白い騎士との出会い。
ここはセセイル王国。
世界・ディアユーテリアが誇る騎士国家。
秩序、政治、組織、その他諸々、全て騎士がまとめ上げている一国。他国から見れば不思議な国。
騎士だけで本当に国が成り立つのか?と、
囁かれたりしている。もちろん、現役の騎士だけで国をまわしている訳ではない。主に引退した騎士達が中心になってまわしている。王族ももちろん騎士出身。
そして、セセイル王国にも貴族はいる。
政治にも関わってくる貴族達も大勢いるが、
騎士と貴族の間に大きな溝があった。
騎士を中心とした政治に納得がいかない貴族派。
何度か政権を奪い取ろうと企んだが、騎士派に毎回バレてしまい計画が上手くいった事がない。脳筋集団だけの集まりだけじゃないんだと貴族派に示してくる。
数多の戦場に赴く騎士は貴族の頭脳に負けず劣らず頭がいい。一瞬の選択を常に戦場にて経験してきた者達。頭が切れる賢い人間が多い。言いたいことを一発で伝える力も持っている。情報網も団結力も国への忠誠心も貴族派の上をいっている。
「…うむ。騎士国家セセイル王国。
はじめて来たが……なかなか活気があって良いな」
白銀の長い髪を風になびかせた一人の少女が小さく呟いた。眼鏡を掛けた齢16歳の少女。
鮮やかなピンクダイヤモンドの様に美しい瞳で辺りを見渡す。国の中心部は人々が沢山行き交っており、様々な店が立ち並ぶ。
「取り敢えず、わしは情報屋ギルド・リノール・コリンに行けばいいのじゃが……何処にあるのか分からぬ」
少女の名前はイリス・ロズ・ヴォルエルト。
世界の中心都市パラディア帝国に住む少女だ。
とある用事でセセイル王国へ訪れたのだが、
なにせ初めて来た国。土地勘がない。
パラディア帝国から出る前にちゃんと地図を持ってきた筈なのに、その地図が見つからない。
乗ってきた船の中に忘れてしまったのだろうか……「うむ」と困りながら歩き出す。
「誰かに聞くしかないか……」
きょろきょろと目を動かすイリス。
―――ドンっ!前を見て歩いていなかった為、
誰かにぶつかってしまった。
「…っすまぬ!」
少女は直ぐ様、ぶつかってしまった相手に頭を下げ、謝罪をする。「大丈夫。キミこそ大丈夫かい?」と、優しい男性の声色が風にのってイリスの耳まで届いた。少女は下げていた頭を上げ、男性の方へ瞳を向ける。
キラキラ輝く金色の短い髪。
端正な顔立ちに高い身長。白を貴重とした騎士の服。まるでおとぎ話から出てきたかの様な男性が目の前に立っていた。
「……貴女は、……まさか、」
男性はまわりに聞こえないくらいの声で小さく小さく呟く。一方、イリスは―――男性が着ている白い騎士服をジっと見ていた。
セセイル王国には様々な騎士団が存在する。
その中でもエリート中のエリートが所属する、
黒竜騎士団と白竜騎士団の二つあるのだ。
文字通り、黒竜騎士団は黒の騎士服。
白竜騎士団は白の騎士服。
控えめな装飾に右肩には赤いマント。
きっと真ん中に立っている金髪の男性が白竜騎士団の団長だろう。両隣には部下らしき男性が二人。質素な白い騎士服を身に着けている。
そしてイリスはあっ!と思いつく。
セセイル王国の騎士ならば情報屋ギルド・リノール・コリンが何処にあるのか知っている筈。
「ちょっと訊ねたい事があるのじゃが……よいかの?」
「はい、何なりと」
金髪の騎士は整ったその顔で爽やかな笑顔を浮かべた。少女は思ったイケメンが微笑むだけですごくすごく眩しいんだと。
「どうかされましたか?
俺の顔に何かついていますか?」
言うと騎士は前屈みになり、イリスの顔を覗き込む。イケメンが目の前に!?ビックリしたと同時にドキッと胸が高鳴った。
「いや!何でもない!」
急いで後ろに下がるイリス。
「ならいいのですが」
ニコッと優しく笑う騎士
……ふと、イリスは思う。
……この騎士、何だか距離が近い、と。
初対面にも関わらず…やけに優しい。
いや、むしろ騎士だからこそ平民に対して距離も近いし優しいのか?ならば納得できる。
「それで俺に訊ねたい事ってなんですか?」
「うむ、ギルド・リノール・コリンは何処にあるのか聞きたくて……」
「そのギルドに用事がおありで?」
騎士の言葉に頷く。
「分かりました。では、ご案内致します」
イリスに頭を下げると騎士は自分の後ろにいる部下二人に声を掛けた。
「俺はこの方をご案内してくる。
お前達は引き続き見回りを頼む」
伝え終えると、スッと……大きな手のひらをイリスの前に。なんて紳士的なのだろうか。
ただギルドの場所が知りたいだけなのに、エスコートまでしてくれるというのか……。イリスがほんのちょっぴり戸惑っていると騎士は再びニコッと笑う。
「戸惑うことはありません。
さ、俺の手を取って下さい。ご案内します」
とても、そう…とても優しく言われ、イリスはおずおずと彼の手のひらに自分の小さな手を静かに置いた。
「では、参りましょうか」
少女の手に触れ、気分が良くなったのか知らないが騎士は最高の笑顔を爽やかに見せてくれた。イリスはまたもやイケメンの笑顔眩しっ!と自分の目を反らした。
「ちょっ!シンさん!」
慌てて部下の一人が騎士団長の名を呼ぶが、
彼の耳には届いていない様子。
彼の目と耳には少女の姿と声しか聞こえない。
周りの人間の雑音なんて一切耳に入らない。
「の、のぅ、よいのか?
お主を呼んでおるようじゃが……」
「俺には何も聞こえませんが?」
「シン団長!!」
騎士はイリスの手を自分の腕の上に乗せ、組ませる形を取らせる。彼は「さ、参りましょう」と翡翠色の綺麗な瞳で優しく伝える。彼の瞳は美しくもあり、男性的なカッコ良さもある。イケメン過ぎて何も言えなくなってしまったイリスは思う。この者、素で身近にいる女性を簡単に無自覚に落とす男なんだろうと。
……うむ、少し偏見が過ぎるか?
でもそう思ったのだから仕方ない。
相手には言ってない。問題ないだろう。
−−−−−※−−−−−※−−−−−
「……こ、…此処は?」
騎士の彼に案内された場所は……。
ギルド・リノール・コリンではなかった。
少女の目の前に広がるのは立派な貴族の邸。
情報屋ギルドの拠点とはこんなにも煌びやかなのか?
……いや、違う気がする。
「はい、俺の邸です」
やっぱり!!!!
「わしは情報屋ギルドに用事があるのじゃ!
お主の邸に用事はない!!」
「まぁまぁ、そう言わずに」
「ちょっと待つのじゃ!」
気にする様子が見られない騎士の彼はそのままイリスを己の邸へと招き入れようとする。慌てるイリス。
行きたくない、と強く足元に力を入れる。
「パラディア帝国からセセイル王国まで長旅だったでしょう」
「……え?」
「一週間の船旅……お疲れ様です。姫殿下」
「っ!?」
「今日は俺の邸でゆっくりお休み下さい。
そして、明日。情報屋ギルドまで必ずご案内致します」
「いや、わ、わしはっ」
彼の言葉に思わず体が固まった。
ついさっき偶然会ったばかりなのに……。
なぜ、少女がパラディア帝国から来たこと、
更には少女の身の上まで知っているのだ?
"姫殿下"ーーーそう少女はパラディア帝国第二皇女イリス・ルム・アルマン。それが本当の名だ。
イリスを一目見ただけでパラディア帝国の皇女だと見抜いた彼。流石、セセイル王国の白竜騎士団・団長というわけだ。「ん~……っ」と、暫く悩むイリス。相手は優秀な騎士団長だ、下手な嘘は直ぐに見破られる。ここは素直に彼の気持ちを受け取った方がいいのかもしれない。
「…。……。…うむ、分かった」
「……あぁ。よかった。
貴女に断られてしまったら……。
俺を怖がって逃げられてしまったら……。
と、不安でした、が。受け入れて下さりありがとうございます」
「ーーーお主…」
「しかし、姫殿下。いいですか?
男という生き物は危険です。
この様に見知らぬ男にほいほいと着いていっては駄目ですよ?今回だけは運が良かったのです。
ぶつかった最初の男が本当に俺でよかった」
「……分かった。気をつけよう」
「はい、気をつけて下さいね」
イリスの言葉に満足したのか騎士の彼は穏やかな笑みを浮かべたのであった。
−−−−−※−−−−−※−−−−−
「パラディア帝国の尊き雪花の姫にご挨拶申し上げます。私はセセイル王国、白竜騎士団・団長シン・クリーパー。突然、我が邸にお招きしたご無礼。…謝罪を」
頭を深々と下げる騎士の彼。
そして漸く彼の名を知れた。
白竜騎士団・団長シン・クリーパー。
25歳という若さで騎士団長まで出世した男性。
手入れが行き届いているサラサラの金髪。
美しい翡翠色の瞳が似合う。
何よりも端正な顔立ちに、細身ではあるがしっかりとした男性的体つき。貴族の令嬢だけではなく街の娘にもモテそうである。
「わしの自己紹介は……しなくても大丈夫そうじゃな」
「はい、俺は貴女様の事をよく知っています」
「そうか」
それはそれで少し怖い気もするぞ?
イリスはツッコミたくなったが我慢した。
豪華な客室に通されたイリスさこれまた豪華でふわふわなソファーに座り、温かい紅茶とカラフルなマカロンを頂いていた。
「貴女の事は俺が信用しているごく一部の使用人にだけお話させていただきます」
「うむ、構わぬ」
イリスが休む部屋の準備が出来るまで、二人は談笑することに。
「ところで姫殿下はなぜセセイル王国へ?
情報屋ギルドと何か関係があるのですか?」
「シンプルに呼び出されたのじゃよ」
「呼び出された?」
シンの眉間に皺がよる。
たかが情報屋ギルドごときが無礼にも姫殿下を呼び出した、だと?許せん。
「どうやら人手不足のようじゃ。
『手伝ってほしい』と手紙にそう書いておった」
「そのギルド消しましょうか?」
唐突に、本当に唐突にすっごく爽やかな笑顔でとんでもない事を口にするシン。
「怖いことを言うでない」
「申し訳ございません」
「消す必要もない」
「しかし人手不足だからといって姫殿下を無礼にも呼び出すギルドですよ?許せません」
「わしがいるギルドと情報屋ギルドは同盟を組んでおる。だから消されては困る」
それに帝国の姫だから丁重に扱えとか。
帝国の姫だから失礼がない様にとか。
帝国の姫だから我が儘を許せとか。
そういうの嫌いじゃ。と、イリスは言う。
「色々あってギルドにいるのだが……。
わしがいる魔導士ギルド・ブルームーンにいてよかったと本当に思うのじゃよ。すぐ側で民の声が聞ける。すぐ側で民のみなを守る事ができる」
だから。
「同盟を組んでいる情報屋ギルドも大切なのじゃ。
なにせセセイル王国の民の声も聞ける。
この国の良いところを見習い、我が帝国に反映することが出来る。いいと思わぬか?」
「好き」
「???????」
イリスの頭は宇宙にいった。
ギルドに所属している自分、そして皇族としての自分、少女は少女なりの考えを彼に伝えただけ。
なのに彼から出た言葉は『好き』…意味が分からない。どこから湧き出た感情なのだろうか?
「姫殿下?どうかされたのですか?…お顔が」
シンに言われ宇宙にいっていた意識をなんとか戻すイリス。ほぼ初対面な彼の一言一言に驚き、ちょっと疲れてしまう。温かい紅茶を飲みながら軽く溜め息をつく。
「大丈夫じゃ。ところでクリーパー卿」
「……―――シン」
「む?」
「シン、とお呼び下さい」
「……いや、しかし。わしとお主は出会ったばかり」
「構いません。シン、と…お・呼・び・下・さ・い」
圧が…!圧がすごい……!!
絶対に"クリーパー卿"なんて呼ばせない。
そんな強い意志をヒシヒシと彼から感じる。
「ンンンっ!……し、…シン、どの」
彼の熱くて強い圧に負けた。
「はい!姫殿下!」
あぁ、なんて素晴らしい笑顔なんだ。
名前を呼んだだけでこんなにもイイ笑顔を見せてくれるなんて。ウレシイナァ〜…。
「シン殿に訊ねたい事があったが……また後日にしよう。今日はもう疲れた」
脱力するイリス。
「では部屋へ行きましょう。きっともう部屋の準備が終わっていると思いますので」
ソファーから立ち上がるとシンはイリスの前まで行き、少女の前で跪き、手を差し出す。「そこまでしなくても…」と言いかけたが、これが彼の人となりなのだろう。なら、仕方がない。諦めよう。
こうして初めてのセセイル王国での一日が終わった。これからイリスの暮らしは暫くこの国で過ごす事になる。街中でシンにぶつかり、出会ったのはある意味で不幸中の幸いなのかもしれない。今日一日だけは衣食住に困ることはないのだから。明日、情報屋ギルドに行ったらマスターに挨拶をし、話をし、そして依頼掲示板を見て仕事を探そう。
今日はもうゆっくり体を癒やすことに…。
どうやら一週間の船旅は小さな体の少女には随分と堪えたらしい。瞼が段々と重くなり眠気を感じる。
準備してくれた部屋のベッドで今すぐにでも眠りたい、と思いながら瞼を擦るイリスだった。
『白い騎士との出会い』
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