アッシュ・クリムゾン
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「あーあ。紫ってば、あーあ──……」
「出会い頭にそれってかなり失礼じゃない?」
「だってさー、せっかくボクが頭の先から爪先までカンッペキに磨きあげといてあげたのにさー、ちょっと目を離したスキにこんなになっちゃうんだもん。あー紫ってば爪も切っちゃったの信じらんないよコレ!!」
時折気まぐれに訪れて、そして気がすむとまたふいといなくなってしまう。
私もことさらに追いかけたり探したりはしない。
気まぐれな彼はまるで猫のようで。
「なんで爪切っちゃうのさ。元の形いいんだからキレイに伸ばせばカッコいいのに勿体ないなー。こないだキレーにしといてあげたでしょ」
「仕事でサンプル帳のおっもいの棚から引っ張りだそうとして爪一本折れちゃったのよ。一本だけ短いのも無様だから全部切っちゃっただけ」
「そういう時こそボクを呼びなよ。何のために番号渡してあると思ってるのさ」
「だって忙しそうだし。爪折れたくらいじゃ死なんもの」
KOF出場者の彼の活躍は私も知っていた。
どんな怪我をするかも分からない。だから彼に集中していて欲しい気持ちも確かにある。
けれど。
時折仕事で失敗して前を見ても後ろを見ても何も見えなくなったとき。
慣れている筈の一人の生活に、ふと寂しさを見出してしまったとき。
そんな時はまるで癇癪を起こしたように、折れてもいない爪を切ってしまう自分がいる。アッシュを思い声に出さず涙を流しながら爪を切る弱い自分がいることもまた確かなのだ。
こんな弱い自分を、彼に見せようとは思わないけれど。
そして聡い彼は、きっと私が何故爪を伸ばさないのかを悟ってしまっているのだろうけれど。
「ボクは紫の爪のためなら飛んでくるよ! あー髪もボサボサじゃん……キレイにしてれば美人なんだからさーもっと気を使おうよ」
「それは寝起きだから。私だって人並み程度には気を使ってるつもりなんだけど。アッシュの要求が高すぎるの」
「どこのOLだって今時爪くらいキレイにしてるよ」
「私は『仕事に忙しいOL』なの」
「まあいいけどね。ボクのいない隙に変な虫つかれても困るしさ」
あーあ、と何度も何度も残念そうに繰り返すアッシュの様子はどこか子供っぽさすら感じさせる。
アッシュは寝室のドレッサーの引き出しから、彼が何故か買ってきては勝手に補充しているマニキュアやらの道具一式を持ち出してきて、テーブル越しの真向かいに座る。
「もう虫ついてるかもしれないけど?」
意地悪をしてやりたくてそんなふうに言うと、アッシュは私の爪の形をキレイに整えながらさらりと答えた。
「別に構わないけどね、ボクは」
「にっくらしー」
「だってさー、虫なんて焼き殺して終わりじゃない? 簡単簡単。ボクはねーボクは浮気しても紫が別の男に手ぇ出したら、間違いなくそいつ殺す自信があるよ。案外独占欲強いらしくてさ」
「サイテーじゃないのそれ」
「最低でもいいよ。紫はボクが飽きるまではボクのモノなんだから」
遊びのような綱渡りのようないつ終わるのか見えないこの関係。
私の意思では二人の関係に変化を加えることすら出来なくなってしまっている。
彼がいつか私という存在に飽きて、この部屋を訪れなくなったその時が終わりだ。そしてその時私は彼を探すことも追いかけることもなく、一人の、毎日続くであろう当たり前の日常を生き続けるのだろう。時折どうにもしがたい寂しさを抱えながらも、それでもそういったものとなんとか折り合いをつけて、時折アッシュと過ごした日々を懐かしくそして僅かな痛みとともに思い出しながら生き続けるのだろう。
この広い世界で一人きりで。
「ねー紫?」
呼ばれる声にふと視線を上げると、指先はもうアッシュの手から開放されていた。
いつのまにか立ち上がったアッシュは、テーブルに片手をついてこちらに身を乗り出してきていた。
僅か数センチの距離。
もう片方の手は私の髪を優しく撫でた。
「どうしたら紫、君はさ」
薄い唇が私の瞼へと寄せられる。
こんな日々が長く続かないことを私はきっと知っている。
アッシュはもう一度呟くように言った。その声が、いつもの彼らしからぬ僅かな真摯さを含んでいたと思うのは、それはきっと私の勘違いに違いない。
期待なんてしない。
期待なんてさせないで。
「どうしたら紫は、一人で泣かなくなるんだろうね。ボクに教えてよ」
私はゆるやかに笑った。
この人は悪魔のようだと思いながら。
「そんな方法、あったらこっちが知りたいわ」
期待なんてしない。
期待なんてさせないで。
いつか来る終わりの日と、それから続くであろう一人きりの生活の日々のために。
この優しさに、慣れてしまったらきっとその時が辛い。
そして私は彼が立ち去って何日か、あるいは何週間か一人で過ごし。
ふと寂しくなると一人泣きながら爪を切るのだ。
彼の手が私の指先を捕まえるその時を思いながら。
「出会い頭にそれってかなり失礼じゃない?」
「だってさー、せっかくボクが頭の先から爪先までカンッペキに磨きあげといてあげたのにさー、ちょっと目を離したスキにこんなになっちゃうんだもん。あー紫ってば爪も切っちゃったの信じらんないよコレ!!」
時折気まぐれに訪れて、そして気がすむとまたふいといなくなってしまう。
私もことさらに追いかけたり探したりはしない。
気まぐれな彼はまるで猫のようで。
「なんで爪切っちゃうのさ。元の形いいんだからキレイに伸ばせばカッコいいのに勿体ないなー。こないだキレーにしといてあげたでしょ」
「仕事でサンプル帳のおっもいの棚から引っ張りだそうとして爪一本折れちゃったのよ。一本だけ短いのも無様だから全部切っちゃっただけ」
「そういう時こそボクを呼びなよ。何のために番号渡してあると思ってるのさ」
「だって忙しそうだし。爪折れたくらいじゃ死なんもの」
KOF出場者の彼の活躍は私も知っていた。
どんな怪我をするかも分からない。だから彼に集中していて欲しい気持ちも確かにある。
けれど。
時折仕事で失敗して前を見ても後ろを見ても何も見えなくなったとき。
慣れている筈の一人の生活に、ふと寂しさを見出してしまったとき。
そんな時はまるで癇癪を起こしたように、折れてもいない爪を切ってしまう自分がいる。アッシュを思い声に出さず涙を流しながら爪を切る弱い自分がいることもまた確かなのだ。
こんな弱い自分を、彼に見せようとは思わないけれど。
そして聡い彼は、きっと私が何故爪を伸ばさないのかを悟ってしまっているのだろうけれど。
「ボクは紫の爪のためなら飛んでくるよ! あー髪もボサボサじゃん……キレイにしてれば美人なんだからさーもっと気を使おうよ」
「それは寝起きだから。私だって人並み程度には気を使ってるつもりなんだけど。アッシュの要求が高すぎるの」
「どこのOLだって今時爪くらいキレイにしてるよ」
「私は『仕事に忙しいOL』なの」
「まあいいけどね。ボクのいない隙に変な虫つかれても困るしさ」
あーあ、と何度も何度も残念そうに繰り返すアッシュの様子はどこか子供っぽさすら感じさせる。
アッシュは寝室のドレッサーの引き出しから、彼が何故か買ってきては勝手に補充しているマニキュアやらの道具一式を持ち出してきて、テーブル越しの真向かいに座る。
「もう虫ついてるかもしれないけど?」
意地悪をしてやりたくてそんなふうに言うと、アッシュは私の爪の形をキレイに整えながらさらりと答えた。
「別に構わないけどね、ボクは」
「にっくらしー」
「だってさー、虫なんて焼き殺して終わりじゃない? 簡単簡単。ボクはねーボクは浮気しても紫が別の男に手ぇ出したら、間違いなくそいつ殺す自信があるよ。案外独占欲強いらしくてさ」
「サイテーじゃないのそれ」
「最低でもいいよ。紫はボクが飽きるまではボクのモノなんだから」
遊びのような綱渡りのようないつ終わるのか見えないこの関係。
私の意思では二人の関係に変化を加えることすら出来なくなってしまっている。
彼がいつか私という存在に飽きて、この部屋を訪れなくなったその時が終わりだ。そしてその時私は彼を探すことも追いかけることもなく、一人の、毎日続くであろう当たり前の日常を生き続けるのだろう。時折どうにもしがたい寂しさを抱えながらも、それでもそういったものとなんとか折り合いをつけて、時折アッシュと過ごした日々を懐かしくそして僅かな痛みとともに思い出しながら生き続けるのだろう。
この広い世界で一人きりで。
「ねー紫?」
呼ばれる声にふと視線を上げると、指先はもうアッシュの手から開放されていた。
いつのまにか立ち上がったアッシュは、テーブルに片手をついてこちらに身を乗り出してきていた。
僅か数センチの距離。
もう片方の手は私の髪を優しく撫でた。
「どうしたら紫、君はさ」
薄い唇が私の瞼へと寄せられる。
こんな日々が長く続かないことを私はきっと知っている。
アッシュはもう一度呟くように言った。その声が、いつもの彼らしからぬ僅かな真摯さを含んでいたと思うのは、それはきっと私の勘違いに違いない。
期待なんてしない。
期待なんてさせないで。
「どうしたら紫は、一人で泣かなくなるんだろうね。ボクに教えてよ」
私はゆるやかに笑った。
この人は悪魔のようだと思いながら。
「そんな方法、あったらこっちが知りたいわ」
期待なんてしない。
期待なんてさせないで。
いつか来る終わりの日と、それから続くであろう一人きりの生活の日々のために。
この優しさに、慣れてしまったらきっとその時が辛い。
そして私は彼が立ち去って何日か、あるいは何週間か一人で過ごし。
ふと寂しくなると一人泣きながら爪を切るのだ。
彼の手が私の指先を捕まえるその時を思いながら。
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