BOJ-SSS4【Gills's One day】
夕時、勤労日の仕事を終えて帰路につく人混みで上がった悲鳴。ギルスと篁はいち早く声の方向を感知する。逃げる犯人が人波を押し倒しているのか、逃走経路ではぶち当たられた人々が上げる短い悲鳴や雑踏に切れ間が生まれる。
諾と返事をした篁は素早く動く。腕に提げていた荷物をギルスに押し付けると、まるで蛇が草むらを這うように人波をするすると縫いながら犯人の逃げ去る方向へ向かっていく。
「捕まえたぞ、この小悪党」
「いっ、いだだだだ!!」
「篁ー!」
「観念しな。あと、今日は厄日だったと思った方がいい」
「見つけましたよ!か弱いご婦人からバッグをひったくるとは何事ですか!」
「お、折れる、離せッ!」
迅速かつ的確過ぎるほどに犯人を見つけ出し、拿捕した篁。バッグを持った腕を掴んで背中側に思いきり捻りあげると、犯人の男は情けない悲鳴を上げて身をよじる。その度に締め付けがきつくなるのに耐えかねて、追い付いてきたギルスの言葉も無視して痛みに唸る。片手で平然と男を捕らえた篁は、口元をにやつかせながらギルスに問う。
「さてさて、ジェノバ司法省S級裁官ギルス=ベルゼブブ様?この男の罪状は如何なものかな?」
三人の周囲に出来た人垣。その問いを聞いた全ての人間の人間の視線が少年姿のギルスに注がれる。押し付けられた荷物を担いで現れたほんの十四、五歳の少年。これが例の、あの…?
「決まっています!強盗罪、逃走時の傷害罪、公務執行妨害、それから私と篁のお出掛けを邪魔した罪!」
ギルスは今にも驚いた挙句泣き出しそうな男を指さして容赦無く言い放つ。周囲の目などまるで気にしていない。最後の罪とやらは楽しいお出掛けの最後、クレープという幕閉じを台無しにされた八つ当たりだが。篁はギルスのそんなところも嫌いではない。
「て、てめぇはただのガキだろ!」
「む!見て解らないのですか。まぁ、この髪の人間も少なくはないですからね…仕方ありません」
男が苦し紛れに放った言葉にギルスは納得したように溜息をついた。それから着ている服に手をかける。
ばさりと言う衣擦れの音がして、一瞬。少年用の服を脱ぎ捨てたその場には、身長百八十五センチ、艷めく橙の髪をリボンで結い上げ左目を隠した成年が現れる。特徴でしかない真っ白なダブルブレストのスーツ、きちんと背を正したそれは皆の知る『S級裁官』ギルス=ベルゼブブの姿だった。
「この私にスーツを構成させる余力を使わせるとは。これも一つの罪ですね」