アルバ・メイラ
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「アルバ──?」
驚きはしたものの、かといって抱きしめられたくらいで大騒ぎするほど初心でもなく。
紫を後ろから抱きしめる力は、多少抵抗したところで到底振りほどけそうにもない。もっとも相手はKOFを若くして制し、サウスタウンのキングとなった男なのだ。所詮格闘やらとは無縁の場所で生きている紫に抵抗しきることなど出来る筈もない。
ドアノブの冷たい感触。視線を上げれば開きかけた僅か10センチ程度のドアの隙間から、暗い室内の様子が見て取れる。
さてどうしたものかと、紫はドアを閉めながら頭を悩ませる。
この弁も立つし頭も切れる男を言いくるめるのは、きっと至難の業だ。
アルバが理性を見失うタイプではないことは知っている。
だとすれば──。
なに企んでるんだか、この男は。
ため息混じりにそんなふうに呟きたい衝動をこらえ、紫は渋々、諦めたようにドアを閉めた。
どのくらいそうしていたのだろう。
時計を見るほどの自由もなく、長いようにも、そして短いようにも感じられる不思議な時間の流れの中で、紫は小さく吐息をついた。
「いつまでもこうしてる訳にもいかないでしょ、アルバ」
「────」
返事の代わりに返ってきたのは、小さな囁きだった。
低く艶のある声が、時折掠れつつ異国の言葉を囁く。時に長く、そしてときには小さな単語らしきものを。
「それ、もしかしてドイツ語?」
「ああ──」
肩に回されていた手に、紫は自分の手をそっと重ねた。
逃げられやしない。
そしてきっとこの男も、逃がすつもりなどない。
勝算がないのに動くような男ではないのだ。
だからといって黙ってもいられない。
「この体勢でコレを切り出すのは非常に申し訳ないいんですがアルバさん……実はワタクシ、ドイツ語はさっぱりで……」
「分かってる。そもそも君がドイツ語に流暢だったら、きっと私と出会ってはいないだろうからな」
「まあねぇ。仕事絡みで、ドイツ語できる人を紹介してって舞に泣きついたんだけど正解だったわ。アルバ来てくれると楽に商談まとまるのよね」
「ならそろそろ報酬の一つも貰ってもいい頃だと思うが?」
「うーん。困ったわねぇ」
会話の端々で、耳元に響くドイツ語の言葉の数々。
「紫──」
「なに?」
「分からないフリもいいが、私はこれ以上譲歩するつもりはないんだが」
「あら、バレてた?」
勝算はこれかと紫は納得する。
確かに流暢にドイツ語を話すことも、聞き取ることも得意ではない。
だからといって全く分からないという訳でもない。
するりと、抱きしめていたその手が解かれると紫はくるりとアルバに向き直った。
「私からなんて、絶対言ってやらないわよ」
「強情だな君も」
「お互い様でしょ」
初めて会ったその時に、紫は思った。
自分はこの男を手に入れずにはいられないだろうと。
けれどこの若きキングに群がる女どもと同じになることを、紫は己に許そうとは思わなかった。
だからこそ。
思わせぶりに見つめては視線を逸らし続け。
何かを渡す時にはあえて指先を触れさせ。
小さな罠を幾つも張ってただただ待ち続けた。
アルバの手が紫の頬へと伸ばされる──紫はくるりとそれを避けるようにして身を翻した。
まだ決定的な言葉を得られていない。
ここで妥協なんてすることはできない。
この赤い悪魔を、身も心も全て自分のものとするには、まだ足りない。
「──おやすみなさい、アルバ。今日は送ってくれてありがとね」
アルバは紫の思いを知ってか知らずか、赤いサングラスの奥の眼差しを不敵に輝かせつつそれでも言葉を返す。
「ああ、おやすみ紫」
隣の部屋、つまりアルバと弟のソワレが日々の生活を営んでいる場所へと戻ると、既にソワレが帰宅しているようだった。
外からこの部屋を見上げたとき、確か明りはついていなかった。つまりソワレが戻ったのもついさっきなのだろう。
「帰ってたのか。その割に静かだったな──」
アルバが帰宅すれば、ばたばたと大型犬よろしく出迎えに出るソワレが、今日に限っては何事か言いたそうな神妙な顔をしている。
「どうした?」
「いや……兄貴はいっつもあんな恥ずかしいこといってんのかなーと」
「盗み聞きはどうかと思うぞ」
「帰したくねーだとかずっとこーしてたいとか随分口説いてたみたいだけどさー、紫ドイツ語わかんねーって言ってたぜ」
どうやらソワレが聞いていたのはごくごく一部だけらしい。
まあ実の兄が女を必死に口説いているところを見ても、居心地が悪いだけだろうが。
「ちゃんと分かるよーに口説かねーと、どっかの誰かに掻っ攫われるぜ」
「ソワレ、お前には私がそんな間抜けに見えるのか?」
「どっちかってゆーと狙ったらもう絶対逃がさないタイプだよな兄貴……」
「勿論だ」
誰とも違っていた。
今まで近づいてきた女たちの誰とも、彼女だけが違っていた。
KOF優勝者、サウスタウンの若きキング。
アルバがそれらのものを得て、媚を売ってくる女たちの数は格段に増えた。別にそんなものを欲した訳でもなく、自分はただただ、この街を守りたかっただけなのだ。
それでも彼女だけは何一つとして変わることなく、相変わらず毎日仕事に明け暮れている。
『アルバのおかげで、最近この町でも仕事しやすくなったわ』
自分が守りたかったのはきっと、そんな他愛もない日常だ。
自分が欲していたのは、きっと紫が与えてくれたようなささやかな言葉だ。
彼女が罠を張り巡らせ、アルバの言葉を待っているのは悟っていた。
だからこそ、あえて罠を踏むことなどしない。
「意地の張り合い、だな」
それでも。
紫が望むように。
アルバもまた望んでいるだけなのだ。ただただひたすらに。
いつか、彼女が恋の言葉を紡ぐのを。
罠を踏むことなくその手前でただ立ち尽くし。
その時を、待っている──。
驚きはしたものの、かといって抱きしめられたくらいで大騒ぎするほど初心でもなく。
紫を後ろから抱きしめる力は、多少抵抗したところで到底振りほどけそうにもない。もっとも相手はKOFを若くして制し、サウスタウンのキングとなった男なのだ。所詮格闘やらとは無縁の場所で生きている紫に抵抗しきることなど出来る筈もない。
ドアノブの冷たい感触。視線を上げれば開きかけた僅か10センチ程度のドアの隙間から、暗い室内の様子が見て取れる。
さてどうしたものかと、紫はドアを閉めながら頭を悩ませる。
この弁も立つし頭も切れる男を言いくるめるのは、きっと至難の業だ。
アルバが理性を見失うタイプではないことは知っている。
だとすれば──。
なに企んでるんだか、この男は。
ため息混じりにそんなふうに呟きたい衝動をこらえ、紫は渋々、諦めたようにドアを閉めた。
どのくらいそうしていたのだろう。
時計を見るほどの自由もなく、長いようにも、そして短いようにも感じられる不思議な時間の流れの中で、紫は小さく吐息をついた。
「いつまでもこうしてる訳にもいかないでしょ、アルバ」
「────」
返事の代わりに返ってきたのは、小さな囁きだった。
低く艶のある声が、時折掠れつつ異国の言葉を囁く。時に長く、そしてときには小さな単語らしきものを。
「それ、もしかしてドイツ語?」
「ああ──」
肩に回されていた手に、紫は自分の手をそっと重ねた。
逃げられやしない。
そしてきっとこの男も、逃がすつもりなどない。
勝算がないのに動くような男ではないのだ。
だからといって黙ってもいられない。
「この体勢でコレを切り出すのは非常に申し訳ないいんですがアルバさん……実はワタクシ、ドイツ語はさっぱりで……」
「分かってる。そもそも君がドイツ語に流暢だったら、きっと私と出会ってはいないだろうからな」
「まあねぇ。仕事絡みで、ドイツ語できる人を紹介してって舞に泣きついたんだけど正解だったわ。アルバ来てくれると楽に商談まとまるのよね」
「ならそろそろ報酬の一つも貰ってもいい頃だと思うが?」
「うーん。困ったわねぇ」
会話の端々で、耳元に響くドイツ語の言葉の数々。
「紫──」
「なに?」
「分からないフリもいいが、私はこれ以上譲歩するつもりはないんだが」
「あら、バレてた?」
勝算はこれかと紫は納得する。
確かに流暢にドイツ語を話すことも、聞き取ることも得意ではない。
だからといって全く分からないという訳でもない。
するりと、抱きしめていたその手が解かれると紫はくるりとアルバに向き直った。
「私からなんて、絶対言ってやらないわよ」
「強情だな君も」
「お互い様でしょ」
初めて会ったその時に、紫は思った。
自分はこの男を手に入れずにはいられないだろうと。
けれどこの若きキングに群がる女どもと同じになることを、紫は己に許そうとは思わなかった。
だからこそ。
思わせぶりに見つめては視線を逸らし続け。
何かを渡す時にはあえて指先を触れさせ。
小さな罠を幾つも張ってただただ待ち続けた。
アルバの手が紫の頬へと伸ばされる──紫はくるりとそれを避けるようにして身を翻した。
まだ決定的な言葉を得られていない。
ここで妥協なんてすることはできない。
この赤い悪魔を、身も心も全て自分のものとするには、まだ足りない。
「──おやすみなさい、アルバ。今日は送ってくれてありがとね」
アルバは紫の思いを知ってか知らずか、赤いサングラスの奥の眼差しを不敵に輝かせつつそれでも言葉を返す。
「ああ、おやすみ紫」
隣の部屋、つまりアルバと弟のソワレが日々の生活を営んでいる場所へと戻ると、既にソワレが帰宅しているようだった。
外からこの部屋を見上げたとき、確か明りはついていなかった。つまりソワレが戻ったのもついさっきなのだろう。
「帰ってたのか。その割に静かだったな──」
アルバが帰宅すれば、ばたばたと大型犬よろしく出迎えに出るソワレが、今日に限っては何事か言いたそうな神妙な顔をしている。
「どうした?」
「いや……兄貴はいっつもあんな恥ずかしいこといってんのかなーと」
「盗み聞きはどうかと思うぞ」
「帰したくねーだとかずっとこーしてたいとか随分口説いてたみたいだけどさー、紫ドイツ語わかんねーって言ってたぜ」
どうやらソワレが聞いていたのはごくごく一部だけらしい。
まあ実の兄が女を必死に口説いているところを見ても、居心地が悪いだけだろうが。
「ちゃんと分かるよーに口説かねーと、どっかの誰かに掻っ攫われるぜ」
「ソワレ、お前には私がそんな間抜けに見えるのか?」
「どっちかってゆーと狙ったらもう絶対逃がさないタイプだよな兄貴……」
「勿論だ」
誰とも違っていた。
今まで近づいてきた女たちの誰とも、彼女だけが違っていた。
KOF優勝者、サウスタウンの若きキング。
アルバがそれらのものを得て、媚を売ってくる女たちの数は格段に増えた。別にそんなものを欲した訳でもなく、自分はただただ、この街を守りたかっただけなのだ。
それでも彼女だけは何一つとして変わることなく、相変わらず毎日仕事に明け暮れている。
『アルバのおかげで、最近この町でも仕事しやすくなったわ』
自分が守りたかったのはきっと、そんな他愛もない日常だ。
自分が欲していたのは、きっと紫が与えてくれたようなささやかな言葉だ。
彼女が罠を張り巡らせ、アルバの言葉を待っているのは悟っていた。
だからこそ、あえて罠を踏むことなどしない。
「意地の張り合い、だな」
それでも。
紫が望むように。
アルバもまた望んでいるだけなのだ。ただただひたすらに。
いつか、彼女が恋の言葉を紡ぐのを。
罠を踏むことなくその手前でただ立ち尽くし。
その時を、待っている──。
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