第13夜【記憶と思い出】
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神田の登場により、リナリー以外は一斉に振り返る。
まさか戻ってくるとは思っていなかったし、彼がいるということは、話の中心人物も来ているという考えに至り、青ざめる者もしばしば。
だが幸い、ここにいるのは神田だけ。
どうやらシナデのおかわりを貰いに来た様子……まだ食べるらしい。
「リナ、喋り過ぎてねェだろうな」
「初めて会った時のことと、記憶喪失の話くらいしかしてないわよ」
ギロリと睨みつける過保護男を、キッと睨み返すツンツン少女。
お互いシナデの事になると、譲れぬものがある。
逆に彼女のことだからこそ、隠し事をしないという点も。
「チッ……まぁいい」
険悪な雰囲気で数秒見つめ合った後、いつもの舌打ちを零して注文口に向かった。
ジェリーも追加がくるのを察していたのだろう、おにぎり数個とオマケにみたらし団子を付けてすぐに渡してくれた。
トレーを持って踵を返した彼に、見計らっていたアレンが立ち上がって声をかける。
「神田、シナデは――「これ以上詮索したら、問答無用で刻むぞ」
だが言い終わる前に、脅し紛いの拒絶を示す。
お前達に話すことは何もないという、固い意志を。
流石に言葉を失った四人を置いて、食堂を出ていった神田。
「(そもそもアイツの記憶は、思い出さなくていいもんなんだよ)」
誰もいない廊下を、カツカツと靴音を響かせて歩く。
思い出すのは、あの日の記憶。シナデが忘れてしまった、忌々しい悲劇。
――ユ、ウ……――
どうして彼女じゃなければいけなかったのか。
自分が身代わりになっていれば、こんなことにはならなかったのではないか。
何をやっても変えられない過去を悔やむ時、頭に焼き付いてい離れない、愛しい人の涙。
「……シナ」
もう二度と、辛い結末を迎えさせたりはしない。
手首で光る数珠を見つめ、拳を握った。
* * *
「……おかえり、神田」
教団周辺の森には、鍛練しにくる神田か、よく付き添うシナデしか来ない。
なので目ざといラビも外とは思わなかったらしく、バレなかったわけだ。
因みに今日は二人共休みであり、朝から晩まで鍛錬予定です。
「メシ持ってきたぞ」
「……ありがとう」
トレーごと受け取り、石に座る膝に乗せて、いただきますと手を合わせる。
もぐもぐ頬張るシナデを、比較的近い位置で膝に頬杖をつきながら見つめる神田。
やはりリスか? リスだな……と自己完結する男は、彼女のおにぎりの奥に違和感を感じた。
正確には、首と鎖骨の間辺りにある、円形の痕。
「首……」
その時点で、思い出してしまった。
つい先日の任務地で起きた事件。憎たらしいアクマのガキに負わされた、消えることのない傷。
無意識に口から出ていたのを、この距離で聞こえないはずはなく。
「……いや、何でもない」
ふいっと顔を逸らし、誤魔化すことにした神田。
今までなら、この方法で終わっていただろう。
「……傷、の……こと?」
「……気付いてたのか」
だが、以前よりも少しだけ感情が戻っているシナデは、首にあるものがなんなのか。
それについて何か言いたかったのではないかと察する。
「……お医者さんが……どうしても、残るって……言ってた……」
「……そうか」
この時代の医療技術は、たとえ教団が支援していたとしてもそこまで発展していない。
むしろ彼女の自己治癒能力が高いおかげで、本来全治数ヶ月はする筈の重傷が、一ヶ月にも満たない日数で治りかけている。
先程アレン達も話していたが、未だ謎の多いイノセンスが原因……いや、理由なのだろうか。
「……触れても、いいか」
しばらく沈黙が続いた後、彼にしては遠慮がちに問いかけた。
発言だけ聞くと怪しいのだが、決して下心は無い。
これは自分の油断が招いた傷痕だから。
「……うん」
基本的に断らないシナデだが、少し思案する素振りを見せてから頷く。
とりあえず了承は得たので、遠目からでも分かる色白の首へ手を伸ばした。
まず指先に触れたのは、傷も何もない所。
思っていたよりスベスベで、自分の骨ばったものとは大違い。
次に痕が残った箇所をなぞると、先程とはうって違いザラつきがある。
中央の丸い部分だけはツルツルしており、どうしても違和感が拭えない。
「……神田」
「なんだ」
「……傷……見えない方が、いいかな」
気付けば、結構な時間触っていたと我に返り、手を引っ込める。
だが彼女は指摘するのではなく、不快感を露わにするのでもなく。
「……どうしてそう思う」
そもそも助言を求めてきたのだって、今までになかった。
「……神田……傷、見て……怒った……気がした、から……」
そして、自らに対する他人の感情を、これほど目ざとく当てられたのも。
正確にはそれを、言葉にしたのはだが。
「(前はそこまで気付かなかったのに、コイツは……)」
神田は確かに怒っていた。
というより普段から仏頂面だし、何かしらにキレているので表情は険しい。
普通の人なら怖がって近付きすらしないのに、シナデは感情を失っているが故に何も感じず会話していた。
今、彼がどういう表情をしているか。どういう理由でそうなったか。
まだなんとなくではあるようだが、察せられるようにはなってきたらしい。
「お前に怒ったんじゃねェ……自分の不甲斐なさに、腹が立っただけだ」
誤魔化すことはやめ、素直に己の心情を吐露する。
コテンと小首を傾げながら、おやつのみたらし団子を口に運ぶ彼女は理解していない様子だが。
「……シナデ、お前に言っておくことがある」
今度は逆方向に傾けつつ、無言で続きを待つ。
「俺はお前を……絶対に死なせねェ。だからお前も、無茶はするな」
もう二度と、あんな思いはしたくない。痛い思いもさせたくない。
自分の身体の方が丈夫なのだから、盾になればいいのだと。
最後の一本を食べ終わり、ごちそうさま、と手を合わせてから、神田を見る。
「……それは……命令?」
「いや、これは……俺の、願いだ」
示し合わせた訳でもなく、眼差しが繋がった。
鳥の囀り、風に揺らぐ葉擦れの音、お互いの無言。
世界が止まったかように錯覚しそうな程の時間を経て、口を開いたのは姫の方。
「……わかった」
否定はなく、ただ一言の肯定。
無感情の虚ろな目だが、彼は何も言わなかった。
その奥に、微かな光が見えた気がしたから。
翌日からは、首が隠れるインナーや私服を着るようになったシナデであった。
――こうして、教団での振り返りは幕を閉じた。
次の幕開けは、いつもの任務。
*