アルバ・メイラ
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街はひんやりとした夜特有の、冷たさで満ちているように思えた。
遠くに聞こえる人々の喧騒。時折通り過ぎていく車のエンジン音。まばらに、ぽつりぽつりと見える人影はきっと家族の待つ家へと向かっているのだろう。急いでいるでもない、けれどゆっくりでもないテンポで響く足音。
春先とはいえ、夜の空気はまだ少し肌寒い。
そんな中をふらりふらりと歩く人影を──探していた相手を、ようやく見つけてアルバはほっと息をついた。
「まったく──手のかかる」
呆れたような響きと優しい響きの二つを滲ませてそう呟くと、アルバは紫の後を追いかけるために少しだけ歩調を速めた。ビルとビルの間の脇道に入ったところで、白い細身のドレスを身に纏った背中に言葉をかける。
「迎えに行くから待っていろと言った筈だが」
不思議な顔をして振り返った紫に歩み寄り視線を落とせば、彼女のドレスは首から肩までが露になるデザインのものだった。似合ってはいるがこの服装で、パーティ会場から一人でふらふらと歩いてきたのかと思うといささか心臓に悪い。
「──歩ける距離だったし。気分よかったのよ、やっと提携契約とれて仕事も一段落したし」
「日本に戻るのか?」
紫の右手からドレスと同じ色のストールをぬきとり、ふわりと肩にかけてやりながら──平静を装いながら、問いかける。
声が、口調が少しだけ機械的になったことに彼女は気づいてしまっただろうか。そんなふうに思いながら、けれど表情はいつものままで、答えを待つ。
「いろいろ直で報告しなきゃならないこともあるから一度は戻るけど。今後は日本の本社と提携先の間に入るからまたすぐ戻ってくるわよ」
ストールの前を合わせて、紫は穏やかに笑う。
「──だから、そんな顔しないで」
彼女と自分の関係は、はっきりと名前を付けられるようなものではない。今は、まだ。
それらしい行動は取ってきた。紫もアルバの気持ちを察してはいるだろう。アルバが紫の気持ちを察しているのと同じように。
はっきりしない関係なりに、少しずつ縮められるその距離感は、そのスピードは、二人にとって心地よいものだった。
「どんな顔だろうな。自分では見えない」
「見えない方がきっといいわ」
冗談めいた口調で言うと、紫は斜めに視線を落としてアルバから目を逸らそうとした。
何故、そうしたのかは分からない。
けれど次の瞬間、アルバの両手は紫の頬を包み込んでいた。
「君は変わらないな」
「戻ってくるって言ってるでしょ。そんな深刻になるようなことじゃないわよ」
頬を包みこんだその手の上から、紫の細い指先が触れる──その手を捕まえて。そして自分はどうしたいのだろう。
ゆっくりと、一歩一歩縮められる距離は心地よかった。
けれどそれは、大切な存在がごくごく近くにあるからこそだ。
きっと踏み出せば、自分のものにすることは出来る。多少の抵抗はあるかもしれない。けれど紫はアルバという存在を最後まで拒み切れはしない。その程度の自信はある。
「好きにすればいいわアルバ。選択権はアンタにあげる」
心を見透かしたように、紫は困ったような笑顔で言った。
それは、彼女にとっては最大限の譲歩だ。
一度こうと決めたら意志を曲げようとはしない彼女が、己のことに関する選択を他者に委ねることにどれほどの勇気がいるのだろう。
つまり、その程度には、大切に思っているという──遠まわしな意思表示。
そこまで悟り、アルバは赤いサングラスの奥の目を細めた。
多くは望まない。
ストールの上から、アルバはごくごく近くにあった紫の体を抱きしめる。腕の中で小さく身動ぎこそするものの、抵抗はなかった。
この速度でいい。
「このまま連れ帰って、二度と部屋から出さないと言うかもしれない。それでも私に選択を委ねると?」
「だって、アルバそんなこと言わないし」
「それは君が私を知らないだけかもしれない」
「日本まで着いてきてって、私が言うと思う?」
「君は言わないな──言わせてはみたいが」
「それは、アルバが私を知らないだけかもしれないわよ」
少しだけ得意そうな顔をして、紫がアルバを見上げた。
そんな我侭を言われたところで、アルバがサウスタウンを離れられないことを紫は分かっている。だから彼女は何も言わない。否──アルバがもし、サウスタウンのキングと称される人物でなかったとしても、きっと彼女は何も言わない。
その程度に自分は紫のことを知り、彼女は自分のことを知る。そういうことなのだ。
「──大人しく待つさ。今は」
仕方ない、と呟きつつ続けると紫はくすくすと笑いながらこつんと、アルバの肩に額をくっつける。
「だから、せいぜい何週間とかその程度なんだからそんな深刻になるようなことじゃないって言ってるでしょ」
「君は少し警戒心がなさすぎるからな」
「そうでもないわよ」
「そう思ってるのは君だけだ──だからこそ、君はここにいるべきだと思うんだが。なかなか上手くいかないものだ」
目を閉じて、紫を抱いた手に少しだけ力を込めて。
この温もりが、どこかに逃げてしまわないように。少しだけ祈って。
「ここって何処? この国? それともアルバの手の届くところって意味?」
「そこまで贅沢でもなければ、そこまで君の自由を制限するつもりもないが」
「じゃあどういう意味よ?」
両方の肩に置かれる紫の手の重み。少しだけ体を離して、首を傾げて問いかけてくる紫の様子はどこか子供じみている。
てきぱきと仕事をこなして、たとえ余裕がなかろうとも余裕のあるフリだけは上手くて、洗練された大人の気配を纏っていると思えば、時折こうして子供のように幼いところを見せる。全てが計算の上なのだとしたらタチが悪いことこの上ないが、計算だろうとそうでなかろうと、結局何も変わりはしないのだろう。
自分が、囚われているという事実は何ら変わらない。
「私の目の届くところに、いるべきだという意味だ──そして時々でいい」
いつもでなくてもいい。
耳元で、小さく囁くのは切なる願いか。
「時々でいい、笑ってくれれば──それで今は我慢しよう」
紫は少しだけ考える。
「今は、ね」
確認するような彼女の言葉にアルバが頷きながら、同じ言葉を返す。
「今は、だ」
今は、この速度を。
この心地よい距離感を。
そして今この瞬間のこの温もりを、あと少し。
あと少しだけ。
遠くに聞こえる人々の喧騒。時折通り過ぎていく車のエンジン音。まばらに、ぽつりぽつりと見える人影はきっと家族の待つ家へと向かっているのだろう。急いでいるでもない、けれどゆっくりでもないテンポで響く足音。
春先とはいえ、夜の空気はまだ少し肌寒い。
そんな中をふらりふらりと歩く人影を──探していた相手を、ようやく見つけてアルバはほっと息をついた。
「まったく──手のかかる」
呆れたような響きと優しい響きの二つを滲ませてそう呟くと、アルバは紫の後を追いかけるために少しだけ歩調を速めた。ビルとビルの間の脇道に入ったところで、白い細身のドレスを身に纏った背中に言葉をかける。
「迎えに行くから待っていろと言った筈だが」
不思議な顔をして振り返った紫に歩み寄り視線を落とせば、彼女のドレスは首から肩までが露になるデザインのものだった。似合ってはいるがこの服装で、パーティ会場から一人でふらふらと歩いてきたのかと思うといささか心臓に悪い。
「──歩ける距離だったし。気分よかったのよ、やっと提携契約とれて仕事も一段落したし」
「日本に戻るのか?」
紫の右手からドレスと同じ色のストールをぬきとり、ふわりと肩にかけてやりながら──平静を装いながら、問いかける。
声が、口調が少しだけ機械的になったことに彼女は気づいてしまっただろうか。そんなふうに思いながら、けれど表情はいつものままで、答えを待つ。
「いろいろ直で報告しなきゃならないこともあるから一度は戻るけど。今後は日本の本社と提携先の間に入るからまたすぐ戻ってくるわよ」
ストールの前を合わせて、紫は穏やかに笑う。
「──だから、そんな顔しないで」
彼女と自分の関係は、はっきりと名前を付けられるようなものではない。今は、まだ。
それらしい行動は取ってきた。紫もアルバの気持ちを察してはいるだろう。アルバが紫の気持ちを察しているのと同じように。
はっきりしない関係なりに、少しずつ縮められるその距離感は、そのスピードは、二人にとって心地よいものだった。
「どんな顔だろうな。自分では見えない」
「見えない方がきっといいわ」
冗談めいた口調で言うと、紫は斜めに視線を落としてアルバから目を逸らそうとした。
何故、そうしたのかは分からない。
けれど次の瞬間、アルバの両手は紫の頬を包み込んでいた。
「君は変わらないな」
「戻ってくるって言ってるでしょ。そんな深刻になるようなことじゃないわよ」
頬を包みこんだその手の上から、紫の細い指先が触れる──その手を捕まえて。そして自分はどうしたいのだろう。
ゆっくりと、一歩一歩縮められる距離は心地よかった。
けれどそれは、大切な存在がごくごく近くにあるからこそだ。
きっと踏み出せば、自分のものにすることは出来る。多少の抵抗はあるかもしれない。けれど紫はアルバという存在を最後まで拒み切れはしない。その程度の自信はある。
「好きにすればいいわアルバ。選択権はアンタにあげる」
心を見透かしたように、紫は困ったような笑顔で言った。
それは、彼女にとっては最大限の譲歩だ。
一度こうと決めたら意志を曲げようとはしない彼女が、己のことに関する選択を他者に委ねることにどれほどの勇気がいるのだろう。
つまり、その程度には、大切に思っているという──遠まわしな意思表示。
そこまで悟り、アルバは赤いサングラスの奥の目を細めた。
多くは望まない。
ストールの上から、アルバはごくごく近くにあった紫の体を抱きしめる。腕の中で小さく身動ぎこそするものの、抵抗はなかった。
この速度でいい。
「このまま連れ帰って、二度と部屋から出さないと言うかもしれない。それでも私に選択を委ねると?」
「だって、アルバそんなこと言わないし」
「それは君が私を知らないだけかもしれない」
「日本まで着いてきてって、私が言うと思う?」
「君は言わないな──言わせてはみたいが」
「それは、アルバが私を知らないだけかもしれないわよ」
少しだけ得意そうな顔をして、紫がアルバを見上げた。
そんな我侭を言われたところで、アルバがサウスタウンを離れられないことを紫は分かっている。だから彼女は何も言わない。否──アルバがもし、サウスタウンのキングと称される人物でなかったとしても、きっと彼女は何も言わない。
その程度に自分は紫のことを知り、彼女は自分のことを知る。そういうことなのだ。
「──大人しく待つさ。今は」
仕方ない、と呟きつつ続けると紫はくすくすと笑いながらこつんと、アルバの肩に額をくっつける。
「だから、せいぜい何週間とかその程度なんだからそんな深刻になるようなことじゃないって言ってるでしょ」
「君は少し警戒心がなさすぎるからな」
「そうでもないわよ」
「そう思ってるのは君だけだ──だからこそ、君はここにいるべきだと思うんだが。なかなか上手くいかないものだ」
目を閉じて、紫を抱いた手に少しだけ力を込めて。
この温もりが、どこかに逃げてしまわないように。少しだけ祈って。
「ここって何処? この国? それともアルバの手の届くところって意味?」
「そこまで贅沢でもなければ、そこまで君の自由を制限するつもりもないが」
「じゃあどういう意味よ?」
両方の肩に置かれる紫の手の重み。少しだけ体を離して、首を傾げて問いかけてくる紫の様子はどこか子供じみている。
てきぱきと仕事をこなして、たとえ余裕がなかろうとも余裕のあるフリだけは上手くて、洗練された大人の気配を纏っていると思えば、時折こうして子供のように幼いところを見せる。全てが計算の上なのだとしたらタチが悪いことこの上ないが、計算だろうとそうでなかろうと、結局何も変わりはしないのだろう。
自分が、囚われているという事実は何ら変わらない。
「私の目の届くところに、いるべきだという意味だ──そして時々でいい」
いつもでなくてもいい。
耳元で、小さく囁くのは切なる願いか。
「時々でいい、笑ってくれれば──それで今は我慢しよう」
紫は少しだけ考える。
「今は、ね」
確認するような彼女の言葉にアルバが頷きながら、同じ言葉を返す。
「今は、だ」
今は、この速度を。
この心地よい距離感を。
そして今この瞬間のこの温もりを、あと少し。
あと少しだけ。
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