不思議……体がふわふわして、浮いているみたい
……あ、そうだ。私は死んだんだったわ

じゃあここは、きっと地獄ね。天国なわけないもの
“彼”の目指していた「偽物の天国」は壊れたんだし

でも、なにかしら……ここ、本当に地獄？
あの世への道だとしても……何か、違うような……――

浮遊感に身を任せ、瞳を閉じていた私は、何気なしに瞼を上げる

「……は？」

すると、思わず声が出た

何故なら視界一面は曇り空で、身体全体を包むが如くの強風で……

私は……“落下”していたのだから。

＊ ＊ ＊

「ここ……どこ？」

もの凄い風音が耳を支配する中、誰に言うでもなく問う。

今、アルシュネムト・メリオローデは、スカイダイビングを仰向けで行っているようなもの。
しかも、本人の意志を無視して。

「(パラレルワールド、な訳がない。世界が一巡して、私達を追ってきたエンリコをなんとか倒して……パラレルワールドが誕生する前、私は……私は、死んだ筈なのに)」

いくら永き時を生き、博識となった彼女でも、死ねばどうなるのかまでは知らない。
なので一瞬、これは死ぬ前に起こる事とも考えたが、本能的に“違う”と判断した。

「(とりあえず、落下場所を見ないと……)」

今までの風に身を任せていた状態から動き、仰向けからうつ伏せになり、景色を変える。
それにより視界に写ったのは、沢山のビル郡。
アルトには、この場所に見覚えがあった。

「(ここって、ニューヨーク？)」

以前(といっても七十年程前)ここに一時期身を置いていたので、見間違える筈がない。
ただ、今自分がいるこの世界に、自らが知っている街がある事が、余計におかしく思えるが。

「(おっと、私落ちてたんだった……整理するのは後にしましょう。このままじゃ、器物損壊でややこしくなっちゃうわ)」

自分が落下していたのを思い出し、どう着地するかを考え始める。
死ぬか死なないか等は、彼女にとって二の次です。

「(普通に落ちたらビルに穴開けちゃうし、“クッション”でも作れれば……)」

ふと、慣れた手つきで左腰に手を伸ばし、斜め掛け鞄の隙間に手を入れる。

そこで、またもや何かに気付いた。

「(あれ……私あの時、鞄持ってたかしら？　確か瓶がきれて、ケープ・カナベラルのどこかに捨てたはず……)」

仲間と共に赴いた、あの場所。
激しい戦闘により、アルトの攻撃手段となる水瓶が底を尽き、捨て置いた自分の鞄。
目覚めてから二二〇年以上も使ってきたものなので、これもひと目でわかる。

元の世界から“消える”前、持っていなかったものが、何故ここにあるのか。
またしても、謎ができてしまった。

「(あーー、もう！　考えるのは後よ、後！！　私の鞄なんだから、きっと！)」

不安定ながらも、つっこんでいた手を動かし、お目当ての物を取り出す。
握られていたのは勿論、先程述べた水の入った瓶。
回転式のキャップを開け、逆さに持つことで零れないように。

そのまま、言葉を紡いだ。

「流法（モード）、闇水使断（アミシダ）」

すると、中の水だけが重力に逆らい、外に出てくる。
次にアルトの足元で形を変え、弾力性のある円形に。

少し体勢を整え、しばらくすると……何処かの屋上に、少々大きな音で着地。
しかし、道行く者には車等の騒音で聴こえることはなかった。

「ケッホ、ゴホッ……ふぅ、何とかなったわね」

衝撃で砂埃が舞う中、無傷で立ち上がり、ほこりを落とす。
見えてきた彼女の下には、小さなクレーターが出来ているだけだった。

クッションとして活躍した水を、捨てずに瓶へ戻し、蓋を閉める。
断じてケチではなく、エコですエコ。
着地場所の建物も廃ビルらしく、誰かが来る気配はなかった。

「さて、これからどうしようかしら？」

お決まりの、顎に指を当て、思案する。
一分程頭を捻らせ、手を離した。

「ま、情報を仕入れるにしろ何にしろ、街に出た方がいいわよね……降りますか」

フードを被りながら、ニヤリと口角を上げる。
曇り空で太陽は出ていないので、傘は差さず右手に。

屋上の端に足をかけ、路地裏へと落ちていったのだった。



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