。
恋人の私と。
本当にどこまでも優しい人。
私が惑わぬように、わざと突き放してくれる。
「九郎殿、ご武運を」
「ああ、お前もな」
睦言は、もう要らない。
ただ今からは一人の武士として、龍に選ばれし神子として振る舞うんだ。
女としての奏多とはしばしの別れ。
でも、辛くはない。
あなたがどこにいたとしても、私を待っていると誓ってくれたから。
そして私は静かに彼の屋敷を後にした。
宵の影に紛れ、私は西を目指す。
あなたを想えば
私はきっと戦えなくなる
そしてそれはあなたに対しての冒涜になる
我が儘だと分かっていても
この関係の一時の清算を
いつかあなたの元へ帰るその日まで──
《終》