あなたは私を知らなくても
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薄い浅葱色の寝間着に身を包んだ九郎さんが、真っ直ぐに私を見下ろした。
今夜は新月に近く、月の光も大して届かないために、九郎さんの表情を正確に読み取ることは出来なかった。
訝しがっているような、怒っているような、心配しているような。
どれにも当てはまるような気がして、でもどれも外れているような気もした。
「こんな夜更けに共も連れずにどうした?いくらお前でも一人歩きは危険だろう」
「お話したいことがあって来ました。少しだけお時間をいただいてもいいですか?」
薄暗い中ではきっとお互いの表情ははっきり見えてはいないんだろう。
それでも私は九郎さんを真っ直ぐに見上げて言った。
九郎さんがまだ起きていてくれたことはきっと奇跡に近いことに違いない。
ならばせっかくのこの機会を無駄にしてはいけない。
私の言葉に九郎さんが訝しげな表情をしているのがなんとなく分かった。
返事もすぐには返ってこなかったから。
「…それはどうしても今話さなければならないことなのか?」
もしかしたら九郎さんは何かを感じ取っているのかも知れない。
普段とは違う私の態度。
そして女が一人で出歩くにはおかしい時間の訪問。
しかも玄関を通らずに。
普通に考えて不審感を抱くはずだ。
それでも私が九郎さんの言葉に対して静かに一度だけ首を縦に振れば、部屋の中に通してくれた。
「そのような薄着では風邪をひきかねん。これでも羽織っていろ」
部屋に通されてすぐに、九郎さんが屋敷でよく羽織っている笹竜胆の模様の入った羽織を肩にかけられた。
ふわりと鼻孔をくすぐる九郎さんの香りに思わず涙腺が緩む。
込み上げる涙を必死に抑え込みながら、私は九郎さんが用意してくれた円座に腰を下ろした。
九郎さんは私の正面に腰を下ろし、机の上に置いてあった蝋燭に灯を点した。
部屋の中がぼんやりと橙色に染まり、そこで漸く九郎さんの顔を捉えることが出来た。
床の支度はされているものの、まだ綺麗なままだ。
こんな夜更けにまだ九郎さんは寝るつもりがなかったらしい。
一体何をしていたのだろうか。