優しすぎた世界
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「……仕方ないか。俺のジャージ貸してやるから、ちょっとついて来い」
樹の細い手首を握り締めて、俺は立ち上がった。
遅れて樹も立ち上がり、歩き始める。
「何処に行くの?」
その声に不安はなさそうだった。
ただ疑問に思った事を口にしただけ、という感じだった。
「シャワー室。お前、そのままだったら絶対風邪引くからな」
「森村くんも一緒に?」
「…何だよ。俺がいたら迷惑かよ?」
「ううん、嬉しいよ?ただ…やっぱり面倒見がいいんだなぁって」
おかしそうに口元に手を当てて笑う樹を、俺は睨み付けた。
「悪かったな、お節介野郎で」
「お節介なんて一言も言ってないし」
「変わらねぇよ。…ま、別に構わないさ。このままお前に風邪なんか引かれたらばつが悪いからな」
また笑い声が聞こえた。
振り返らなかったから樹がどんな顔して笑っているのか分からなかったけど、きっと優しい顔で笑ってたんだろうと思う。
二人の足音だけが廊下に響いて。
雨の歌姫の手を引きながら。
こんな雨の日も、たまには悪くないと思った。
こんな事、お前に言ったらお前はまた口元に手を当てて笑うんだろう。
昔の俺達の関係ではなくなってしまったけれど。
あの笑顔が見られるなら、それはそれで構わないような気がする。
俺はどうして手の届かない歌姫に恋をしてしまったんだろうな。
こっちの方がよっぽど笑えるのに、お前はきっと辛そうな顔をするだろうから。
だから教えてやらない。
お前には優しい歌だけが似合うから──
《終》