Episode.5【銀世界での日常】
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「はい、これ」
「う、うん……」
呆けている彼女の手に、ぽんとそれを置く。
凝った細工も、質感も、確かに母が使っていたものとそっくり……というよりそのもので。
「ジェイド……さっきのって譜術?」
「……フォミクリー。模造品を創ったんだ」
「フォミクリー……」
『レプリカ』悪く言えば偽物という意味もある。
無機物も有機物も、音素が元となっているオールドラントだからこそ実現出来た技術であり、それをこの歳で創り出したのが彼。
出会って一年以上経つが、ここまで頭が良いとは思わなかった。
「そろそろ帰らないと、先生に怒られるんじゃない。僕は帰るよ」
わざわざ待つつもりもなく、一人歩き出すジェイド。
未だ手元のレプリカを見続けていたリトは、彼が居た場所にあるオリジナルを次に見る。
そちらも欠片を含めて拾い見比べてみるが、壊れている以外に違いは無い。
正直驚きっぱなしだったが、母の形見が元通りになったことの嬉しさが勝っていた。
「……ジェイドッ!」
結構先を歩く少年の背中を、走って追いかける。
そしてポケットに入っている腕を掴み、足を止めさせた。
「ありがとうっ!」
嬉し涙が出そうなのを我慢したからか、視界が若干揺らぐ。
それでも感謝を伝えたくて、精一杯笑った。
彼から見ると、一瞬涙の膜が張ってキラリと光ったが、すぐ満面の笑みになる。
何故その時、心臓が一際大きく鼓動したのか。今の彼にはまだ分からない。
どうも見ていられず、ふいっと視線を前方へ逸らすジェイド。
「……僕にとっては実験しただけだから、お礼なんていらない」
「それでも、わたしは嬉しいの。これからは壊さないように気を付けるね」
本当に、彼女には何を言っても大体前向きな返事しか返ってこない。
「……また壊しても、また創るから」
そして自分も、どうでもいいという気分にはならなかった。
「ジェイドって優しいよね」
いつの間にか手は離れていたが、再び進み出した彼と一緒に歩くリト。
「馬鹿なこと言ってないで……帰るよ、リト」
「バカってなに……え、いま名前……」
相変わらずの毒舌も混ざったが、聞き捨てならないのも聞いてしまった。
結局理由には触れられなかったが、最初の頃とはだいぶ空気が和らいでいる気がする。
そういえば、さっきの詠唱……と話を切り出した少年に、あぁ、あれはね! と嬉々として説明しようとする少女。
結局このあと、先生に二度目のお叱りを受けるのを忘れたまま。
* * *
「まったく、だから長居は駄目と言ったのよ……ジェイドが居たから良かったけれど」
「うぅ、ごめんなさい先生……」
帰りが遅いのを心配していたネビリムは、案の定家前で待っていた。
流石に女の子独りで帰らせるほど薄情ではない。
なので送ってくれたのだが、経緯を話さない訳にもいかず、彼も怒られてしまったのである。
「反省してるなら、もういいわ。それに次からは、彼も付き合ってくれることになったんでしょう?」
「うん! っていっても、わたしが考えた譜術がどんなのか知りたいだけだって言ってた」
怒られている時もしらーっとしていたし、反省していたのかも分からないが。
彼女に対する態度を少し改めたようで、次からは譜術を見てくれることになったそうだ。
興味の矛先は違うだろうが、嬉しいものは嬉しい。
「フフッ。でも最初の頃に比べれば、だいぶ柔らかくなってると思うわ」
「ふーん、そうなんだ……」
ネビリムやピオニー、リトとも出会ったことで、自分に出来ない癒しを与えられる大人、自分に億せず接してくる同年代が居ることを知った。
少しずつではあるが、変化し始めているのだろう。
「……ねぇリト、貴女はジェイドのこと、どう思う?」
寝る前のホットミルクを飲みながら、ベッドに座って話す二人。
この部屋は彼女が来た後に、空き室を子供部屋にしたのである。
因みに先生の寝室は向かい側。
「どうって、好きか嫌いかってこと? 嫌いではないかな。良いところあるし」
「そう、なら良かった。これからも彼と、仲良くしてあげてね」
神妙な面持ちで問われたことに、考え込む節もなく答える。
嘘をつくつもりもないし、取り繕うつもりもないということ。
初めて会った時から気掛かりだった。
死ぬということが永遠の別れであるのを、彼は知らない……経験がない。
フォミクリーという技術を創ってしまったが故。
「うん、もちろん! いつかジェイドより強くなってやるんだー」
「フフッ、その意気よリト」
でも彼女がそばに居るなら、きっと大丈夫だろう。
それに悔しがるジェイドも少し見てみたい気がする。
いつものように、ぽんぽんと頭を撫でるネビリム。
すると、さっきまでニコニコしていたのに突然黙り込んで下を向いてしまう。
「ん、どうしたのリト?」
「……あ、えと、その……会った時から、思ってたことがあって……」
もしかしてどこか怪我をしたままだったのかと覗き込むが、もじもじしている顔。
空になったカップを受け取りつつ、うん、と遮らず、続きを待った。
「先生って、その……わたしの、母様と似てるなって思ってたの……髪の色とか、特に……」
最初はぼやけた視界で錯覚してしまった。
その後に警戒したりもしたが、日々を過ごすうちに母との共通点を見つけていく。
「そうだったの……そういえば資料で拝見したけれど、同じ色だったわね」
「でも、ただでさえお世話かけてるし……伝えるの、迷惑かなって……」
「そんなことないわ! 私も直接関係していなくても、何もしなかったのだもの……貴女は私を恨む資格があるのに、守りたいと言ってくれた。それだけでも嬉しいわ」
「ネビリムさん……」
ずっと撫でてくれている手に心地良さを感じながら、拒絶されなかったことに安心する。
「私でよければ、母親らしいことさせてちょうだい。だってもう、家族だもの」
ふわりと微笑んだネビリムの言葉が嬉しくて、思わず腰にぎゅっと抱きついた。
驚きはしたものの、離すことはせず撫で続ける。
「あの……今日は一緒に寝てもいい?」
「えぇ、もちろん」
物心ついた時から、就寝は独りだった。
なのでホームシックも相まって、やってほしいと思っていたのである。
その日はネビリムの部屋の大きなベッドで、二人仲良く寝たそうだ。
しかし無情にも刻一刻と、あの悲劇は近づいている。
――こうして、忘れられない日々は幕を閉じた。
次の幕開けは、心に残った事件。
*