理想と現実のはざまで
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僕の言葉に奏多さんは勢いよく首を左右に振る。
その仕草はまるで小動物のようだった。
「駄目です。髪、切っちゃ駄目です!」
そう言った後で僕の隣に座っていた奏多さんはそろそろと腕を伸ばし、僕の蜂蜜色の髪に触れてくる。
髪に感覚など無いはずなのに、彼女が触れている部分が何となくくすぐったかった。
「弁慶さんの髪、すごく綺麗で…私、大好きなんです。触ると柔らかくて気持ちいいし……だから切らないで下さい」
懇願するような眼差しで訴えかけられて、僕は溜め息と共に苦笑いを浮かべる。
奏多さんは僕のその行動の意図が掴めずにきょとんとしている。
君は本当にずるい。
そんな可愛らしい顔でお願いされてしまったら断れる訳がない。
君が悲しい顔をするのが目に見えているのに、その願いを無碍にできるはずもない。
「君の願いなら、僕は髪を切らずにいますよ。君が褒めてくれた髪をみすみす手放すのは惜しいですからね」
僕が言うと、奏多さんは安心したようにふわりと笑った。
「じゃあ僕からもお願いです。奏多さんもその美しい真珠色の髪は切らないで下さいね?僕のお気に入りですから」
「はい。私も自分の髪は好きだから切ったりしませんよ」
ますます幸せそうに微笑む奏多さんの髪に僕もそっと手を伸ばす。
僕よりもずっと細く縺れのない髪に、何より君自身に、愛しさを感じずにはいられない。
まだ全てが終わりを告げた訳ではないけれど。
願わくば、この穏やかな時が、少しでも続きますように──
《終》