【BOJ-SSS1】Black shadow and Jet black darkness
一瞬問い掛けに止まった後、そんな事はどうでもいいと言いたげに笑い答える男、篁。異国で人を殺し過ぎて祖国に存在すら抹消された元倭国軍人。来国当初から迷わず足を踏み込んだ裏社会で研がれた狂気は、クーデター後、『大粛清』と言う殺戮で解き放たれた。祖国でも名の通る、夜叉族出身の上位軍人。その実態は、肉を断つ感触に酔い、戦場で血を浴びては悲嘆と苦悶の渦中、生きた人間の骨を鋸で引き、死に逝くまで断末魔を奏でる事に倒錯的昂揚を覚える正真正銘、頭のイカれた快楽殺人者。大粛清以前、裏の『仕事』で殺した人間は多く無いが、『趣味』なればその数は知れない。四年前、いきなり裁き司候補が拾い上げ、相棒の執行官となる前は、大粛清の『功績』故に国外人として異例の永住権と戸籍を与えられたジェノバ国軍の軍人だった。それ以前。十年前の来国後、ひっそりと裏社会の住人となった頃。今はもう、この国では名ばかりとなってしまった有力者や支配階級、そのいざこざからの派生依頼、後の処理が面倒故、誰も好んで請けない汚れ仕事を、逆に好んで請け負い続けた始末屋だった。『趣味』はその頃、まだ過激では無かったはずだ。無論、留守中以前のそれらを知らない彼では無い。それまで裏社会全般の依頼、報酬管理、割り当て、斡旋、特異なシンジケートの総括他全てに於いて全て、彼の掌で転がされていたのだから。
「人が留守にしてる間に、相当イタズラの味をしめちまったな?表に出て、派手に極刑手前までぶちかましちゃあ、夜な夜な大手を振って人を殺し歩くとは。お前さんの殺人欲は絶倫かい?元倭軍部『薄刃影朧』…この国では『スパイドル・ソー』か」
「詳しすぎるな…気味が悪いくらいに」
「お褒めに預かる程じゃねぇさ。ちょいと前まで、一度ジェノバの裏社会に足を踏み込んだ奴の名は全部俺の耳に届いてた。留守の間に耳より情報の規模も拡がったぞ。…嗚呼、こんな煌々と輝く月夜の晩は…セレネに見守られバッカナールを聴きながら、ゼピュロスとネクタルの杯を交わす…なんて洒落込みたかったが…エレボスには過分な願いか」
「…聞いた事の無い横文字は耳馴染みが悪いな」
「浅学だな。バッカナールは音楽、ネクタルは神酒、他は全て『神の名』だよ。まぁ、この『世界』でそれを識るのは俺だけ。この『眼』のお陰さ。お前さんみたいに殺しが『趣味』なんて槐様のお綺麗な教義に甘えきって、即物的な快楽に溺れる下衆野郎には…一生縁の無い高貴なお話さ」
この『時代』における『神』は唯一、槐のみ。それが『世界』のルールだから。彼の眼が何を視る事ができるか。それもまた後日語る事としよう。神が複数存在する。そんな思想は聞いた事が無い。篁にとって神ごときより、図星でしかない最後の皮肉。槐教の唯一無二の教義、それは『自由』。殺す『自由』も、快楽を得る『自由』も、その言葉通り盾として来た。宵闇に浮かぶ満月だけが映っていた黒檀の瞳に、濃紅のジャケット、桃色の髪、艶やかな紫の瞳、異形の片腕を持つ彼が向き直って映り込む。一度笑みを失くした篁の代わりに三日月ように弧を描く唇、その口内から黒い霧が漏れ出す。嫌悪と侮蔑、漏れ出すのは正に篁に向けられる不快感。こいつは、やばい。篁の口元にまた不気味な笑みが零れる。何者か、三度尋ねる前に彼は口を開いた。
「さて、それじゃあ世間話しがてらな。ちょっと」
声を発した瞬間、吐息と共に漏れていた霧が黒煙と呼べるまでに濃くなった。どす黒い、まさに黒い闇そのものが体内から溢れ上空へと立ち昇る。
「踊ろうか」