アルバ・メイラ
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どうしよう、やはり座るべきではなかった。
あくまで表向きはただただ何気なく昼食のサンドイッチをぱくついている姿を──何も何一つとして他意などないふうを装いながら、紫は目の前の人物の探るような視線から逃れる方法を模索していた。
テーブルの上には、紫が注文したミックスサンドと甘いカフェモカ。反対側にはアルバが注文したコーヒー。
そしてそのほぼ中央とおぼしき位置に置かれている、白い封筒。
さあどうする、と紫は思考をフル回転させていた。残るミックスサンドはあと一切れ。その間だけをなんとかやりすごし、にこやかに相席してくれてどうもありがとう、と礼を言いつつこの場を立ち去ることができれば紫の勝ちだ。
白い封筒は明るい太陽の下で、目に痛い程の美しさと眩しさとを持って視界に映り込むが、紫は見えないふりを貫いていた。
そう、負けてはいけない。
これは負けることができない戦いだ。
これ以上、このアルバ・メイラという男に弱みを握られる訳にはいかないのだ。
昼間のカフェは平和に穏やかな時が流れている。
コーヒーの香りとそれぞれの席で談笑する人々──そのどれもが、目に映る光景全てがどこか別世界の出来事のように感じられる。まるで現実感がない。ただただ今の紫と現実とを繋ぐものがあるのだとすれば、それはやはりテーブルの向こう側に座るアルバという存在なのかもしれない。
決死の覚悟で、紫はミックスサンドの最後の一切れに手を伸ばす。
そしてそれを見計らったかのタイミングで、アルバが口を開いた。
「最近手紙で告白されたんだが」
「……へー。それはそれは相変わらずおモテになることで……」
思わず伸ばした手が止まってしまったが、それでもなるべく平静を装ってそう切り返す。だが全く平静を装えてはいない気もする。
ああどうしよう。
酔った勢いとはいえあんなことをしでかした昨夜の自分を磔にしてやりたい。
否──脳内では既に何度となく実行しているがいかんせん、そうしたところで自分の仕出かした事実が抹消される訳でもない。
だが、だがまだ望みはある。
紫はそう自分を励ました。
確かに昨夜、舞と飲み歩いた末に酔っ払った紫は好きですとだけ綴った短い手紙を、アルバの部屋のドアの隙間に差し入れた。その場に素面の自分がいたらどんなえげつない手段を用いてでも制止したに違いないだろうが、生憎とそれは実行されてしまった。
起きてしまった悲劇はもはや現実なのだ。ならば最善の手をもってこれ以上の悲劇を防がねばならない。
希望はあるのだ。
何故なら紫はその手紙に名前を書いてはいないのだから。
それどころか手紙の送り主を特定できるような情報は、何一つとして書いてはいない筈だ。
「ところでその手紙の件なんだが、送り主は君だろう、紫」
「馬鹿じゃないの。おめでたいにも程があるわよ」
また思わず手が止まってしまった。
様子を伺うようなアルバの視線を感じながら、紫はふいとそっぽを向く。
ここで負ける訳にはいかない。
思いを告げるのは自分からであってはならない。思われた方が勝ちなのだ。恋愛で絶対的に有利に立ちたいならば、相手に告白させるのよ! という昨日の舞の言葉が二日酔いの頭痛を伴って脳裏にがんがんと響く。
かちゃり、とコーヒーカップをおいた音。
見透かされているような、そして獲物を見つけたような、その眼差し。
「私だって確信がなければこんなことは言わないさ」
「へーぇ。とにかく、私は知らないわよ。それにその手紙の主つきとめてどうしようってのよ。名前も書いてなかったんでしょ?」
「──ああ」
「ならそれは、知られたくなかったってことなんじゃないの? あえて追求する必要がどこにあるの?」
「必要はないかもしれないが、個人的興味として気になるだろう?」
「案外趣味悪いのね……」
「そんなことはどうでもいい。で──この手紙の送り主だが、君だろう?」
「話になんないわね」
これ以上この場にいるのは危険すぎた。
紫は音を立てて椅子から立ち上がる。そう──このまま立ち去ってしまえばいい。
これで逃げ切れる。
「…………」
歩き出そうとしたその時、座ったままのアルバが紫の手首を掴み引き止める。
斜めに、立ち上がった紫を見上げる赤いサングラスの奥の目は、言葉にはせずとも逃がさないと告げていた。
「確信があると言ったろう?」
「聞きましょ」
観念、するしかない。
おそらくアルバは紫を逃がしてはくれない。
隠し続けたこの思いも、きっとすぐに白状させられてしまうだろう。
アルバは手首を掴んだのとは別の手で、白い封筒を人差し指を中指の間に挟むようにして持つと、それを自分の鼻先でくるりと翻す。
「君の香水と同じ香りだ」
「──降参するわ」
「では、ゆっくり聴かせてもらうとしようか。この手紙の続きを」
「……せめて場所変えてもらせませんか……」
昼間のカフェで愛の告白は流石に周囲の視線が痛い。
アルバは紫の手首を掴んだままで立ち上がった。エスコートするように半歩後ろから紫を促して歩き出す。
観念したらしい紫の耳元に、小さく囁いた。
「君が望むならば、何処へでも──」
あくまで表向きはただただ何気なく昼食のサンドイッチをぱくついている姿を──何も何一つとして他意などないふうを装いながら、紫は目の前の人物の探るような視線から逃れる方法を模索していた。
テーブルの上には、紫が注文したミックスサンドと甘いカフェモカ。反対側にはアルバが注文したコーヒー。
そしてそのほぼ中央とおぼしき位置に置かれている、白い封筒。
さあどうする、と紫は思考をフル回転させていた。残るミックスサンドはあと一切れ。その間だけをなんとかやりすごし、にこやかに相席してくれてどうもありがとう、と礼を言いつつこの場を立ち去ることができれば紫の勝ちだ。
白い封筒は明るい太陽の下で、目に痛い程の美しさと眩しさとを持って視界に映り込むが、紫は見えないふりを貫いていた。
そう、負けてはいけない。
これは負けることができない戦いだ。
これ以上、このアルバ・メイラという男に弱みを握られる訳にはいかないのだ。
昼間のカフェは平和に穏やかな時が流れている。
コーヒーの香りとそれぞれの席で談笑する人々──そのどれもが、目に映る光景全てがどこか別世界の出来事のように感じられる。まるで現実感がない。ただただ今の紫と現実とを繋ぐものがあるのだとすれば、それはやはりテーブルの向こう側に座るアルバという存在なのかもしれない。
決死の覚悟で、紫はミックスサンドの最後の一切れに手を伸ばす。
そしてそれを見計らったかのタイミングで、アルバが口を開いた。
「最近手紙で告白されたんだが」
「……へー。それはそれは相変わらずおモテになることで……」
思わず伸ばした手が止まってしまったが、それでもなるべく平静を装ってそう切り返す。だが全く平静を装えてはいない気もする。
ああどうしよう。
酔った勢いとはいえあんなことをしでかした昨夜の自分を磔にしてやりたい。
否──脳内では既に何度となく実行しているがいかんせん、そうしたところで自分の仕出かした事実が抹消される訳でもない。
だが、だがまだ望みはある。
紫はそう自分を励ました。
確かに昨夜、舞と飲み歩いた末に酔っ払った紫は好きですとだけ綴った短い手紙を、アルバの部屋のドアの隙間に差し入れた。その場に素面の自分がいたらどんなえげつない手段を用いてでも制止したに違いないだろうが、生憎とそれは実行されてしまった。
起きてしまった悲劇はもはや現実なのだ。ならば最善の手をもってこれ以上の悲劇を防がねばならない。
希望はあるのだ。
何故なら紫はその手紙に名前を書いてはいないのだから。
それどころか手紙の送り主を特定できるような情報は、何一つとして書いてはいない筈だ。
「ところでその手紙の件なんだが、送り主は君だろう、紫」
「馬鹿じゃないの。おめでたいにも程があるわよ」
また思わず手が止まってしまった。
様子を伺うようなアルバの視線を感じながら、紫はふいとそっぽを向く。
ここで負ける訳にはいかない。
思いを告げるのは自分からであってはならない。思われた方が勝ちなのだ。恋愛で絶対的に有利に立ちたいならば、相手に告白させるのよ! という昨日の舞の言葉が二日酔いの頭痛を伴って脳裏にがんがんと響く。
かちゃり、とコーヒーカップをおいた音。
見透かされているような、そして獲物を見つけたような、その眼差し。
「私だって確信がなければこんなことは言わないさ」
「へーぇ。とにかく、私は知らないわよ。それにその手紙の主つきとめてどうしようってのよ。名前も書いてなかったんでしょ?」
「──ああ」
「ならそれは、知られたくなかったってことなんじゃないの? あえて追求する必要がどこにあるの?」
「必要はないかもしれないが、個人的興味として気になるだろう?」
「案外趣味悪いのね……」
「そんなことはどうでもいい。で──この手紙の送り主だが、君だろう?」
「話になんないわね」
これ以上この場にいるのは危険すぎた。
紫は音を立てて椅子から立ち上がる。そう──このまま立ち去ってしまえばいい。
これで逃げ切れる。
「…………」
歩き出そうとしたその時、座ったままのアルバが紫の手首を掴み引き止める。
斜めに、立ち上がった紫を見上げる赤いサングラスの奥の目は、言葉にはせずとも逃がさないと告げていた。
「確信があると言ったろう?」
「聞きましょ」
観念、するしかない。
おそらくアルバは紫を逃がしてはくれない。
隠し続けたこの思いも、きっとすぐに白状させられてしまうだろう。
アルバは手首を掴んだのとは別の手で、白い封筒を人差し指を中指の間に挟むようにして持つと、それを自分の鼻先でくるりと翻す。
「君の香水と同じ香りだ」
「──降参するわ」
「では、ゆっくり聴かせてもらうとしようか。この手紙の続きを」
「……せめて場所変えてもらせませんか……」
昼間のカフェで愛の告白は流石に周囲の視線が痛い。
アルバは紫の手首を掴んだままで立ち上がった。エスコートするように半歩後ろから紫を促して歩き出す。
観念したらしい紫の耳元に、小さく囁いた。
「君が望むならば、何処へでも──」
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