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【BOJ-SSS1】Black shadow and Jet black darkness



 指の隙間でくるくるとカード、否、札を回しながら、色も熱も無い冷ややかで静かな悪態。相手が誰か、そんなことは知った事では無い。人様の『庭』で、顔馴染みを殺した。その二点だけで命の価値は羽根より軽く、罪は鉛球より重くなった。

「あんた、何者だ」
「聞いただろ?マスター。あっちかそっちかこっちか、どっちかの外れにある小せぇバーのマスターだよ」
「今は、じゃないのか?」
「ああ、昔のことが知りたいのか。なら、せめてツラ見せな。ここは可愛い可愛いマイスイートが小鹿ちゃんみたいに駆け回る、陽に照らされた眩い『お庭』。お前さんみたいなのが影すら落としていい場所じゃあ無い」
「…余程、ぞっこんらしいな。その愛しの君に」
「勿論さ。でなきゃハーレム三昧の南の島からのこのこ戻っちゃ来ないね」
「ほう。そいつは是非逢ってみたいもんだ」

 影がゆらりと動いた。両腕を上げて背後に肘を折る。金属の擦れる微かな音が響き、一歩、一歩、月明かりの下に歩みを進め、ゆっくりと照らされて行く。黒いスラックスに下駄を履いた足。黒地のシャツは襟、肩、裾、袖に不規則な寒色の市松模様。肘までしかない袖の先に伸びる不健康な程青白い両腕を、覆う程に刻まれた真っ黒な蜘蛛の刺青。そして背から下ろされた両手に握られる、特注品だろう。長い横引きの片刃鋸と、同様刃渡りのある糸鋸。両鋸の柄尻は色気も無い長い麻縄で繋がれている。陽に焼けた事など無さそうな青白い細面に黒檀の双眸、にたりと吊り上がる、薄く凶悪な唇。右に流された前髪も首に張り付き鎖骨まで流れる襟足も全て黒。心底楽しそうに、ひょろりと細長い影だった男は、月明かりの下に全貌を現した。全身に月光を浴びて尚、肌だけは異常に白い。
 倭人。洋装に下駄、そして特徴でしかない蜘蛛の刺青と得物。成程、合点が行った。小さな溜息を一つ吐いて、くつくつと笑う気味の悪い男から目を背けまた壁に、今度は背を預けた。
「十年前、倭から軍人が一人、来たな。ジェノバクーデターで国外人にも関わらず『大粛清』に加担し、倭を追放された、この国の歴史でも五本の指に入る大量殺人鬼、『虐殺の夜叉』。今はS級裁官にして時期ジェノバ司法省最高裁官『裁き司』候補、通称『悪の裁判官』ギルス=ベルゼブブ。…の右腕、だっけか」
「うん?…俺の前歴まで知ってるのか?」

 笑い声が止まる。男自身、この顔と得物を見て逃げ出さない人間が居るとは思わなかった。生憎と夜を闊歩する彼がそんな繊細な精神構造を持ち合わせる訳も無い上に、その耳に今、届かない情報は無い。法皇府の内情然り、軍の機密然り、裁判所の内情然り。情報に関しては買取専門だが、目の前の男の前歴程度、彼がジェノバに『居た頃の情報』ならば買い取るまでもない。
 訝しそうな相手に、またつまらなそうな溜息を一つ。

「さて。聞かせてもらおうか、『軽犯罪懲罰執行官』タカムラ・アイバ。饗庭篁。今の殺しは執行官としての『仕事』か『趣味』か。見当はつくけどな」
「…フ、ハハハ、そこまで解ってて訊くのかい?…お察しの通り『趣味』、さ」

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