BOJ-SSS4【Gills's One day】
「それから、この辺はお嬢ちゃんの庭だ。『あの男』以外あんたに裁権は無いからな。それだけは覚えとけよ」
「それはインプット済みです。あなたより私の方が司法と制約に関しては詳しいんですからね」
「たまに分かって無い時があるからな、口を酸っぱくしてでも言わせてもらう」
「篁は私の父上とは正反対ですね。俗に言う『あなたは私のお母さんですか』、みたいです」
「あのイカレ科学者と一緒にして欲しくはないな」
ギルスの父親、つまり造り手。彼等と同じ東区画に建つ国立研究所の長である赤いスコープの男。名はセルと名乗っているが、どこから来たのかも何故その天才的な頭脳をジェノバのためだけに使うのかも全てが謎の男である。あの男とだけはやり合いたくない。篁でさえもそう思うその男をギルスは『父上』と呼ぶ。ギルスのメンテナンスや訓練でたまに顔を付き合わさざるを得ないが、やはり好意的な感情は抱けない。
会話も途切れそんな事を考えながら先を往くギルスの背を追っていると、不意に彼が立ち止まった。
「篁。着きました、シェリルさんのお宅ですよ」
「応、もう着いたのか」
「着きました。迷子になりませんでしたよ、褒めてください」
「何度も来てるんだから迷子になるはず無いだろう」
そう言いながらも篁はギルスの頭をぽんと撫でてくれた。無造作にわしゃわしゃと髪をかき混ぜられるがギルスは嬉しそうだ。髪を直しながらエレベーターに乗り込むギルスと篁。最上階の角部屋、扉の前でギルスはインターホンを鳴らした。
「………」
「………」
「…お出掛けでしょうか?」
「みたいだな」
もう一度インターホンを鳴らすが反応は無い。どうやら外に出ているようだ。ふと、ギルスは思い出す。
「そうでした。今日はシェリルさんとソロンさんのメンテナンスの日ですよ」
「はぁ?まさか忘れてたのか?」
「今日はお二人のお帰りは夜です。うっかりしていました」
「さっき脳味噌がどうのと言っていたよな?」
「うっかりは誰にでもあるものです。仕方ありません、お花はカードと一緒に郵便受けに挿しておきましょう」
「それで?これからどうする?南西くんだりまで来てとんぼ返りか?」
「馬鹿を言ってはいけません。私達はお茶をしに来たのです、それにシェリルさんの居ない間はこの区画も私の管轄下に入ります。パトロールしなければ」
「要するに買い物したいわけだな」
「ご名答です」
本来の目的にかこつける技術は上がったものだ。篁は苦笑混じりにもう一度ギルスの頭を軽く撫でた。ギルスはきょとんとして篁を仰ぐ。
「褒められるようなことを言いましたか?」
「別に。なんとなく撫でたくなっただけだ」
「?変な人ですね、あなたは」
「置いてくぞ、旦那様」
「あー、待ってくださーい」
ギルスは慌てて花束とカードを郵便受けに押し込むと、既に背を向けて歩きだした篁の後を追った。