異世界の神器

先ず第一印象は、黒い。その一言に尽きる。
上から下まで、頭の天辺から足の指先まで、黒い。
山姥切の方がまだマシ、な位、全身を覆い隠した黒いローブは、口元しか判らない。
たぶん、フード付きのローブ?なのだろうか?
「……………無茶をなさいますね。貴方は、___本当に……。
もしや、“私”を、覚えていらっしゃるのですか?」
そんな事を言われて、私は相手を見つめた。
__彼女は、私を、心配していた。
初めて会ったのにも関わらず、彼女は………ん?“彼女”?
見た目、性別の判別が出来ない相手に、何故私は目の前の刀剣を【刀剣女士】と?
声を聞いたから?
いや、確かに彼女は意図的に声を低くすることはあるけれど、今のは、心配してくれた時の優しい声音。そんな彼女の声が、私__……ボクはくすぐったくて嬉しい事だった。
__て、どうしてそんな事を知っているんだろう?
そう。まるで、身内の様な気持ちで?
ボク…………。
…………………………。
…………………………………ああそうだった。
ボクは、貴女を知っていた。
ボクの姉のように接してくれて、あの日死地に向かうボクと【闇水】を、『生き残る事を諦めないで』、そう言って顔を歪めながら送り出してくれた……、ボクが大人の女性として憧れた、【神の神器】。
鍛冶の神が創りし、七振りの神器。生命の神が所持する二振り、生命の水源の守護者である加護の護身刀【闇水】、生命を狩り取り導く大鎌【死出の羽衣】。
そう、彼女は、その一振り【死出の羽衣】だった。
「思い、出しました。久しぶりです、羽衣さん」
「ええ、お久しぶりです。
それにしても、本来なら思い出さないのですが……。今は魂のみの状態だからでしょうね……?」
「………ああ!!
通りで周りが静かだと……」
今更周りをキョロキョロ見渡して、ボクは自身と死出の羽衣が何も無い空間に存在しているのに気付いた。
「貴方がお亡くなりになってもう二千年程時が経ちました。貴方が転生していたのは知っておりましたが、何やら荒事に巻き込まれていらっしゃるのですか?」
「はい。ボクは、今は【審神者】を務めています」
サニワ?
聞いた事のない言葉に、羽衣さんは首を傾げている。
確か、あの世界には【審神者】という存在はいなかった筈だ。神を降ろすのは【巫女】の役目だったから。
遙かな昔、前世でのボクは【男】で、神器所持者の中では最年少だった。ボクが生きた時代は、とても荒れ果てていて、悪鬼や妖魔が蔓延る世界で。ボクは生きるか死ぬかの生活をしていた。その時、ボクを拾い育ててくれたのは、羽衣さんの契約者で。まだ年若いボクを、お二人は面倒をみてくれてたり、【闇水】の所持者になった時や、ボク出生の秘密や__たくさんの出来事に対して、導き支えてくれた。
もし、今此処に【闇水】がいたら、きっとボクは泣いていたかもしれない。
闇水は【神器】だから、ボクはあの子を守った。利用などさせたくなかった。最後の力を振り絞って、闇水を庇い死んだボク。最後の表情を思い出すと、苦しい。笑顔が似合うあの子の、泣き顔が、痛い。
「闇水は、大丈夫でしたか?」
「援軍と共に駆け付けた先で、貴方にすがり泣いていましたが、傷はありませんでした。でも、貴方を失った心の傷は、大きかった。ですから、大丈夫、ではありませんでしたね」
「申し訳ありません」
「いいえ、謝る必要はありません。戦争なのです。人も動物もそれ以外も、敵味方、関係なく死んでいくのです。例外なんてなく、生きて死んでいくのです。そんな事で今更傷付く事はありません。闇水も、それは解っているのです。それよりも、貴方を護る事が出来なかった。もっと生きて欲しかった。戦いが終わった世界で、柵みに囚われず自由に生きて欲しかった。闇水は、そう願っていたのに、貴方の未来を守れなかった事を、とても悔いていました」
「闇水……」
「謝るべきは、私達でしょう?」
「………いえ、ボクも謝罪はいりません。ボクは、生き抜いたんです。大切な仲間を守り抜いたんです。その心を抱かせてくれたのは羽衣さんと師匠と、大切なパートナーの闇水だから。感謝以外の言葉は、ありません」
「………ありがとうございます。
___よかったですね、闇水?」
「__え?」
羽衣さんが後ろを向いた先に、闇水が立っていた。
短刀より幼い姿。白に近い程薄い水色の髪をツインテールにし、ケモミミカチューシャをつけて。地面にまで着くほど長い薄手のマフラー。ワンピースにショートパンツ姿。濃い桃色の瞳は潤み涙を溜めている。
「う、あ、あ、……ご主人様!!」
「あんす、い…。闇水、闇水!!」
「ウワーンッ!!ご主人様ーッ!!」
互いに抱き締め合って、泣き叫ぶ。
ああ、忘れていた。
闇水は、羽衣さんの刀身を少し削り、それを含ませて一緒に作り上げられた。故に、互いの意識を繋げる事が可能なので、羽衣さんは闇水を呼んだのだろう。この場所に。
きっと、いや絶対、羽衣さんは慈愛の微笑みを浮かべて見守ってくれている。黒いローブの下は、今は隠されて見えないけれど、解るよ。






ボクは__いや、私は話した。
たくさんの事を。
今を。




「ご主人様、闇水はお手伝いいたします。今度こそ、ご主人様の未来を護ってみせます」
「ええ!?」
ちょっと待って。
闇水、君、神器なんだよ。生命の神の許可なくそんな勝手に決めていいの!?
「実は今のは里帰りしてまして、お父様とお母様の元におりました。手入れも済んでおります。ご安心下さい」
「いやいやいや!!
心配してるのはそこじゃないから!!」
「休暇中ですから、問題ありません」
「休暇終わったらどうするの!?」
「百年程ありますよ」
「長っ!?」
ちょっと長くない?!
いや、だいぶ長いよ!!
百年の何処がちょっとなのさ!?
て、何私、ボケとツッコミを!?
「落ち着いて下さい」
クスクスと笑みを零して、私に優しく告げてくる羽衣さん。でも、闇水を止めてくれるわけじゃない。羽衣さんも来る気だと、私は思う。
「理由は他にもあります。
歴史修正主義者という、神の領域を犯した愚か者達を、神の神器である私達は許す事は出来ません。時の神が今この場に居たのならば、自ら赴き根絶やしにする程の罪を、その者達は犯しているのです。
例え誰だとしても、各々の生きた時間は己自身だけのものです。生まれ落ちてから死する時まで、一生涯。それを勝手に赤の他人が変えるのは、侵犯行為であり最たる侮辱です。
その者達は愚かです。それは自分勝手な自己満足でしかありえないですのに……。嘆かわしい」
「羽衣さん」
「それに、愚かにも気付いていないのでしょうね。“例外はない”のだと」
「闇水?」
「ご主人様、例外はないのです。
歴史修正主義者もまた、自身の未来を失うのです。自分勝手に変えるとは、そういうことなんです。自分だけは無事だと、そんな事は思い上がりでしかありません。些細な修正も、時を刻めば大きく変わる。それに巻き込まれて消えた人を時間は選別などしないのです。無差別なのですよ」
__確かに。
歴史的有名な人物は、後世にて伝えられているから、美しいだの立派だのと付けられているが、本人にとっては全く関係の無い事なのだ。それを勝手に生死を決められる等、羽衣さんの言う通り、侮辱でしかない。
それに、歴史修正は些細な事でも後世に影響を与える。目的の人物の歴史を変えたところで、その周りに影響がない訳が無い。其れ何処か、その他の関係の無い人物にまで影響を及ぼす。そこに歴史修正主義者の先祖も居ないとは限らない。闇水の言う通り、誰しも影響があるのだと。


【例外なく】


確かに、その通りだ。





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