BOJ-SSS4【Gills's One day】
周囲は呆気に取られ、犯人は驚きで閉口する。まさか、まさか目の前にいるのが本物のギルス=ベルゼブブ。男の顔から一気に血の気が引く。何故だ、ここは『善の裁判官』シェリル=アモンの庭であるはずなのに。
「ほら、早く裁決しろよ」
「せっつかないで下さい。では正式に…。この区域を担当するS級裁官・シェリル=アモンの不在により、この同S級裁官・ギルス=ベルゼブブがこの被告人に裁決を下します。異論のある者は挙手にて理由を述べなさい」
シェリルの不在。男に哀れみに満ちた視線が注がれる。だか、挙手する者は誰も居なかった。しんと静まり返った街中にギルスの凛々しい声だけが響いた。篁のにんまり笑いはいよいよ深まる。
「異論はないと認めます」
しばらく後、ギルスの冷たい声色がそう告げた。そして流れるように唇から罪状が読み上げられる。
「その手にしたバッグがひったくり、即ち強盗罪の証拠。そして私が目視した中での通行者への暴行、即ち傷害罪。そして執行官・タカムラ=アイバに対し逃走を図ろうとした公務執行妨害。以上があなたの罪状です。目の前で起きた事件は今この場で裁決を下します」
「ぐッ…!」
「悪人には相当の痛みを以て。篁、腕をへし折りなさい」
「ぎゃぁぁああああ!!」
言うが早いか、捻り挙げられていた骨がぼきりと鈍い音を立てた。男は不意の激痛に悲鳴をあげる。人垣からは小さな悲鳴が上がる。なんの迷いもなく腕をへし折った篁。玩具に飽きたようにその手を離すと、男は痛みのせいか地に伏せった。その視線がギルスに流れる。その意図にギルスは小さく頷いてからまた声を張り上げた。
「被告人はこの後、この区画の警察機関に引き渡します。もうそこまで来ているでしょう。出て来なさい」
「は、はい…」
「被告人は取り調べの後、解放しなさい。その後私の自宅に通達すること。今のは強盗罪に対する『処罰』です。残りの贖罪は後に然るべき形で執行官が処理します」
「りょ、了解しました!」
ギルスに呼ばれて、びっちり閉じていた人垣を掻き分け制服姿の警官が姿を現した。ギルスの抑揚のない指示を頭に叩き込んだあと、犯人…腕がおかしな方向にねじ曲がった男に肩を貸すように立ち上がらせた。男の歯はガチガチと鳴っている。それもそうだ、あの『悪の裁判官』に目を付けられた。まずは病院、そう言わなかっただけで如何に裁判官としてのギルスが冷血か窺える。
そしてこの後にもまだ、他の『贖罪』とやらが待っている。