あなたは私を知らなくても
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ずっとこの世界にいられるのなら。
九郎さんの傍にいられるのなら。
少しずつ前に進めば良いと思えたかも知れない。
でも、私に残された時間は分からない。
何十年もこの世界に留まることになるのかも知れない。
だけど、もしかしたら明日にでもこの世界に来ることになった時と同じように強制的に元の世界に戻されてしまうかも知れない。
そう思うと一歩を踏み出す勇気がどうしても出なかった。
だから私も狡い答えを返す。
どうとでも解釈出来るような曖昧な言葉を。
「私も、九郎さんのこと大好き、です」
私の言葉に九郎さんは勢い良く振り返る。
振り返ったその表情は驚きに満ちていて、でも先程のように動揺しているようだった。
判断に困っているのだろう。
私の言葉の本当の意味を汲み取ろうとして。
「奏多──」
九郎さんは何か言おうとして、でもすぐに口を噤んでしまった。
だから私には名前の後に続く言葉は分からない。
でも、それでもいいと思ってる。
聞きたくない答えだったかも知れないから。
「いや、何でもない。しかし今日は本当に冷えるな」
「そうですね」
「……俺も、その羽織を少し分けてもらっても構わないか?」
遠慮がちな言葉。
でも私の心臓はその言葉を聞いて跳ね上がる。
だって、私の肩に掛かっている羽織はあくまでも女性もの。
二人で入るには少し小さ過ぎる。
それを二人で羽織るとなれば、今の私と九郎さんが腰掛けている距離では足りない。
もっと近付かなければならない、ということだ。
九郎さんはそれを分かっていて、今の言葉を口にしたんだろうか。
私が戸惑っている間に九郎さんは私との距離を詰めてくる。
九郎さんの身体が私に触れる。
ほんの少し触れただけなのに、私の身体は一瞬にして熱くなる。
それこそもう羽織なんて必要ないくらいに。
心臓はばくばくと大きく鳴って、こんなにも近くにいたら九郎さんにも聞こえてしまうんじゃないかと内心で焦る。
でも、ここで拒否することは出来ない。
拒否したく、ない。
「ど、どうぞ…」
緊張で情けなくも声が震えた。
変な奴だと思われたかも知れない。
不安に思って九郎さんの顔をちらりと見てみるけれど、いつもの九郎さんだった。
暗いせいでよく分からないけれど、心なしか九郎さんの顔が赤いような気がする。
もしかしたら九郎さんも私とこんなに密着するのはさすがに緊張するのかも知れない。
右肩に掛かっていた羽織を九郎さんの肩にかけようと手を伸ばせば、それを受け取ろうとしてくれた九郎さんの手に触れる。
九郎さんは一瞬肩を振るわせたかと思えば、いきなり勢い良く私の腕を掴んだ。
「馬鹿!お前、こんなにも手が冷えているじゃないか……!」
「あ、そうですね……結構長い間ここにいたから」
「そうですね、じゃないだろう。このままここにいたら本当に──」
そう言って私の手を引いて立ち上がろうとした九郎さんに、私は抵抗した。
今なら言ってしまっても良いだろうか。
この場の勢いに任せて。
「もう少しだけで良いんです……!九郎さんと一緒に、少しだけ星空を眺めていたいんです」
必死に懇願すれば、九郎さんはまた私の横に座った。
ただし、私の手は握り締めたまま。
「……少しだけ、だからな」
「……はい」
私は小さく頷いて握り締められた指先に力を込めた。
冷たかったはずの指先は、ほんの少しではあったけれど、温かくなり始めていた。
互いの本当の気持ちは知らぬまま
肩を寄せ合って寒さを凌ぐ
二人でいられるなら
秋の寒空の下も悪くない
私に足りないぬくもりは
あなたが分け与えてくれるから──
《終》