あなたは私を知らなくても
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そう言って、九郎さんは私の眉間を指先で突いた。
意識していなかったけれど、どうやらいつの間にかいつも険しい表情をしていたらしい。
「…っ!」
九郎さんの唐突な行動に、私は思わずその場を退いて眉間に掌を当てる。
彼に触られたその一点に熱が集中する。
私のそんな様子を見て、ふわりと柔らかな笑みを浮かべる。
優しく弧を描く橙の瞳を直視していられなくて、私はわざとらしく視線を外した。
「やはりお前はそうして娘らしくしている方がいい。望美も朔も心配しているぞ」
「…九郎さん」
「も、もちろん俺だって──」
「ふふ、ありがとうございます」
私よりも顔を真っ赤にして声を大きくする九郎さんに、私は思わず笑ってしまった。
本当に、不器用な人。
優しくて、あたたかくて、頼りがいがあって。
もしも何も知らない私がここにいたなら、きっと彼を好きになるのに。
運命は、どうしてこんなにも残酷なんだろう。
九郎さんを好きになれたらいいのに。
そう思う自分がいる一方で、それを全力で否定しようとする自分がいる。
「今すぐに俺を好きになってくれ、とは言わん。お前の中で将臣がどれほど大きく大切な存在であったかは、側にいればよく分かった。それでもいつか、お前があいつを“思い出”として割り切れるような日が来たら──」
「…そんな日、来ないかも知れませんよ?」
悲しみは時が癒やしてくれる。
苦しみは時が忘れさせてくれる。
普通なら、そう思うかも知れない。
でも、時空を越える私には、時間の流れは意味をなさないのだ。
それでも九郎さんは私から目を逸らさずはっきりと告げた。
「それでも、俺は待ち続ける…!」
九郎さんの想いは、言葉は。
純粋で、真っ直ぐ過ぎて。
今の私には直視出来なかった。
ただ俯いて頷く。
それが今の私に出来る全てのことだった。
蔑んで
貶めて
罵って
自分の為に
大切な人をこの手にかけた
どうしようもない人でなしを
貴方の笑顔は、今はまだ
私の心を深く抉るだけ──
《終》