#Cinque【Amici d'infanzia:Prequel】
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「……いい匂いだ」
「あぁ、たまんねぇ!」
「これよりウマいもんなんて、世界のドコ探してもそうあるもんじゃあねェよ」
「レガーロの神秘だな」
食堂へ集った幹部達の、鼻腔をくすぐる甘い香り。
それはレガーロ島に住む人間の大半が好む、あるドルチェ。
レモンを主流とした甘酸っぱいクリーム。
サクサクパリパリの香ばしいパイ。その名も、リモーネパイ。
甘いものが好きなノヴァはもちろん、逆に苦手なデビトでさえも喜んで食べるのだ。
今食堂にいるのはルカ、フェリチータ、ウィディーエを抜いた幹部達とリベルタ。
姫君はどこかというのは置いといて、ルカとフェルは厨房で準備中。
甘い香りの途切れぬ間に、扉は開かれた。
「皆さん、お待たせしました」
ルカの一声と共に、ワゴンが机に運ばれる。
のっているのはクロッシュ(銀のドーム型蓋)が被せられた大皿。
まるで料理番組のように蓋を開けると、綺麗な形に仕上がったクリームが目を引く、リモーネパイ。
「リモーネパァイ!」
「店に並べても遜色のない出来」
パーチェが椅子から立ち上がり、ダンテも惜しみなく賞賛。
「今日は、お嬢様にも手伝ってもらったんです。味わって食べて下さいね?」
『いただきまーす!』
フェリチータが作った(手伝った)と聞いた男達は沸き上がり、みんな揃って、いただきます。
「おいひぃー!」
口いっぱいにパイを頬張るパーチェ。
「おォいルカ、これじゃ少なくねぇか?」
自分の皿に盛られたパイを突き出し、足りないと主張するデビト。
「確かに……」
それに同意する甘い物好きのノヴァ。
「そうだよ、もっと食べたいよ! あ、ほら! そこにあるじゃん! いっただき~」
皿をかじってまたまた主張するパーチェだったが、ルカの近くにもうひとつの皿と、リモーネパイのひと切れ。
彼の目を盗み、ヒョイッと取り上げる。
「あぁもう、だから味わって食べて下さいって言ったじゃないですか……って、ああ!? それは――「いっただっきま~――」
ルカの言葉を遮り、パーチェのいただきますが響こうとする。
「ほぉ~? そうか、お前は本人の前で本人の取り分を遠慮なく食うのか」
手づかみで口に運ぼうとした時、今度は彼の行動をも遮るものが。
「え?」
パーチェの真後ろから、皆が聞き覚えのある声。
ギギギと音でもなる様に振り向いた彼が見たのは。
「なぁ~? パ、ア、チェ」
妖しく口角を上げた姫君、ウィディーエだった。
「ひ、ひめじょぶぇっふ!!」
「姫言うなっつってんだろ」
彼女の禁句を口走った為、踵落としを食らったパーチェ。
見事頭にクリーンヒットし、うずくまってしまう程。
因みに今まで指摘していないシーンなどあったと思うが、本人が聞き逃してたり、それほどイライラしてなかったりしてお咎めがなかったのだとか。
「い、痛いよ~……」
「姫様……」
「なに、お前も食らいてぇのか」
「ち、違います違います断じて!! そうではなくてですね、早くお出ししないと“溶けてしまう”のではと」
「おっと、そうだったな。忘れるとこだった」
ルカの言葉で何かを思い出し、未だしゃがんでいる彼へと近付く。
「ほい」
「え?」
そしてあろうことか、先程のゴタゴタでいつの間にか取り返していたパイ(皿)を、ずいっと差し出したのだ。
「あ! やっぱりくれるの!?」
「あぁ、いいぜ?」
珍しく笑ったウィディーエだが、明らかに黒い笑みで。
「(何か企んでんなァ……)」
「(少し不憫だな)」
「(クックック……)」
デビト、ノヴァ、ジョーリィの順に、それぞれ呆れたり笑ったり。
確実に言えるのは、この後パーチェが不憫になるという事。
「さっすが姫、じゃないウィディーエ! やっさし――「ただし!」
「え!?」
彼女が差し出したパイを受け取ったパーチェだが、突然言葉を遮られた。
ウィディーエの黒笑は消えていない。
「“あれ”はお前の分、無しって事で」
指を鳴らして、別次元から何かを出したウィディーエ。
透明の器に、薄い黄色の冷たいもの。
しかもひとつではなく、座っている幹部達の前にちょこちょこと。
勿論、彼の席には、無い。
「これは、ジェラートか?」
「そうだよノヴァ、リモーネで作ったジェラート。甘さはリモーネパイと逆で控えめにしといた。良かったらどうぞ?」
「マジで!? 姫の作る料理はなんでも美味いって、ダンテから聞いてたんだよなー! この前のアクアパッツァもうまかったし! いただきまーす!!」
満面の笑みで頬張るリベルタに、心中で姫呼ぶなと悪態をつく。
「プリメーラの料理は久しぶりだ……なァんたって? マズイ訳がねェんだからなァ?」
「嫌味かそれ」
一応褒めているのだが、性格的な問題で馬鹿にしてるように聞こえる。
「姉さん、すごく美味しい! 今度作り方教えて!」
「勿論だ、フェル」
『(やっぱり態度違う……)』
各々好評価であり、否定する者など誰もいない程。
そして相変わらず妹にのみ態度が違うウィディーエに、男全員が冷ややかな目。
ただ、ひとりを除いて。
「うっ、うっ、ウィディーエ~……」
シャクリ声が聞こえてきたかと思えば、未だ彼女の後ろに立っていたパーチェで。
心無しか、皿を持つ手が震えている。
ウィディーエは大きく溜息をつきながら、彼に振り返った。
「……なに」
「おれもジェラート食べたいよぉ~!」
「じゃあ言う事あんだろ。そのぐらい、分かるよな」
少しの間の後、恐る恐る皿を差し出したパーチェ。
未だ振動でカタカタしながら。
「ごめんなさい……ウィディーエ」
みるからにしゅんと俯き、ちょっと可哀想に見える。
その様子を見つめている彼女は、先程より弱めに息を吐く。
仕方がないという表情で。やっと動いたかと思えば。
「……え?」
何かの音がした後、持っている皿に重みを感じたパーチェ。
俯いていた顔をゆっくり上げると、皿の上にはガラスの器が追加されていた。
紛れもない、ウィディーエが作ったリモーネのジェラートである。
今度からは、先に許可とれよ、と言う彼女を見れば、既に踵を返していた。
「う、うん……じゃなくて! これ、ウィディーエの……」
「どうせお前、一切れじゃ足んねぇだろ。俺はまた、フェルに作ってもらうから」
「(フフッ、姉さんったら……)」
大切な妹が作った(手伝った)パイ。
きっとものすご~~く食べたかったであろう。
だが、それは周知の事実なので、皆は温かい目で見送ろうとした。
うっかり空気を読み忘れた者以外。
「姫様! どこへ行かれるのですか!?」
席にすら着かず、尚且つ何も食べずに出て行こうとする姫君へ、ルカは声を掛けた。
問うことは良い。だが、言い方が悪かったのだ。
ピクッと反応して足を止めたウィディーエを見て、あっ……と声を漏らす彼。
顔は青ざめている。
「……どこだっていいだろ。お前は俺の従者じゃないんだから関係ないし。それと……三度目はねぇからな」
言葉を放ちながら、ゆっくりと振り返っていく。
こちらからみえた彼女の表情は……とりあえず、恐かった。
「(ヒィィィィ!!)」
「ウィディーエ、ありがとう!!」
「ん」
震えるルカを尻目に、空気を読んだか読まずか、ウィディーエにお礼を言ったパーチェ。
彼女は振り返らず、後ろ手をヒラヒラさせて食堂を後にした。
*