Episode.3【冷たさを温めて】
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「――ん……さむ……」
突き刺すような冷たさを肌に感じ、眠りから唐突に覚める。
ゆらりゆらりと寝転ぶ床が揺れ動き、今まで感じたことの無い感覚だった。
「ここ、は……あ、船に……乗って……――」
若干気持ち悪さがしながらも起き上がり、記憶を辿る。
ふと掌を見ると、茶色くなった何かがこびり付いていて。
「あっ……うぇ、っ!」
思い出してしまった。この色は、家族ともいえる“彼女”の血で。
刀と宝玉は、“父”と“母”の形見になってしまって。
もう何処にも、帰る場所は無い。
胃から込み上げるものを、口を抑えて止める。本当は吐き出したい。
だけどそれをすれば、乗組員に密航がバレてしまうと、頭の隅で叫んだから。
涙だけをぼたぼたと零し、落ち着かせた。
「……今……どこなんだろう」
なんとか気持ちを切り替えて、日の差し込む窓を見やる。
子供でも届く高さにあるそこから、外を覗く。
「……なに、これ!?」
波打つ海に落ちて、溶けていく白。
止めどなく降り続ける雪を、リッシュテルトは初めて目にした。
「(そういえば……とおさまが、どこかの街は年中雪という、つめたくて白いものがふると……たしか)」
以前、マルクト帝国についての本を読んでいた時。
挿絵の街に、今見えているのと同じものが描かれていたのを思い出した。
父の膝で広げていた為、指差して質問すると、分かりやすいように教えてくれて。
「ケテル、ブルク……だったかな」
もう二度と望めない過去に、また目が潤みながらも、記憶から引っ張りだす。
ケテルブルク。世界最北端の大陸、シルバーナにある、白銀の氷雪に包まれた常冬の街である。
ゆっくり進む船の窓から次第に見えてきた建物の形が、ホドとぜんぜん違うと感じた。
「……って、このままここにいたらバレちゃう!」
思い出にひたっている場合ではないと気付き、立ち上がって木箱へ。
刀の入りそうな高さで、尚且つ自分が入れるスペースのあるもの。
「重くないもの、重くないもの……あっ、あった!」
余剰分だからか、軽いめの四角い箱型が運良く見つかった。
隙間に身体を入れ、上に刀を立て掛ける。
「うっ……このたいせいキツい」
隙間に身体を滑れこませれはしたが、無理矢理丸まっているので節々が痛い。
元からの中身が雑貨品だったのは救いだろう。
ゴツゴツとした部分が刺さりながらも、ズラした蓋を刀を使って動かし、キッチリと閉めた。
この際、刀をそんなことに使うなというお叱りはスルーします。
「おーっし運ぶぞー!」
「軽いやつからやれよー」
暫くして、ゴトンという音と共に、船ごと大きく揺れる。桟橋へ到着した時のものだろう。
知らない男達の声が遠くから聞こえる。次第に足音が近くなってきた。
「……ん?」
突然の浮遊感に驚きながらも、予め手で押えた口からは声が漏れることもなく。
恐らく持ち上げられたのだろうと解釈した矢先、疑問の声色。
「どうしたー?」
「いや、なんか積んだ時より重いような……」
心臓が飛び出そうなくらいに脈打ち始める。
口を押える手にまで滴り落ちてきた汗。
どうしようどうしようとか、持ってる人はお兄さんかなとか、頭がぐしゃぐしゃ。
「んなわけねぇだろう〜、気のせいだよ」
「……そうだな」
近くにいるのであろう、上司っぽい男の言葉に納得して、揺れ出した箱。
運ばれているということは、疑いが晴れたようだ。
心中で胸を撫で下ろすリッシュ。
襲撃の時とは別の意味でドキドキしてしまった。
暫くして、背中に振動。その後、辺りの気配が無くなる。
「(もしかして、おろされたのかな……)」
考えてはみるが、この体勢でどうやって外を確認すればいいのか。
自分の周りを観察してみると、目に止まった新品の手鏡。
「(ゆっくり……ゆっくり……)」
できるだけ音を立てないよう、静かに上体を起こす。
左手で鏡を手繰り寄せて、包装紙を外し、右手で刀を掴む。
柄頭を使い、フタを徐々にずらしていく。
「(えっと……だれもいない、かな?)」
隙間から鏡を出して、上下左右傾ける。
反射した外の景色が映り、少なくとも周りに人が居ないことが分かった。
箱の側面に背中を付けて座っている状態から、百八十度横に回転。
膝元の荷物を端に避けた後、そーっと頭を外に出す。
まず見えたのは、同じような木箱や樽が、大人の身長くらいに積み上げられている。
その奥で、あと半分ー! という声が聞こえる所から、まだ作業中のようだ。
「よいしょ、っと……」
立ち上がり、フタを持って横に置く。片脚ずつ外に出し、雪の上へ着地。
幸いこちら側にも人が居なかったため、騒がれることなく。
「……ごめんなさい」
立て掛けている刀を取り出し、フタを戻して、最後に箱の壁を一瞥してから踵を返す。
名も顔も知らぬ誰かに、感謝と謝罪を。
とりあえずここから離れるため、出口らしき方へ走り続けた。
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