code.18【それぞれの正義】
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「さて、昼食の仕込みまで掃除でもするか……」
午前九時過ぎ。パジャマ状態だった陽太郎の着替えを手伝い終わる。
御飯を作る以外は何をしようか明確に決めていなかったので、伸びをしながら廊下を歩く。
「アユさん」
「ん、とりまる?」
すると、背後から声を掛けられて振り返る。
支部内で自分のことをさん付けで呼ぶのは彼しかいないと、確信を持ちながら。
「お前、どうしてここに。おさむはどうした?」
「一旦別れたんです。後で合流しますよ」
微かに目を細めつつ、腕を組んで京介を見つめる。
一応周囲に親友達が居ないか警戒しつつ、大丈夫そうだと目的を促した。
「そうか……あ、そうだ。コンビニではありがとな、助かったよ」
「いえそんな、アユさんの力になれたのなら幸いです。ところで、今から掃除しようとしてました?」
「あぁ、昼御飯作るまで時間があったからな」
昨日、青いコンビニで思わぬ遭遇をした二人。
彼の適応力に礼を言いつつ、トントンと指で肘を叩く。
少しだけ苛立ちを感じたから。
「それなんですけど、三雲に修行を兼ねてやらせようと思うので、今日の掃除は簡単で大丈夫です」
「修行? ふーん、そうか。分かった……ところで」
トレーニングに清掃を用いるとは、基礎からやり直させる気だろうか。
意外と段取りを組んでやってるんだと感心しつつ、そういえば修がどのくらいの強さなのか知らないなと考える。
どちらにしても、口を出せる立ち位置じゃないが。
「敬語、ずっと出てんぞ」
本当は最初から気付いていたが、敢えて指摘しなかった。
わざとじゃないのは態度で分かるから。
その証拠に、ポーカーフェイスの烏丸が目を見開いている。すぐに戻ったが。
「……すいません。もうこれ、直りそうにないです」
「お前はほんと謙虚だな……ま、気持ちは分からなくもないが」
年上を謝らせているのも気が引けるし、自分だってネアという立場上、同じ経験はある。
苛立ちを溜息にして吐き出し、少し思考。
「……あー、そもそも飯じゃなくて材料の奢りってのも変だな。やっぱり敬語云々の話は無かったことにしてくれ」
思い返してみれば、結局は自らの心の平穏を押し付けているだけだと自覚する。
なので白紙に戻してもらう提案を出した。
「いい……んですか?」
「もうそれ癖づいてんだろ? ならしょうがないし、知らない奴らの前でだけ気を付けてくれたらいいしな」
一言二言は文句を言われるだろうと覚悟したが、むしろまた驚いている。
次には姿勢を正し、九十度のお辞儀を。
一昨日見た光景がフラッシュバックし、思わず手が出そうになったがその前に頭を上げられた。
「ありがとうございます。でもこのままじゃ悪いですから、何か返させてください」
「……おぉ、じゃあ今度お前が当番の時、私がいればおまけでも付けてくれ」
「はい、わかりました」
途中で止まったため、丸いものを掴もうとした体勢で固まる鮎。
それには全く動じず、どうかしました? と首を傾げた彼に……なんでもない、と平静を保つ。
一旦京介と別れ、開閉式ちりとりと短いほうきだけを持ち、玄関から屋上への階段まで掃くだけ掃いた。
実はこの会話の裏で、ある違和感を見逃していたことを後から知ることになる。
* * *
午前十一時四分、そろそろ昼食の用意を始めようとリビングに戻ってきた頃、ポケットが震えた。
トークアプリからの通知で、相手は『しおり』
文面を要約すると、お昼もみっちりトレーニングするからご飯は適当でいいよ! だそうだ。
「適当って、もう献立決めてんだがなぁ……」
チラリとキッチンを見て、冷蔵庫からトレーに入った鶏のもも肉を取り出す。
暫く見つめてから……よし、と頷いて、まな板に置いた。
肉の厚みが均等になるよう切れ目を入れた後、ビニール袋に片栗粉と塩・コショウを入れる。
もも肉を投入し、全体にまぶしてから中身を出して少し置く。
先に“たれ”として、醤油・みりん・料理酒・砂糖を二:二:二:一の割合で作っておき。
油多めのフライパンで裏表を焼き、余分な油を拭き取ってから“たれ”を加えて煮絡めれば、照り焼きチキンの出来上がり。
本当はおかずの一種にしようと思っていたが、予定を変更してメインに据えた。
陽太郎の分はワンプレートに盛り、ラップを掛けてメモを添えて置いておく。
そして事前にご飯をよそっておいた人数分の弁当箱に照りチキ、朝食の残りのポテトサラダ、卵焼きを詰めて蓋をする。
因みに洗い物の手間を減らすため、使い捨て容器に割り箸、ゴミとしてまとめられるようレジ袋に入れた。
気付けば半時間ほど経っており、午前十一時三十五分。
玉狛支部のトレーニングフロアは地下にあるため、専用のエレベーターに乗らないと辿り着けない。
充分に深呼吸してからボタンを押すと、暫くしてチーンと音が鳴る。
まず手前の畳まれた自動ドアが開き、次に蛇腹式の格子内扉が開いた。
中に入り、今度は逆の順で閉まって、下層フロアに運ばれる。
「こんにちはー……うさみさん」
ここまで来てしまえば、後は対面するだけ。
到着して勝手に開いた箱から出ず、キョロキョロと目だけを動かす。
左側に見えたモニター前に居るであろう人物を、遠慮がちに“外向き”の呼び方。
「……ぷっ、あはは! そんな警戒しなくてもアタシしか居ないのにー!」
「なっ! なら早く言えっての!」
エレベーターが稼動した時点で、彼女が来ることは予想していた。
敢えて反応せず、最初から最後まで見ていた栞は、我慢出来ずに吹き出した。
なんだか数時間前にも見たような光景である。
「ほらこれ、人数分の弁当作ったから。お前から渡しといてくれ」
「わー、ありがとう〜! 何だったら今からみんな呼んで、一緒に食べる?」
ドスッと崩れない程度に机へ置く。
そしてオペレーターからの誘いに微々たる反応を示したが、すぐに踵を返した。
「……いや、やめておく。邪魔したくないし、これから外に出る用事があるからな。じゃあまた夜に」
「そっか、了解。じゃあまたね〜」
今の自分は、ちょっと関わりがあるくらいの、あくまで一般市民。
度々言い訳するのも疲れるし、予定があるのも本当。
少しずつ少しずつ、苛立ちが募っていく。
最後に三号ルームのドアを一瞥してから、もう一度昇降機に乗って部屋を後にした。
届いた時から食欲をそそる匂いに我慢できず、足早に向かって袋を開く。
ひとつずつ弁当を取り出し、全て机に並べた。
「……あれ?」
配る前に味見と称して一口頂こうと、肉を見比べた時にふと気付く。
一、二、三……と改めて、個数を数え直した。
「(やっぱり、一個多い……アユちゃん、間違えたのかな?)」
現在トレーニング中のメンバーは五人。
一号室は烏丸京介、三雲修で、仮想戦闘モード中。
二号室は小南桐絵、空閑遊真で、こちらも仮想戦闘モード。
三号室は雨取千佳のみで、河川敷マップで射撃訓練なう。
オペレーターの自分を含めて六人なのだが、弁当の合計は七つ。
すぐに連絡すれば間に合うだろうかと、デスクに置いたスマホを取ろうと立ち上がった時、ガションという音が響く。
「あぁーもうっ、お腹空いた〜〜!! うさみ、お昼ご飯……ってあるじゃない! さっすがアユ〜!」
雪崩込むようにソファに座った、感覚派師匠の桐絵。
机へ広げられた美味しそうなランチに目を輝かせ、了承も得ずに蓋を開けた。
続いて弟子の遊真も、お、いいにおいがする、と彼女の横に座ってお箸を取る。
「あー、うん! じゃあお昼にしよっか」
既に食べ始めてしまった二人を横目に、電話するのはやめた。
自分もお腹が減っているし、他の三人を呼ばないと不公平だから。
後輩達に、このどら焼きはあ・た・し・の・だからね! と紙袋を揺らして主張する小南に苦笑。
よっぽどアユから貰えたのが嬉しかったのだろう、誰にも譲るつもりは無いらしい。
多かった件は事後報告しようと決め、ひとつ多い弁当を六人で分けた。
因みに配分は、こんな感じ。
白米全部:千佳、卵焼き:修、ポテトサラダ:京介。
照り焼きチキン(三等分):ジャンケンで桐絵と遊真と栞。
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