二ノ巻【戦慄! 桶狭間の遭遇】
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勿忘草の雷と、紅梅の風がぶつかり合う時。
それぞれの思惑が交錯した戦場で、新たな火種は燃え上がる。
どちらからともなく、ほぼ同時に地面を蹴り、鋼と鋼の火花が散った。
「ふふっ……風でも感じていましたが、貴方はとてもお強い方のようですね」
「風だのなんだのごちゃごちゃと……舐めてんならその口削ぐぞ」
「あらぁ、怖い殿方ですわ、っね!」
ギチギチと譲らない鍔迫り合いを姫から弾き、お互い後ろへ下がる。
右刀を地面に刺しながら滑り、止まった瞬間に時計回り。
舞い上がった緑を開いた鉄扇に乗せ、口上を述べた。
「風波静林、鎌月葉!」
葉が三日月の形に風でコーティングされ、片倉目掛けて飛んでいく。
しかし全て見切られ、斬り伏せられた。追撃を警戒するが、地面に刺さっている刀のみで、風林の君が居ない。
それでも焦ることはなく。風となって背後にまわった彼女に気付き、刀を背中に構える。
林音も感ずかれたのを理解し、ぶつかる前に寸止めした。
「やりますねぇ、竜の右目。伊達に副長をされていない、ということでしょうか?」
わざわざ防がれる一撃に力を割く意味もないので、刺したままの愛刀まで跳躍する。
一度両刀を片付け、扇を開いて口元を隠した。
「俺の役目は、テメェみてぇに姑息な手段を使う奴から政宗様を守ることだ。その辺の野郎と一緒にすんじゃねぇ」
「これは失礼致しました。なにぶん前戦で戦うのは、今日が初めてですから」
一方、未だ警戒は解かず。射殺しそうな睨みをやめない小十郎。
嫌味が籠る返しをしても、笑みと丁寧さを崩さない彼女を相当警戒しているのか、ただ単に気に入らないのか。
だが、命に関わる戦いが初めてだと言った彼女の言葉に、揶揄を含んだ笑みを浮かべた。
「そうか。精々今日が最後の戦にならねぇよう、気をつけることだな」
「ふふっ……善処致しますわ」
ほんの少し残念に感じたなど、本人は知らずに。
それから何度もぶつかりはするものの、お互い致命傷も、擦り傷でさえ負わない戦いが続く。
決して弱いわけでも、本気を出していない訳でも無い。決定打に欠けるのだ。
男女の力関係で適うはずもないことは、分かりきっている。
だからこそ鍔迫り合いは出来るだけ避けつつ、遠方から風技を飛ばす。
一方の彼には全くと言っていいほど当たらず弾かれ、力の差は歴然。
だがいつでも首は取れそうなのに、近付こうとしない。他所から見ればお遊戯のような、煮え切らぬ戦い。
そうこうしている内に、天気はどんどん悪くなる。
先に始めていたそれぞれの主君と家臣は、既に疲れの色が見えていた。
「……雨、ですか」
遂には灰色に染まる空から、天の恵みが降ってくる。
見上げた姫君は鉄扇を畳んで、刀を鞘に収めた。
そして左手を横に伸ばし、いつの間にか近くなっていた自軍の武士に例のものを促す。
先程しっかり回収されていた傘が投げられ、受け取った彼女はそれを差した。
「戦いの最中に雨宿りたぁ、いい度胸だな」
「だって、濡れるのはごめんで……――」
様子を伺っていた右目は、睨みと構えは解かずに零す。
再び彼を視界に収めた林音も、空いた手で扇を開く途中、突然ぴたりと止まった。
口元が隠れる前だったので、笑みが消えるのを目の当たりにする小十郎。
「……片倉小十郎様。単刀直入に申し上げますが、一時休戦と致しませんか?」
次には折角差した傘をたたみ、地面に刺す。
鉄扇はそのままに、左手の人差し指を静かに、彼の背後へ指した。
いきなりの申し出に、普通は疑念しか浮かばず信じないだろう。
しかし、竜の右目は疑いの声を上げるよりも、少し睨んでから後ろを一瞥する。
すぐにその理由が分かり、こちらを向いた。
「……いいだろう」
「んふ、感謝致します」
瞬時に判断した彼の手腕に、内心関心しながらも微笑を浮かべる。
そして踵を返しながら、知らせるべき者の名を呼んだ。
「政宗様!!」
「幸村様!!」
宿敵との命を懸けた勝負は、均衡しているからこそ決まらない。
息を切らす幸村が最初に気付いたのは駆けてくる姫ではなく、その奥に並んだ派手な牛車だった。
簾から覗く、白塗りの殿。一人ならばまだしも、複数ならばどうだろう。
「今川殿が、三人!?」
「影武者です!」
天然気質のある家臣の勘違いを正しながら、通り過ぎて預けていた馬の鼻筋を撫でる。
興奮している様子もなかったので、手網を引いて彼の所へ戻った。
途中に前方を一瞥すると、伊達政宗と片倉小十郎が、内二つを追う準備を整えていて。
「幸村様は、残った牛車を追ってください。わたくしは他のどちらかを追いますわ」
「はっ、し、しかし姫様おひとりでは危のうございます!」
「今はわたくしの身よりも、お父様へ捧げる誉れを優先なさって下さい。さぁ、急いで!」
「こ、心得ましてございます! 姫様、お気を付けて!」
少々無理矢理に馬を押し付け、乗るよう急がせる。勢いよくお尻を叩けば、元気に走っていった。
一度短く息を吐き、後ろへ振り返る。
「皆はお父様のおられる小田原まで撤退なさい。現状の報告と、今後の指示はお父様に仰ぐように。小競り合いは御法度です。死に急ぐことは許しませんよ!」
『はっ!!』
残った兵に指示を与え、ついでに置いたままの傘の回収を頼んでおく。
鉄で出来た扇は、この程度の雨では崩れない。露を払いつつ、両手に開いて目を閉じる。
「風波静林……春風、疾風」
彼女を包むように、二種の風が纏われる。馬が無くとも問題がないのはこういうこと。
体勢を低くし、土草を弾いて一歩踏み出すと、たったそれだけで景色が変わった。
「……まぁ、どちらを追うかは、目星をつけているのですけどね」
状況に有るまじき笑みと呟きは、誰にも知られることなく。
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