アッシュ・クリムゾン
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気まぐれで気位の高い猫を連想させる彼はその日、珍しく日付が変わったばかりの夜中に唐突に、そして何の前触れもなく紫の部屋にやってきた。
「アッシュ君。私明日は早番なんですが……」
お邪魔しまーすといいながらアッシュはいそいそと玄関で靴を脱ぎ、紫の返事を待たずに我が物顔でリビングへと移動している。
「ウザ……」
「アハハ。そんなの今に始まったことじゃないじゃない。いい加減諦めなヨ」
「呆れるほど前向きねー」
そう言って見たものの、紫とて本気で咎める気などさらさらない。
これはいつものように繰り返される言葉遊びの一環でしかない。
リビングのソファにごろりと横になり、すっかりくつろいだ様子のアッシュの横をすり抜けて、紫の足はごくごく自然に寝室へと向かう。そもそもアッシュの来訪で起こされてしまったものの、明日の朝に備えて既に寝ていたのだ。
アッシュの来訪を咎める気も怒る気もないが、構ってやれる余裕があるかといえば話は別だった。
「えー、紫ってばもう寝ちゃうの? ボクのこと放置?」
通りすがる紫の上着の裾を片手で掴み、ソファの上に寝転がったアッシュは空いた手で頬杖をつくとくすくすと笑いながら紫を見上げる。
「だから、明日早番なんだってば」
「知らなーい聞こえなーい」
「子供みたい」
「子供でもいいから構ってよ」
体を起こして、腰に抱きついてくるアッシュに溜息をつく。
けれどやはり、この我侭な男に自分は振り回され続けて、そして何故かそんな関係が心地よくすら感じられる。きっともう自分はとうの昔に、どこかの回路が焼けきれてしまっているのかもしれない。
「何がお望み?」
「じゃあ、寝ようか」
「ひねくれてるわねーアッシュは」
「それがボクの売りなんだよ」
細い腰を抱きしめていたアッシュの両手が、するりとパジャマの下へと滑り込み素肌をなぞる。冷え切った手の感触にか、そこから与えられる感覚にか、背筋にぞくりと不可思議な感覚が走った。
背中を撫でる手はひどく冷たく。けれどその動きは緩やかで優しく紫はいつもどうしていいかわからなくなる。
腕が、引かれた。
ぼんやりと考え事をしていた紫はさしたる抵抗もできないままに、ソファに沈められた。くすくすと耳元で笑う聞きなれた声。視界の隅に映るいたずらっぽい笑顔と、その中に僅かに見え隠れする真摯な瞳。それを見透かしていることを紫はあえていつも指摘しない。
首筋に、そして頬に落ちてくる唇の感触。
白い、白い肌。それは女の流香から見てもひどく艶かしい。
手を伸ばす、アッシュの頬に指先が届くその直前に、捉えられた。
「あーあ。またマニキュア剥げちゃってる」
「時間ないの」
「じゃあ、明日塗りなおしてあげるヨ」
「今じゃないの?」
意地悪く問うてやると、捕らえられたままの指先に、掌に、手首の内側に滑る唇。
キスを降らせながらちらりと目だけで流香を見て。
「今は、こっちが優先かな」
冷たかった指先は、いつしか熱をもっていた。
ちらりと脳裏に過った明日の仕事の予定と、残った有給の日数を思い出し、たまにはいいかと自分を納得させる。
緩やかな緩慢なその熱を伴った指先は、いつしか紫の思考を停滞させていた。けれどそれに流されてしまうことが何故か腹立たしくて、紫は最後の抵抗を試みる。無駄だと分かっていながらも。
「ねぇアッシュ、私本当はすごい器用なのよ?」
「知ってるよ」
パジャマの前ボタンはすっかり外されてしまっていた。暖めていたとはいえ部屋はまだ寒い。せめて寝室に移動したいものだが果たしてそれが許されるだろうか?
だがその前に、優しく報復を。
いつも心地よく紫を困らせる気まぐれな子猫に、優しく優しく教えてやろう。
「マニキュアだって一人ですごく綺麗に濡れるの。でも私はそれをしない──この意味が分かる?」
「モチロン」
アッシュはとても綺麗に笑った。
本当は一人で何だって出来る。けれどそれをしないのはきっと。
「紫は一人で何だってできるよね。ボクはあえて紫のできることを奪って、だから試しているんだと思うよ」
こうして、許されていることを。
この場所に在ることを、触れることを、それ以外の全てを。
時折曖昧に言葉を誤魔化して、そしてそれをもどかしく思いながらも自分たちはこうして確認する。
試し続き、許し続き。
その螺旋が、ずっと途切れることがないようにと、紫は心の中だけで何かに願った。
「アッシュ君。私明日は早番なんですが……」
お邪魔しまーすといいながらアッシュはいそいそと玄関で靴を脱ぎ、紫の返事を待たずに我が物顔でリビングへと移動している。
「ウザ……」
「アハハ。そんなの今に始まったことじゃないじゃない。いい加減諦めなヨ」
「呆れるほど前向きねー」
そう言って見たものの、紫とて本気で咎める気などさらさらない。
これはいつものように繰り返される言葉遊びの一環でしかない。
リビングのソファにごろりと横になり、すっかりくつろいだ様子のアッシュの横をすり抜けて、紫の足はごくごく自然に寝室へと向かう。そもそもアッシュの来訪で起こされてしまったものの、明日の朝に備えて既に寝ていたのだ。
アッシュの来訪を咎める気も怒る気もないが、構ってやれる余裕があるかといえば話は別だった。
「えー、紫ってばもう寝ちゃうの? ボクのこと放置?」
通りすがる紫の上着の裾を片手で掴み、ソファの上に寝転がったアッシュは空いた手で頬杖をつくとくすくすと笑いながら紫を見上げる。
「だから、明日早番なんだってば」
「知らなーい聞こえなーい」
「子供みたい」
「子供でもいいから構ってよ」
体を起こして、腰に抱きついてくるアッシュに溜息をつく。
けれどやはり、この我侭な男に自分は振り回され続けて、そして何故かそんな関係が心地よくすら感じられる。きっともう自分はとうの昔に、どこかの回路が焼けきれてしまっているのかもしれない。
「何がお望み?」
「じゃあ、寝ようか」
「ひねくれてるわねーアッシュは」
「それがボクの売りなんだよ」
細い腰を抱きしめていたアッシュの両手が、するりとパジャマの下へと滑り込み素肌をなぞる。冷え切った手の感触にか、そこから与えられる感覚にか、背筋にぞくりと不可思議な感覚が走った。
背中を撫でる手はひどく冷たく。けれどその動きは緩やかで優しく紫はいつもどうしていいかわからなくなる。
腕が、引かれた。
ぼんやりと考え事をしていた紫はさしたる抵抗もできないままに、ソファに沈められた。くすくすと耳元で笑う聞きなれた声。視界の隅に映るいたずらっぽい笑顔と、その中に僅かに見え隠れする真摯な瞳。それを見透かしていることを紫はあえていつも指摘しない。
首筋に、そして頬に落ちてくる唇の感触。
白い、白い肌。それは女の流香から見てもひどく艶かしい。
手を伸ばす、アッシュの頬に指先が届くその直前に、捉えられた。
「あーあ。またマニキュア剥げちゃってる」
「時間ないの」
「じゃあ、明日塗りなおしてあげるヨ」
「今じゃないの?」
意地悪く問うてやると、捕らえられたままの指先に、掌に、手首の内側に滑る唇。
キスを降らせながらちらりと目だけで流香を見て。
「今は、こっちが優先かな」
冷たかった指先は、いつしか熱をもっていた。
ちらりと脳裏に過った明日の仕事の予定と、残った有給の日数を思い出し、たまにはいいかと自分を納得させる。
緩やかな緩慢なその熱を伴った指先は、いつしか紫の思考を停滞させていた。けれどそれに流されてしまうことが何故か腹立たしくて、紫は最後の抵抗を試みる。無駄だと分かっていながらも。
「ねぇアッシュ、私本当はすごい器用なのよ?」
「知ってるよ」
パジャマの前ボタンはすっかり外されてしまっていた。暖めていたとはいえ部屋はまだ寒い。せめて寝室に移動したいものだが果たしてそれが許されるだろうか?
だがその前に、優しく報復を。
いつも心地よく紫を困らせる気まぐれな子猫に、優しく優しく教えてやろう。
「マニキュアだって一人ですごく綺麗に濡れるの。でも私はそれをしない──この意味が分かる?」
「モチロン」
アッシュはとても綺麗に笑った。
本当は一人で何だって出来る。けれどそれをしないのはきっと。
「紫は一人で何だってできるよね。ボクはあえて紫のできることを奪って、だから試しているんだと思うよ」
こうして、許されていることを。
この場所に在ることを、触れることを、それ以外の全てを。
時折曖昧に言葉を誤魔化して、そしてそれをもどかしく思いながらも自分たちはこうして確認する。
試し続き、許し続き。
その螺旋が、ずっと途切れることがないようにと、紫は心の中だけで何かに願った。
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