BOJ-SSS4【Gills's One day】
ギルス=ベルゼブブ。
三十前後の容姿にとても映えるオレンジ色の長髪を上品な紫染めのリボンで結んでいる。左目はそのさらりとした髪に隠されているが、物腰柔らかく微笑む金色の右目は紳士のそれである。白のスーツを好み、黒いシャツに黄色いネクタイ。ぴしっと背筋の伸ばせば、長身がさらに高く見える程。立ち居振る舞いもまた穏やかで、誰が一目で彼自身と彼の字名の合致ができようか。
彼の名はギルス=ベルゼブブ。
通称、『悪の裁判官』である。
これはそんな彼の一日がいかなものか記したものである。
※ ※ ※ ※ ※
「篁、篁どこです?」
「どうした、ギルス?台所だ」
「朝からキッチンで何をしているのですか?」
「毎日見てれば解るだろう、料理だ。ナノマシン群体のあんたと違って俺は食わなきゃ動けないんだからな」
「ふぅん。人間とはやはり不便ですね」
目が覚めて数分、ベッドの中でぼーっとした後ギルスは起き上がった。長い髪をそのままにパジャマ姿で広いマンションの中を相棒を探して歩き回る。欠伸をしたり目をこするのは人間らしい仕草と脳にインプットされている。そう、彼は人間ではない。ナノマシン群体、即ちマイクロレベルの極小機械の集合体だ。彼等の基礎には人間の細胞が使われているため完全に機人とは言いきれない。しかし、食事の摂取は特に必要無い。それでも相棒である篁は彼の分までこさえてくれる。キッチンと聞いてダイニングへ向かうと、成程、篁がせっせと動く背が見える。ギルスの平均設定身長も百八十五と高い方だが、篁はもう少し大きい。異国人で、ギルスが造られる前からこの国に居るそうだ。詳しい話はまだ実年齢五歳の彼には難しい。そうでなくとも彼の脳のフォーマットには小難しい司法が山ほど組み込まれている。他の事を覚えるのは二の次だ。ギルスはダイニングテーブルに腰掛け、篁が良い香りのする朝食を持って来てくれるのを待つことにした。これは朝の定例、三年ほど一緒に住んでいるが毎朝同じやりとりである。それでも篁は嫌な顔一つせず返事をしてくれる。
「はいはい、旦那様。飯ですよ。おい、髪くらい梳かして来い。絡んでるぞ」
「私の髪を整えてくれるのは篁です。それは記憶しました」
「はぁ…自分の身支度に関しては物覚えがいいな、あんたは。待ってろ、そのままじゃ味噌汁に髪が入る」
「はぁい」
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