刀剣乱舞 クロスオーバー

『まさか…?』、と思った。
……しかし、例え髪が黒くても、洋装を纏っていても、見間違える筈がない。



「……歌仙、兼定」



少年の小さな呟きに、まるでその声が耳に届いたかの様に、青年は振り返った__。








ふと、自分の名前が呼ばれた感じがしたので、歌仙兼定は後ろに顔を向けた。
彼の隣には、主である谷山麻衣が居る。彼女は、歌仙の歩みが止まった事に気付き、後ろを振り向いていた彼を見上げる。
「如何したの?」
首を傾げて歌仙を見上げている麻衣に、彼は『名前を呼ばれた』と、簡潔にそう述べた。それだけで、麻衣は此処に自分と同じ【元審神者】が居るのだということを理解する。
「……え?」
戸惑いが、強く麻衣の顔に浮かぶ。
そこで、素早く視線を動かしていた歌仙は、此方を見る一人の少年と目が合った。
少年の顔には戸惑いと驚きが綯い交ぜになって浮かんでいた。が、目が合った瞬間、少年の表情からは消えていた。しかし歌仙には解った。少年の正体が誰であるかを。
表情も態度も__姿さえも取り繕い隠せても、【魂】だけは隠せない。彼は審神者名【昴星】。主の【兄弟子】だった青年だ。どうして少年の姿をしているのかはわからないが、間違えようが無い程に彼だと理解する。
「主、彼処に昴星が居るよ」
「え、ホント!」
歌仙の言葉に、麻衣は喜色を浮かべて少年に振り向いた。
少年は麻衣を見て、目を見開いた。
そうして、口をパクパクさせたと思ったら、一言叫ぶ。



「向日葵、その髪如何したんだーーーーっっ!?!?!」



__と。






少年は、審神者であった。
といっても、それは誰も知らない。強制的に連れ去られ、終われば同じ時代同じ時間軸に返されたからだ。
それは麻衣も同じである。
そんな少年は、聡く賢く、何より担当が良識人であった事が良かったのか、メキメキと頭角を現した。ただ、彼は少数精鋭派であり、刀剣男士を全て揃えてはいなかった。
彼はそれで良かった。それが、自分の最良であったと理解していた。__あの日迄は。
政府のミス(スパイの策略)で、彼の本丸の位置が歴史修正主義者にバレ、襲撃にあった。
その日、彼は護られた。護られただけだった。圧倒的に戦力が足りなくても、彼等が傷つきながらも主を護らんと戦う中、自分だけは護られる。彼には戦う力は無いのだから、それは当然だった。だが、彼は其れが堪らなく嫌だった。戦う為の力が無いから当然だと言われても、納得しかねた。それでも、それ以上に、刀剣男士の邪魔にはなりたくなかった。
今の状況下での最良は、安全な場所で身を守り、傷ついた刀剣男士の手入れを行い再び戦場に送り、時間を稼いで援軍が来るのを待つ事、だったのだから。
この日から、彼は強く成ろうと決めた。
担当から、槍焔という審神者を紹介され、戦う術を教えてもらっていた時、弟子入り一ヶ月経過した頃、向日葵がこの本丸に、見習いとして来たのである。
初期刀を一振りだけ持って、見習いとしてやって来た彼女は、瞳の奥に深い悲しみを抱いていた。
彼は、彼女も同じだと瞬間悟った。政府より強制的に拉致されたのだと。まあ、詳しく聞いたらそれだけでは無かったが。
だから、可愛がった。
実の妹の様に扱った。
審神者の後輩として、妹弟子として、扱った。
そう、可愛かったのだ、向日葵は。
当時、髪の長さが腰まであった向日葵。会議で会う度に、加州と乱と次郎に手入れをされて、艶もありふわふわな彼女の柔らかい髪が、彼女の刀剣男士達に大事にされていると解って、自分の事の様に嬉しかった。
それが、バッサリ切ってショートカットされた髪を見て叫ぶのは、彼には当然過ぎる程、ショックな出来事なのである。彼の初期刀の加州清光も、もしこの場に居たら激しく同意して頷くだろう。少年__江戸川コナンは、麻衣に駆け寄ったのだった。自分に連れが居る事をすっかり忘れて__。




麻衣は、彼が【昴星】だとは思わなかった。しかし、歌仙は彼を【昴星(かれ)】だと告げる。
そうして、叫ばれた言葉に、麻衣は納得した。

(うん、昴星だ)

と。
何せ、再会した皆も、髪が短い麻衣を見て泣き崩れた者もいたくらいなのだから。
審神者時代、麻衣の髪は長かった。その髪を、皆と別れ自分の家に帰った時、決別の意味を込めてハサミで切ったのである。今はまた伸ばしているが、当時の麻衣の姿を知っている者達は、こぞって麻衣の髪を指すだろう。
『如何したの?!』と。
傍に駆け寄った昴星は、息を整えてから麻衣を見上げる。
麻衣は昴星を見下ろす。
新鮮だと、麻衣は思ったがそれよりも何よりも、何故昴星が子供になっているのか?が、気になった。
「久しぶりだな、向日葵。髪切ったのか?勿体ない………、ホントにもったいない……」
「……あ~、……久しぶりだね。……うん、前にね。また伸ばしてるから、安心して」
「……なら、良いさ。向日葵の生い立ち知っている奴は、俺を含めてアンタの手入れされた髪を見て、愛されてるとか幸せだとか判断してたんだからな。なのに髪が短かけりゃ、心配になる。ま、どうせ皆との決別を意味して、後未練がないように切ったんだろうが、違うか?」
「良く、お分かりで」
思わず苦笑いを浮かべる麻衣に、少年は仕方ないなあとばかりにため息を吐いた。
「ところでさ、何で小さいの?」
その言葉に昴星は“ビキッ”と固まる。
小さい=身長。
小さい=容姿。
__言えない。
言えるわけない。
まさか、ある組織に毒薬を飲まされて、死ぬどころか若返りました、等と。初期刀兼相棒の加州清光が傍に居ない途端こんな目に合いました、等と。迂闊にも程かあるだろう。死ななくてよかった何て結果に過ぎないのだから。
「__まあ、元気にしてるんだから、良いんじゃないかい、主。それより、昴星、彼等は連れかい?」
「…………あ…(忘れてた)」
歌仙の言葉に、多分困っているのが解ったので話を逸らしたのだろうと気付いたが、その後の言葉に昴星ことコナンは、うっかり連れが居た事を忘れていた事を思い出す。
後ろを振り向くと、彼の幼馴染みとその親友の女子高校生は驚きで、少年探偵団は好奇心が驚きの中に隠しきれないという表情で、相棒は疑いの眼差しで此方を見ていたのだった。








「……助かったぜ、向日葵」
「子供は好奇心旺盛だからね。子供特有の我儘みたいなものでしょ。……まあ、我儘過ぎるのは否めないけど」
「親はどういう教育をしてるんだろうねえ」
『あはは…』と乾いた笑いが零れた。



彼等はイベント内のオープンテラスに来ていた。
元々、麻衣と歌仙は此処で待ち合わせだったので、そこにコナンが御相伴しているというものだが。その待ち合わせの人物も、実は一緒に来ていたりする。
あの後、コナンと少し話がしたいから貸して欲しいと交渉していたら、待ち合わせしていた和泉守兼定と堀川国広が合流して、またそこで一悶着あって、結構気が短い和泉守が駄々っ子共(女子高生含む)に怒気を含んだ正論述べて言いくるめ、堀川のフォローの元、一時間ぐらいで返すという結果になったのである。
さて、現在刀剣男士の格好は洋服である。元々洋服な堀川は良いとして、歌仙と和泉守が洋服なのは、凄く新鮮だ。しかし、似合う。良く似合う。周囲の女性の視線を釘付けにしている。(女子高生の片割れが参戦したのはこれが原因)恐ろしい………。注文を取りに来たウェイトレスなんか、あらか様に頬を染めてガチガチ緊張しているのだから凄い破壊力だ。まあ、モデル顔負けの美貌と容姿じゃ仕方ないのかもしれない。
そこは麻衣と堀川の出番だ。
何気に中性的であり、ボーイッシュな女性にも見える堀川は、何故が女性的な洋服に身を包んでいる。たぶん、和泉守対策と麻衣の為だろう。元々和泉守の世話女房役だからというのもあるが、異性の中に麻衣が一人だけ女性であるのは目立つだろう。特に周囲の女性のやっかみなど煩わしい事になるかもしれない。だから、彼は女性であると勘違いできるような洋服に身を包んだのだ。そして麻衣の服装は、ふわふわなフリルのワンピース。それも、非常にゆるふわカワイイ系だ。幼馴染みの蘭とその親友の園子にも出来ない格好は、二人には憧れに近い服装でもある。それに麻衣は可愛らしい印象が強いので、とても良く似合っているし愛らしい。流石俺の妹と、うんうんと内心頷いて、自分も子供らしくもあざとく幼げ溢れた口調でジュースを頼むのだった。








「成程、そりゃ災難だったな」
「いずみん……、顔が裏切ってる」
「兼さん、笑ったら失礼だよ」
「…………どうせ」
「まあ、無事で…というのも可笑しいが、生きていてくれて良かったよ」
「……そうだよ、昴星。生きていてくれて良かった」
麻衣の安堵のため息。その瞳は微かに潤んでいて、コナンは強く罪悪感を抱いた。
麻衣は誰かを失う事を嫌がる。特に身内は。コナンはそれを知っていたのに、彼女を傷付けてしまったと後悔する。
「今は解毒薬を相棒が研究してくれているから」
「戻れるよ。戻れるから、諦めないで」
「向日葵……。ああ、諦めねぇよ」
麻衣の言葉は、予言に近い。無垢な程の澄んだ霊力と鍛えられた第六感が、コナンの体について告げるのだ。信じないわけがない。
「にしても、加州が薬の研究ってあり得ねぇんだけどよ」
「あ、違う違う。加州じゃないんだ」
「はあ?」
『加州じゃない』という言葉に、和泉守が訝しげにコナンを見る。
この場にいる全員は昴星時代のコナンを知っている。彼の相棒は、初期刀の加州清光。常日頃からコナンを表も裏も支えてきた良き相棒であり、非常に優秀な刀だった筈。普通の加州清光は可愛がられたい愛されたいという傾向にあるが、彼の加州清光はそうではない。どちらかというと格好良くなりたいという傾向で、知識欲の強い昴星の足手纏いにならないように、沢山の知識を得て機械に強くなり、戦術眼も鍛えたのだ。演練の時は鬼強指揮官だったりもする。昴星が修業していた時は、本丸を代わりに支えていたぐらい優秀であり信を置いていた彼。現世に帰るコナンの支えて行きたいと、加州清光は彼に付いて行った筈だが。
「………顕現してないというか、……出来なくて」
「…………はあ?!」
「この姿じゃ、赤の他人だろ。親戚として通してるけどさ、家に近寄れないし、今は……、人を住まわせてるから、加州の処にまで会いに行けなくて」
「………マジかよ」
「あはは………」
まあ、コナンが家に邪魔する時に、霊体で傍に来る加州と会話はしているのだが、それでも限度もあるし時間も余りない。一番良いのは、居候の沖矢昴に話せば良いのだが、まだそんな勇気がない。
「………大丈夫だよ」
麻衣が言葉を紡ぐ。
「向日葵?」
「昴星、大丈夫だよ。“彼”は力になるよ。だから、加州さんを喚んであげて」
「昴星、全部を説明する必要はないだろう?
それに、君と“彼”の縁はとても強く、何より温かい想いを感じる。そんな事で君を拒絶したりしないよ」
「………非現実的な現象を信じないタイプだと思うんだけど」
続けて歌仙の言葉に、沖矢昴=赤井秀一を思い出す。先ず、幽霊とか信じないタイプだと思う。それどころか、撃ち殺すような気がしてならない。いや、マジでしそうだ。
「昴星が関わるから、信じるよ。その人、加州さんと一緒に昴星を守ってくれると思うし。だって、昴星、無茶しそうだしね」
「……………………………悪い………」
否定できない。
確かに昴は、必ずコナンを守ろうと動いてくれた事の方が多い。無茶をしようとすれば付き合ってくれるし。
誰よりも信用できる大人であり、彼が傍にいると安心できるし、力強い味方だと思っている。でも、それとこれは別だ。
本当は安心してたのだ。加州清光を巻き込まないで済むって。
「加州さんの安らぎは、貴方が共に居てこそです。動けない身の上では気が気でないんじゃないですか。貴方が巻き込んでしまうという負い目は、加州さんにしてみれば、余計な心配です。抱え込む必要はないですから、頼る事を忘れないで下さい」
堀川の言葉は、加州の思いを思ってこそだ。だが、それは同時に彼に危険を孕む事でもある。
加州清光は分霊とはいえ神である。もし自分を守って人を傷つけ、もし殺しでもしたら、彼は堕ちる。荒神堕神なでもなればと考えると、コナンはこのままでも良いのではないかと思うのだ。
「くだくだ考えんな。
昴星、アンタの考えなんざ、俺等にしてみりゃ余計なお世話だ。俺等は“主を護る”事が大事な事なんだよ。まして、加州清光は主を護る事に対して重きを置く。沖田総司の次の使い手である昴星を、じゃない。昴星の相棒だからだ。相棒を護る事に、理由なんて要らねぇだろ。最悪の結果なんざ、溝に捨てちまえ」
「和泉守……」
昴星時代の事を、加州清光のことを思い出す。
__ああ、そうだ。
俺の【加州清光】は、大和守安定と大喧嘩しても、昴星を選んでくれた。俺と共に努力して苦労を背負って、最後まで隣に立ち支えてくれた。



血の穢れなら俺が祓えばいい。



“俺は【審神者】だったのだから”



「……アリガトな。決めたぜ、俺」
コナンは口端を吊り上げた。
その表情は、勝ち気であり頼り甲斐がある程の強気な表情をしていて、子供らしくない程凛々しい。
「昴星」
麻衣は安堵の笑みを浮かべる。
もう、大丈夫だと。
麻衣には、コナンになった彼の今の荷物を共に背負う事は出来ない。それ以上に、彼自身が許さないだろう。
ならば、安全な場所に居て彼が元に戻れる日を祈る。それが、役目だ。支える事は、遠くに居ても出来るのだから。
それに、彼には頼れる仲間が、居る。加州清光と、視えた【彼】。先程会ったクールな少女もそうだと思う。
彼を支える者達が傍に居る。無謀を咎め、無茶に付き合える強さがある者達が。
麻衣は、コナンを遠くから支える。そして姿が戻ったら、また会おう。
その時は、紹介してもらおう。
彼の中に微かに芽生えている、“大切なモノ”を__。




一時間後、迎えに来た彼の連れ達。
「じゃあね、昴星」
麻衣はそう言って、コナンの額に軽くキスを落として微笑む。
「またな、向日葵」
「うん。またね」
互いに笑いあって、コナンは麻衣に背を向けて駆け出す。
麻衣の願いの込めた祈りを受けて、コナンの背に在る無色透明な翼は力強く羽ばたくのだった__。







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