Episode.4【預言なき希望】
名前変換
Your name?*.名前を入れると、登場人物に自動変換します。
より楽しく読むために、名前を記入して下さい。
※物語上、複数の名前や偽名が登場します。
夢主の名前以外は固定とさせていただきますので、ご了承下さい。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「わたしは……強くなりたいです」
刻は数日戻り、ネビリムにこれからどうしたいかを問われた時のこと。
強くなりたい。迷いのない瞳で、少女はそう言った。
「……それは、復讐したいからかしら」
天涯孤独となったリッシュテルトにとって、理由はあながち予想はつく。
父の教えに反すると言えど。
大人げないかもしれないが、先生は敢えて鋭く言葉を綴る。それは彼女を想うがため。
「……ちがうといえば、嘘になります。わたしだって大人になれば、どうなるかわからないから。でも強くなりたいのは、まもる力がほしいからです」
少女はこの歳で、実に様々な経験をしてきた。
一貫して感じたのは、もう大切な人を失いたくない。
「ゲルダ・ネビリムさん、あなたはわたしを助けてくれた。だからわたしを狙っている者に生きていることがバレたら、命を狙われるかもしれない。だから、いざという時にあなたをまもれるだけの力がほしいんです」
「リッシュテルト……」
力をつけるすべは色々ある。何かしらの武器を扱えるよう修行したり、戦術・戦法を勉強するなど。
その中で、彼女や亡き母も使っていた譜術。そして自らが父に習ってきたワンドル流抜刀術。
神託の盾騎士団の師団長という肩書きを持っていたくらいなのだから、剣術も含めて教授頂けるのではないかと考えたのだ。
生き急いでいるようには感じない。
むしろ、生き続けるために力を求めているのだと。
「……私を守ってくれるなら、私より強くなってもらわないとね」
この子ならばもしや……“彼”の凍てついた、命の尊さを知らない心を溶かせるかもしれない。
それだけではなく、このまま手放して、願いを蔑ろにしたくないと思った。
「それじゃあっ……」
「でも、私より強くなるために私に師事してるだけじゃあ、難しいかもしれないわよ?」
「うぅ……じゃ、じゃあどうすれば……」
ぱぁっと瞳を輝かせたリッシュだが、続けられた正論がその通りすぎて落胆。
結局は本人のやる気や努力、才能も合わさってくるだろう。
「そうね……とりあえず、今日から貴女はここに住みなさい。ケテルブルクにアーディラ家の親戚がいるという報告は聞いたことがないし、行く当ても無いのでしょう?」
身寄りの無い子供達の為の施設は、ケテルブルクにはない。
帝都グランコクマやダアトにはあるかもしれないが、そうなれば教えることも出来なくなるだろうし、最初からそのつもりはなかった。
俯いてしまっていた少女は、ネビリムの提案に顔を上げる。
「えっ……い、いいんですか? たしかに親戚の当てもなくてこまってるんですけど……」
「元はと言えば、私がいた組織の所為でこうなったのだもの。それに、そんな人間の私を守りたいって言ってくれたんだから、当然よ」
自分も貴女を守りたい、とは敢えて言わないでおく。
油断に繋がるかもしれないし、気恥ずかしさも少しある。
それだけではなく純粋に、彼女と共に生活するのも悪くないと思った。
「……ありがとうございます、ゲルダさん」
どうして両親達が死ななければいけなかったのか。一時は誰も信じたくなくなっていた。
だがネビリムに出会って、自分は独りではないと。
家族のために、生きなければならないのだと気付く。
既に涙腺がゆるゆるな少女は、涙の粒ができそうに。
先生も泣いていいと言わんばかりに、ふわふわ頭を撫でる。
「わたし……もう泣きません。強くなるために」
しかしそれが落ちることはなく。
必死に上を向いて、無理矢理引っ込ませた。
「そう……でも、無理はしないこと。いいわね?」
「はいっ!」
引き続き撫でながら、ふわりと微笑んでくれる。
血の繋がりはなくても、確かな幸せが、此処にあった。
後に新たな名を二人で考え、共同生活が始まったのである。
* * *
「強くなりたいって……それで僕にも、先生にも譜術を習うつもり?」
「うん、そのつもり」
回想は終了、ルナ・四の日に戻る。
ネビリムと話し合ったこと全てではないが、理由を語ると納得するどころか、余計に顔を顰めていくジェイド。
「貪欲だな……そもそも君に、譜術の適性があるかも分からないのに」
「どん、よく? ってどういういみか分かんないけど、やってみなきゃわからないでしょ!」
自分には第七音素を扱う適性はない。
だからこそ、第七音譜術士であるネビリムを唯一尊敬している。
同時に自分にだっていつかは使えるはずだと、信じて疑わずに。
それなのに貪欲の意味も知らないこの少女は、何も知らない分際で教わろうというのか。
「……付き合いきれないな。僕の邪魔をしないでくれ」
「最初からじゃまなんてしてないでしょ! ちょっと、待ってってば!」
ほんの少し抱いていた興味も失せ、本を閉じて立ち上がる。
リトの大声に何事かとピオニー達も振り向くが、喧嘩しているのかと雪いじりの手を止めた。
性懲りも無く追いかけてこようとするのが、背中から嫌でも伝わってくる。
そして彼女の手が触れた瞬間、募った苛立ちが最高潮に達した。
腕を振り払いながら、ついてくるな、と遠ざけ、数歩程離れてから足を止める。
「……そんなに言うなら、見せてあげるよ」
彼はここで不敵にも弧を描く。背中を向けているため、誰も見えないが。
流石に様子がおかしいと、リトのそばにネフリーとピオニー、遠巻きにサフィールが不安げに見つめる。
やっとこちらを向いた赤目の少年が瞳を閉じた時、足元が光り始めた。
「炸裂する力よ……」
「おいっ、ジェイド!」
徐々に難解な紋様が浮かび上がったことで、皇子は何をしようとしているのか理解する。
これは、譜術士が譜術を発動する際に出す譜陣。
詠唱までしているところから、気のせいでもなんでもない。
普段から何を考えているか分からないことは多々あった。
しかしこればっかりは放っておけない域、止めに入ろうとしたピオニー。
だが、彼の前に手を制したのは、同じく瞼を下ろした海色髪の少女。
「ピカッとぉ、爆発っ!」
『エナジーブラスト!』
同時に前方へ手を翳し、同一の技名を叫んだ。
向かいあった二人のちょうど中心で、中規模の爆発が起こる。
「なっ……」
彼としては、驚かせようと威力を抑えて発動したのに。
「だから言ったじゃない、やってみないとわからないって」
それと同程度ではあるが、相殺されるくらいの力で彼女は確かにやってのけたのだ。
「おまえ、譜術使えたのか!?」
「ちょっと前にゲルダさん……じゃなくて、先生におしえてもらったの! でも成功して良かった〜」
思い描いていた結果と違い、珍しく固まったままのジェイド。
逆に当然だという態度で、腕を組むリト、所謂ドヤ顔。
ある程度護身術を身に付けているピオニーも、守るどころか助ける必要もなく。
「すごい……お兄ちゃんと一緒の譜術使えるなんて……」
後ろで天才と名高い兄の譜術を、譜術で返したこの状況を見ているネフリー。
「ジェイド、大丈夫!?……ジェイド?」
爆発の余波がなくなってから、一番遠いジェイドに駆けていったサフィール。
未だに立ち尽くす彼の様子を窺うが、怪我をした感じでもない。
再び名前を呼ばれてから、やっと周りを把握する。
隣の白髪少年を一瞥し、次に前方を睨みつけるように見た。
「……君には絶対に教えない」
それは誓いというよりは、悔しさからくる意地張りに聞こえた。
サフィールがついてこようとするのも無視して、広場を出ていくジェイド。
残ったのは置いていかれてしまったネフリーの手を握るピオニーと、彼の背中を見つめるリト。
「ふーんだ、いつかぜったい見返してやるもんね」
結局、譜術を習う話は無かったことになる。
最後に三人で雪だるまを一体作ってから、今日の集まりもお開きになった。
「ただいま帰りました〜」
「おかえり、リト」
日が傾きはじめた位に、ネビリム家に帰宅。
入った瞬間、ビーフシチューのいいにおいがした。
「フフッ、砕けて話してもいいって言ったでしょ?」
「うっ……でも、なかなかクセが抜けなくて……そんなことより、先にお風呂入ってきます!」
「えぇ、分かったわ」
居候という形ではあるが、家族の絆は既に出来ている。
当初は深刻な話ばかりしていた所為で冷たい印象を抱いていたが、存外この人は優しく笑顔が多い人なのだと分かった。
「(あのジェイドってやつ、かわった人だったな……)」
服を脱ぎながら、今日の出来事を思い出す。
最初から最後まで何を考えているのか分からなかったし、自分に対して怒っていたようだった気がする。
因みに公共空間での譜術行使は、あの場に五人しかいなかったため大人達にはバレていない。
しかしこの後、先生に口を滑らせたリトのせいで、怒られる未来はある。
パチンと留め金を外して、バレッタを洗面台の縁に置く。
子供が持つには細工が凝っているこれは、襲撃前に母がくれたもの。
今となっては形見となってしまったが、他に何も持って来れなかったあの惨状では逆に感謝している。
そしてもうひとつの形見、第七核を飲み込んだあの日から、胸の上に不思議な紋様が刻まれていた。
何かしらの啓示なのかは分からないが、今のところ不調はなく、ネビリムも大丈夫だと言ってくれている。
ひとつハッキリしている事は、家族から託されたあの日を忘れない証であること。
「とおさま、かあさま、メルラ……わたし、ぜったい強くなりますからね」
紋様に手を当て、目を閉じて誓う。
自分は元気に生きていると、これからも頑張ると。
本人が見えていない時、微かに光った気がした。
――こうして、新たな名での出発は幕を閉じた。
次の幕開けは、強くなるための日々。
*