第二章「ランク戦」

第十六話
「いやーーーーーー疲れたぁ〜〜〜」

怒涛の訓練を終えた俺は、広いエントランスのベンチに座り、だら〜っともたれかかる。
時計を見れば、すっかり熱中してしまってもう夕方だった。
知逢はと言えば、何だか受付に用があるみたいでカウンターの方へいってしまって今は不在だ。

──しかし、この体も不思議なものだ。
訓練ブースで能力使いまくってた時は力量に応じて疲労感も痛覚もあったのに、訓練ブースを出た途端にそれもピタッと止んでしまった。……いやまぁ、精神的な疲れはあるが。
でもお陰で、知逢の足元にも及ばなかったにしろ大分能力の扱い方が分かってきたし、応用の仕方も理解出来てきた。

これなら、次の任務では少しくらい使い物になるだろうか。

宙を見ながらそんな事を思っていると、丁度俺の耳に入るか入らないかくらいの僅かな声量で、誰かの話し声が聞こえてきた。

「あいつ、さっき砂金知逢と一緒にいたやつだよな?」

「ああ。8番隊以外にあいつと仲良くする奴なんていたんだな。」

「ほんとだよ、物好きなやつもいたもんだ。どうせろくな奴じゃない。」

何だ……?知逢の悪口か??
まぁ訓練ブースでの最初の印象が悪魔だっただけに、いつもああなら敵を作ることもあるかもだけど。
でも、それも訓練の時だけで、ほかの事とか結構親切にしてくれて、良い奴だけどな。
そうやってぼうっと、何となく人の噂話を聞き流していると、

「……そういえばあいつ、こないだも狂ってたらしいぜ。」

…………狂ってた??
聞こえてきた事に俺は耳を疑った。
とんでもない情報が聞こえてきたんだがおい。

「まじで?何回目だよ。」

「しかもその時の対戦相手、それから能力使えないんだって。」

「うわ〜出たよ。何であいつ追い出されねーの?」

「どうせオッドルークだからだろ?勝てば好き勝手していいと思いやがって。」

「まじで最悪じゃん。絶対当たりたくねぇ……ってやば。」

狂ったって……どういう??
能力使えなくなるとか、そんな事可能なのか??
どういう事なのか気になりながらも盗み聞きに気付かれないよう何処吹く風を吹かしていると、噂話をしていた人達が突然会話を区切り、逃げるようにサッとどこかへ行ってしまった。
急に去っていったのを不審に思い声のしていた方を盗み見ると、知逢が「お待たせ〜」とニコニコと帰ってきているところだった。
引っかかる内容を聞いてしまった手前、ちょっと後ろめたい気もしたが、俺は別に何もされてないし…むしろめっちゃ親切にされてるし、ただの悪口なのだろうと今聞いたことは忘れようと心に決める。

「おう、おかえり。」

軽く手を振って迎えると、知逢は何やら紙をペラペラと掲げた。

「何だ?その紙。」

そう聞くと、知逢はふふんと得意気に紙をこちらに向けた。

「理紅の戦い方の傾向と対策!さっきまでの訓練を分析して、データとして紙に出してもらったんだ。」

その紙には、ゲームキャラクターのステータスみたいにレーダーチャートが書かれていたり、能力を使った時の出力が波グラフになっていたりと、俺の戦い方のデータが色んな形で分かりやすく表されていた。

「なにこれすげぇ…」

紙を手渡されよく見てみれば、自分が無意識でやっていた事についての特徴とか傾向が細かく書かれていて、どの項目見ても面白い。

「それを朗に渡しに行けば、専用の服が出来上がるってわけさ。」

専用の服と言う言葉に、思わずパッと顔を上げる。

「え!まじで?!この用紙だけで作れるの?!」

「そだよ〜、凄いでしょ?」

「すげぇ〜!!!!」

興奮して思わず紙を持つ手に力が入った。
どんな風になるんだろ、なんかめっちゃカッコ良いキャラクターっぽくなるのかなぁ。
そうして、素直にわーいと瞳を輝かせて喜んでいた矢先、

「うんうん!これで多分、明後日のランク戦にも間に合うと思うよ。」

「………………………………え?」

今、とんでもない話が飛び出てきたような。

「ん?どした?」

知逢はニコニコと首を傾げているが、俺は彼が言ったことを上手く飲み込め無かったみたいだ。

アサッテ ノ ランクセン??

聞こえた言葉を何回か頭の中で復唱した。

ランク戦ってランクがどうのとか言ってたアレだよな?
間に合うねってニコニコ言ってるってことは、それに俺も参加するってことで……明後日って言ったか?

言われた意味を段々と理解し始めて、俺の顔がサッと青ざめる。

「あ、明後日?!?」

時間差で驚く俺を他所に、知逢はおかしな事など何も無いというふうな表情を向けた。

「あれ言わなかったっけ。その為に、今日必死こいてデータ取ったんだよ。」

夢中すぎてそんな事考えて無かったけど、確かに訓練場初日にしてはめちゃくちゃハードだったのは、そのせいか。
それにしても、

「いや、なんも言われてないぞ!!!!」

鬼気迫る表情でそう言うと、知逢は「言ってないか、めんご☆」とチャーミングな感じで自身の頭を拳で小さくコツンと叩いた。
いやなんも可愛くないが。

「……ランク戦ってその、つまり何をやるんだ?」

知逢の仕草に逆に冷静になって、俺ははぁと小さく溜息を吐いた。
てか、明後日とか急な過ぎてつい焦りが先に出てしまったが、なんの準備もいらないのだろうか。
すると知逢は、えっとねと指を折りながら説明してくれた。

「生き残りゲームとー……一対一の総当たり戦とー……三人ランダムで組まされるチーム戦。」

そんなにたくさん競技があるのかよ。

「ま、ランク外にならなければ大丈夫だよ!」

「えっえっえっちょっと待てランク外だとやばいの?!」

慌てて知逢の言葉を遮る。

「うん。基本的にはランク外だとオッドルークにはなれないからね。もし理紅がそうなった場合は、"脱退"なんじゃないかなぁ。」

知逢は、さらりとそう言ってのけた。

「だ、脱退ぃい??!!」

そんなん初耳なんだが?!何で誰も入るとき教えてくれなかったんだよ!!
入隊が決まった時の呑気な団長の顔が思い浮かんだ。あの時の何も知らない俺よ、入って1週間も経たずに脱退の危機にさらされるぞ。
いや、そもそも正式な入隊の仕方でもないし、むしろ団長はこうなるってわかってて俺を入れてるはずなんだけどな。
今更家に帰ると考えると…無理だろうな。
カッコ悪いことが大嫌いな母親が、一度出た俺を簡単に家に戻してはくれないだろう事が容易に想像できてしまう。

「やばい。俺の寝床が消える。」

青ざめるを俺を前に知逢は、不思議そうな顔をして、

「ランク外にならなきゃ大丈夫だって。」

焦りだす俺に面倒くさくなったのか、やれやれと言わんばかりの知逢はそういうと、さ、帰ろ~と背を向けて歩き出してしまった。

ランクCならそりゃそうだろうよ。

俺はデータの乗っている紙にもう一度視線を落とす。
ついさっきまでは気にも留めてなかった右上の項目。

『推定順位:ランク外』

と小さく書かれた事実に、俺は深い深いため息をこぼした。
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