Episode.2【預言なき絶望】
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エメラルドグリーンの綺麗な水晶を抱え、汗だくになりながら走る少女。
リッシュテルトはただ、父の為に彼の書斎へ無我夢中で向かっていた。
「おとうさまのっ、部屋は……あっ、ここだ!」
普通の家よりは広いが、貴族の屋敷よりは狭いので、早めに辿り着いた。
「えっと、おとうさまの刀……あった!」
修練ではいつも木刀だが、一度見せてもらったことのある父の刀。
名を神刀、斑。刃紋に斑点模様が浮き出た、珍しい刀剣。
部屋も暗く、納刀されている状態だが、壁に掛かっているのがそれだと分かった。
「うっ、うう〜っ……とれない」
しかし、子供の背で取れる位置に飾っていない。
「どうすれば……あっそうだ、イスを!」
一旦玉を放し、隅にある備え付けのを引き摺ってきて、力任せに置く。足早にのぼって、刀を外した。
「うっ、重い!」
といっても、大人ですら扱うのに相当の技術がいるもの。
落としそうになりながらも、慎重に下りた。
「これも持って……はやく、とうさまのところへ!」
小さな手で刀と玉のふたつをなんとか抱え、部屋を出る。
息を切らしながら走り、来た道を戻っていた時。
「あっ!?」
何かに躓き、転んでしまった。灯りの付いていない、暗い廊下なので無理もないが。
しかし、持ち物は放すまいとしていたので、何処かにとんでいく事はなかった。
「うぅ、いたい……なんで……」
なんとか受け身もとれたので、打ち付けたのは肩のみ。普段からの鍛練のたまものである。
絨毯に手をついた時、ひんやりとした感覚。
「……水?」
感触からして、液体なのだと分かる。
もう片方で持っていた斑を置き、光る玉を恐る恐る灯りにしてみると。
「え……」
ただ一言、出た声はそれだけ。
翠の光に照らされて見えたのは、黒。
正体は分からなかったが、ただの水でないことは理解出来た。
人の足が視界に入り、人間だったのにも気づく。
スラッとした女の人の、しかも見覚えのある靴。
第七核の輝きが、ひときわ大きくなった。
まるでなんなのかしりたいという、リッシュテルトの本能に応えたかのように。
数秒だが、倒れている者の顔が見えた。
島民達のような衣服ではなく、エプロンとワンピースが一体化したものを着ている、黒だらけの女性。
「……メ……メル、ラ?」
そう、メイド服の人物など、この家には一人しかいない。
アーディラ家唯一のメイド、メルラ。
目は開いたままピクリとも動かず、そこでやっと、この真っ黒な液体は血液なのだと気付く。
人は死ぬと動かなくなり、大量出血は死因のひとつだと、教わったことがあるから。
「あっ……ふぐっ、うぅぅ……」
暗闇といえど、人の血を見たのは初めて。近しい者の死に触れるのも初めて。
ドロドロとした絶望が心を侵していく中、ほんの少し残っていた理性で、慌てて口を塞ぐ。
今叫び声をあげれば、メルラを殺した奴に気付かれる、と。
自然と溢れてくる、涙と汗。荒い呼吸で体が上下に揺れるも、必死に抑え込んだ。
無理矢理心を落ち着かせるのに、数分。
「ごめんなさい、メルラ……わたしには、なにも出来ない」
まだ、ほんの少し温もりのあるメルラの手を、両手で握る。
できるだけ小さい声で、何度も何度も謝罪を繰り返した。
そして、手の甲で涙を拭い、立ち上がる。
「おとうさまに、刀を!」
ただそれだけしか考えないように、また走り出した。
*