あなたは私を知らなくても
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奏多一人には広すぎるこの家の中で、部屋の中は彼女の家族たちが生きていた頃と同じままで残されていたから。
唯一変化を遂げるのは奏多の部屋だけだ。
彼女の居場所は其処だけだったから。
階段をゆっくりと音もなく上り、右の突き当たりの部屋が奏多の部屋だった。
そしてその隣の部屋が今は亡き兄の部屋だと聞いたことがある。
迷わずに九郎は奏多の部屋のドアをノックする。
中の様子を伺うように控えめに。
「奏多?」
呼びかけても見るものの、中から返事は一向に返ってくる気配がない。
九郎はそっとドアノブに手を伸ばし、左に回す。
鍵がかかっている気配はなく、ドアはすんなりと開いた。
電気が消され、カーテンも閉められたままの薄暗い部屋。
部屋の中央に置かれたガラステーブルの上に置かれたままの飲みかけのすっかり冷えた紅茶。
人の気配が一瞬感じられなくて、九郎は背筋がぞっとした。
だが部屋を見回してから、奏多が確かにその部屋にいることに気づく。
少し膨らみのある布団。
小さく上下するそれに、九郎はそっとベッドに近づく。
「奏多……?」
返事はなかったが、確かに奏多はそこにいた。
小さく子猫のように丸まって布団に包まって眠っている。
枕に散らばる細く長い真珠色の髪に、九郎は起こしてしまわないように軽く触れた。
そして気づかずにはいられなかった。
奏多の頬がうっすらと濡れていることに。
堅く閉じられた瞼と、引き結ばれた唇。
乾ききらぬ涙の筋に、九郎はいたたまれない感情を抱いた。
誰にも話さずに奏多が自分のうちに閉じ込めようとする秘密が何なのか。
知りたいと思わずにはいられなかった。