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Dolcezza invariata【変わらない甘さ】


「なぁ、ジュリオ…」
「なんですか…ジャンさん…」

 隣でうとうとと瞬きをするジュリオを睡魔から引き剥がす。ジュリオはそんなことよりジャンが声を掛けてくれた事の方が遥かに嬉しいらしい。声には喜色が滲む。それでもまだ睡魔に引っ張られているのか、彼には珍しく間延びした声だった。
 ジャンは腕を伸ばして、その白い頬を軽くつねった。ん、と声が漏れ、ジュリオはようやく目を開く。

「ジュリオ…」
「ん、む…」

 覆い被さるように身体を起こし、唇を奪う。名を呼ぶと、彼は擽ったそうな声を漏らした。それからジャンの腰に腕を回し、素肌を撫でるように抱き寄せた。細身だがその動きは軽々としたもので、二人はすぐに密着した。そのまま啄むような口付けを繰り返す。

 ここはデイバンのジャンのアジト。安っぽいアパートを用意したのはわざとでもなんでもない、この方が落ち着く。構成員上がりの駆け出しカポが提示した理由はそれだけだった。

 その部屋のベッドで、裸体にシーツ一枚引っ被っただけの二人。昨晩は最近忙しかったジュリオと久々の逢瀬だった。
 夜は狩りの時間だ。文字通り、デイバンに蔓延る『墓掘り屋』の首を掻くには相応しい時間。よって幹部でありながら現役戦闘員筆頭のジュリオは忙しかった。
 ボンドーネ家の祖父から解放され、身軽になったジュリオは前よりいささか優しくなった。無論、GDの連中にだ。狂犬の名に恥じぬ動きをしながら、下っ端の下っ端にはたまにお慈悲をかけてやる。邪魔なようなら消すが、そう言った分別は格段につくようにはなってきたと思う。
 そんなこんなで時間は過ぎ、二人は今もあのホテルの一室に陣取っていた。だが、時には人目を避けたい時もある。
 …子供の頃の隠れんぼの名残かもしれない。

「ジュリオぉぉ」
「ジャンさん、声が死にそうですよ?」
「それはキミが夜中ぶっ通してオレのケツを掘ってくれたおかげだねぇ」
「無理、させちゃいましたか?」
「いや…気持ちよかったですケド…」

 見張りは無論どこかに張り付いているのだろうが、人目を気にせずセックスできるのは解放感がある。昨夜、仕事の無かったジュリオは久方ぶりにジャンの身体に溺れた。それはもう、しつこい程に。結局朝方まで喘がされた喉は枯れていて、出る声は掠れてしまう。ジュリオは気遣わしげに、本当に心配だと言う口振りでジャンの頬を撫でながら問う。頬を微かに赤らめるその姿にまた発情してしまいそうだが、もう明け方に近い。ジャンの仕事の時間が迫っている。カポになってからジャンの忙しさもてんてこ舞いだ。お互い忙しければ、たまには隠れて好き放題と言うのも文句の言い様がないだろう。仕事自体は滞りなくこなしているのだから。
 ジュリオはジャンの身体を抱き締めたまま上体を起こした。背の高いジュリオの胸にジャンが縋り付く格好になるが、その額に口付けを落とし、ジュリオは言った。

「ジャンさん、アイスクリーム食べましょうか」
「アイス!?」

 ジャンの瞳が子供のように輝く。可愛らしい、と心底から思う。

「昨日、来る時買って来たんです。ストロベリーとチョコレート。バニラもありますよ」
「どれでもいい。ジュリオはストロベリーが好きだっけか?」
「覚えていてくれたんですか」
「うーん、なんかピンと来た」

 なんて、本当はあの抗争の中唯一に等しい甘い時間を覚えていなかった訳では無い。素知らぬ顔でそう言うと、ジュリオは未だにジャンにしか見せない笑みを浮かべた。キュンとくるだろうがバカヤロウと胸中で思っているのは通じているのかいないのか。ジュリオはベッドを降りようとジャンの手首に手を掛けた。
 だがジャンは離れない。

「オレも行く」
「え…でも…腰、痛くない、ですか?」
「痛いからお前が抱き上げるの」

 面食らうジュリオ。ジャンがこんなに甘えてくるなんて珍しい気がする。いつも自分が宥められ、癒されている気がしていたが。体躯的に抱き上げるのは問題無いだろうが、大丈夫かと問えば上目で拗ねたように睨んでくる。

「…解りました、ちゃんとシーツを羽織ってください」
「おゥよ!」

 ジュリオの言葉にぱっと笑みが咲き、ジャンはモゾモゾと薄いシーツにくるまった。季節は春の半ば、昼間は暖かいが朝方はまだ冷える。不器用にシーツにくるまったジャンを横抱きに抱え上げると、冷蔵庫のあるキッチンへ向かう。

「お前は寒くねーの?」
「あまり寒暖差を感じないんです」
「便利な体してんなー。オレだって結構ウェイトあるのに軽々だし…お前どういう構造してンの?」
「さぁ?でもジャンさんは軽いですよ」

 蓑虫のようにシーツの中から顔を出しそう問えば、ジュリオは困ったような苦笑を漏らした。
 確かに自分で自分の構造なんて考えたこともなかった。有能なキリングマシーンであることだけ追い求めていた。人を殺すことに、殺した死体を積み上げることに興奮した。ただその欲求を満たすためだけにここまで来た気がする。そのために自分の身体がどう特化したかまでは深く考えたことは無い、はずだ。
 そんなことを考える時間もなかった。

「ジャンさん、冷凍庫開けてくれますか?」
「任せろーい」

 冷蔵庫の前に立ったジュリオがジャンに声を掛ける。ジャンは待ってましたとばかりに冷凍庫に腕を伸ばした。バランスを崩しそうになるが、ジュリオの腕がそれを支える。

「お前…どんだけ買って来てんのヨ…」
「多すぎましたか?」
「冷凍庫パンパンじゃねーの」
「ストックですよ。俺、アイスクリーム、好きなんで」
「オレも好きだけどさぁ…ま、とりあえずカップ一個ずつな」

 みっちり詰め込まれたアイスクリームの中から、ストロベリーとチョコレートのアイスクリームを取り出す。いくら好きでも買い込みすぎだ、顔にそう書いてある。踵を返しながら、少ない食器の中からスプーンを拾う。一本しかないが問題無いだろう。来た時と同じように、顔色一つ変えずにベッドへと戻る二人。ベッドに降ろされたジャンはくるまっていたシーツを広げ、ベッド脇に腰掛けたジュリオの肩へと掛けてやる。

「いくらあちーのさみーの解らなくても、風邪ひいたら困るからな」
「ありがとうございます」
「なんか、起き抜けにアイスって新鮮だな」

 そう言いながら既にカップの蓋を開いているジャン。ジュリオもそれに倣って渡されたカップの蓋を取る。ピンク色のアイスクリームがぎっちり詰まった中身を柔らかくしようと、ぐにぐにと紙容器を揉んでみる。

「ジュリオ…手つきがエロい」
「え?硬かったのでつい…」
「うん…解るけど、うん…」

 ジャンはもう何も言うまいと自分のアイスクリームにスプーンを突き立てた。確かに硬い。僅かに掬いあげたそれを、口に運ぶ。顔色はこれ以上無いほど穏やかで幸せそうだ。思わずジュリオの頬も緩む。

「ああ、スプーン一つしかねぇのか」

 甘い甘い余韻から帰ってきたジャンが、思い出した、と我にも返る。ジュリオはジャンが食べ終わるまで待つつもりだったようだが、それではただの液体になってしまう。ジャンはスプーンを伸ばして、ジュリオのアイスクリームをひとさじ掬った。手の熱を吸ったそれは、ジャンのものより柔らかく、容易に掬えた。そのままスプーンをジュリオの口元に運ぶ。

「はい、アーン」
「じゃ、ジャンさん!?」
「なにヨ、イヤ?」
「嫌では、無いですけど…」

 気恥しい。そう言い終わる前にピンク色の雫がぽとりと、ジュリオの白い太腿に落ちた。

「あー、ホラ。ぼさっとしてっから」
「す、すみません」

 慌てて口を開きスプーンを咥える。ジャンクな甘味が口の中に広がる。うん、ジャンと食べ慣れたいつもの味だ。思わず口角が上がる。

「んじゃ、オレも」
「…ッ、ジャンさ…!」

 スプーンから手を離し、ジュリオの足に落ちた雫を指先で掬い上げるジャン。それをそのまま口に運ぶ。驚いたジュリオが口を開けば、スプーンは床に落下した。

「んまい」
「そ、そんな事をしなくてもまだありますよ…」
「そーネ、でもスプーン落ちちまったから」

 事も無げに言いながら、ジャンは溶け始めた自分のアイスクリームに指を突っ込む。人差し指でくりんと器用に掬いあげ、自分の口へと運ぶ。

「なんか、懐かしーな?」
「…そうですね」
「脳味噌ハバナまでトんでないお前とまともにエロい事したっけー」
「ふ…そうでしたね…」

 アイスクリーム塗れになりながら。くすくすと、どちらからともなく小さな笑みが漏れる。
 そらからまたジャンは上目でジュリオの瞳を見つめる。

「なァんか、思い出したら変な気分になっちまったなー」
「…俺もです」

 明け方。まだ日は昇っていない。ジャンの悪戯っぽい台詞に、ジュリオはぼそりと呟いた。それからジャン同様、自分のカップに指を突っ込む。不器用に掬いあげられたピンク色のクリームを、ジャンの唇に押し当てる。

「…もう一回、いいですか?」
「この絶倫ー。まぁ、誘ったのオレだし?」

 ちろりと覗かせた舌でクリームを舐め取りながら、艶っぽい口振りでジャンが呟く。こくり、とジュリオの喉が鳴る。ジャンが誘ってくれなければ未だに手を出しづらいジュリオ。唇の間に指が含まれる。その指を、ちゅうと吸いながら、ジャンはまた悪戯っぽく微笑んだ。

「仕事前に一発かましますかぁ」

 そう言ってベッドサイドのテーブルにアイスクリームの容器を置く。冷えた指先と掌をジュリオの首に回し、喉仏から鎖骨まで這わせる。ジュリオもテーブルにアイスクリームを置くと、降ろしていた足をベッドの上に持ち上げた。そのままジャンの身体を押し倒す。

「ん…ジュリオ…」
「ジャンさん…」
「あんまり激しくしないでネ」
「無理です」

 ばっさり言い切ったジュリオに、「この野獣ー!」と小さな悲鳴をあげるジャン。結局アイスクリームが潤してくれた喉はまた枯れることになりそうだ。

 それでもジュリオの腕の中、ジャンは束の間幸せを感じるのだった。ジュリオも同様、腕の中の暖かさにまた救われる。

 二人は口付けを交わし、ない混ぜになった甘さの残り香に飲まれて行った――。

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